104話 わらわには刈りたい首がある
見かけだけは壮麗な、純白の鷹の翼を象った飾り兜のラタトゥイユは、今まさに代理格闘遊戯の盤上で振るわれた、超暴力の大旋風に仰天し
「す、凄いねぇー!!なんて格別なるスピードと戦闘力なんだよ!?
し、信じられないよ!!こんな格別にカワイイお嬢ちゃんにしか見えない娘が、なぜあんなに格別恐ろしい代理格闘戦士を出せるんだろう!?
ウーン、これは格別なる謎だよー!
本当に君達さ、一体、何者なんだい!?こんなトンでもない、格別な実力者揃いなら僕達なんかじゃ歯が立たない訳だよー。
しっかし、この一片の憐れみも感じなせない、格別に徹底した残虐で無慈悲な代理格闘戦士の吸血鬼を観る限り……も、もしかしてさ、まさかとは思うけど……。
き、君ってばさー、あの数千年を生きる化け物、伝説の不死王女、女魔戦将軍カミラーだったりして?」
ちっとも美しくない、出で立ちだけは絢爛たる装いの醜青年は、少し血の気の退いた、青ざめた顔でカミラーに訊いた。
だが、直ぐにしゃくれた顎で自嘲気味に笑って
「なんてねっ!あの格別恐ろしい、泣く子も永眠させる女帝悪魔が、こーんな田舎町の酒場で遊戯なんかやってる訳ないよねー?
それに、彼の有名なカミラーとは、蛆と腐汁の滴る、格別醜い不死軍団の筆頭だから、きっと本人も格別に醜い、それこそ、こーんな豚コウモリみたいな、格別酷いご面相であるだろうからねー。
君みたいな格別カワイイ、チビッコお嬢ちゃんなんかじゃないだろ、うぼぁっ!!?」
ラタトゥイユは頬を左右に引っ張った挙げ句、左手の中指で押し上げてみせた団子っ鼻の顔面、その口腔から、突如、燭台の赤い蝋燭の束を生やして真後ろへと倒れた。
元魔戦将軍は、正しく女帝悪魔の凶相で小さな手を叩きつつ
「次は犬娘の姉じゃったな?お前達双子に言うておく。
今度、さっきのお前の妹みたいなふざけた代理格闘闘士を出してみろ!
代理などではなく、即座にお前自身を掻き裂いてくれるからな!?
その席、心して座するがよいぞえ!!?」
エストックの先みたいな爪で、アンの座る対戦席を指差した。
その恐るべき兇猛なる剣幕に、ドラクロワは肩をすくめ、何かを言おうとしたが、それより早くカミラーが、すかさず小さな頭を垂れて
「魔、いえ、ドラクロワ様っ!アンが描出させたる代理格闘戦士は、確かに座興の盤上における微小なる幻像であるかやも知れませぬ。
ですが……。ですが、幻といえど、ドラクロワ様のもろ肌とその裸身とを、こうもいたずらに晒されては家臣の私めは余りに悲しう存じまする!
それに今よりビスが、重ねて似たり寄ったりの同じ有り様を晒すようでは、座興としても、少しも乗られないのではあられませぬか?
ですから、誠に僭越ながら、ここはあの女アサシンの参与を強く希望いたしまする!」
この女バンパイアは対戦席から降りさえして、床に片膝までついて懇願したのである。
ドラクロワが最も苦手とする、この場にそぐわぬ、ひどく畏まったカミラーの重苦しい平伏に、半ば馬鹿馬鹿しくなって
「ウム。相分かった。しかしビスよ。お前はこの遊戯に興じてみたくはないのか?」
カミラーが鉛の重さにした、この場の蕭蕭たる堅苦しい空気を、ひとまずは褐色のライカン乙女に、丸投げに振ることとした。
ビスは眉を跳ね上げて畏れ戦き、慌てたように漆黒の犬耳頭を横に振り
「いえ!カミラー様の仰られる通りにございます。
私達は双子ゆえ、この私が遊戯に参加させていただいたところで、妹の二の舞を演じる可能性は極めて高く、ご観戦なさる皆様にとって残念なる繰り返しと成りかねません。
それにまた、先の妹の代理格闘闘士は、ドラクロワ様の重視される戦力面においても、とてもご満足いただける者ではありませんでした。
これら以上の二点から、ここはシャン様の参戦を強く希望いたします!」
赤面で意気消沈する妹の薄い肩を抱き寄せて引き起こし、対戦席から退かせた。
ドラクロワは、もはやどうでもよくなり
「ウム。お前の言うことにも一理あるな。ではシャンよ。存分に闘うがよい」
空になった葡萄酒のガラス壺をカミラーに渡しながら、試合の振興(進行)を取り仕切った。
シャンは無言でうなずき、紫の闇のように音もなく対戦席に掛けて目を閉じた。
それを認めたカミラーは、渾身の壺振りを極めつつも不敵に微笑み
「以前よりわらわは、勇者団という括りにおいては、お前という者が最も底が暗く、深い人間だと評価しておったのじゃ。
わらわの眼に狂いがなければ、お前ならばさぞや、今までのつまらぬ遊戯対決では見られなんだ、ちっとはマシな戦い振りというものを見せてくれるのであろうな?
お前の中に隠し宿る、なんとも底の知れぬ、人よりもむしろ魔に親い、心底にわだかまりし危うさを、見事、代理格闘戦士として濃縮・凝縮させ、ドラクロワ様とわらわをガッカリさせるでないぞえ?」
そう言って、極めて好戦的に微笑むと、献酌の勤めを終えて主人へと一礼し、対戦席へと向かった。
シャンも席で腕を組んだままマスクの表を波立たせ
「そうか。有り難い言葉に涙が出そうだ(棒読み)。
だが、それは私を買いかぶり過ぎだと思うぞ?
事実、我が親友のマリーナには類い稀なる驚異的剣力があり、ユリアには膨大な知識と絶大なる魔力がある。私は個々のそれらには到底敵わないだろう。
まぁ、それでも真理の到達者として、持てる法力の全てと、精神の錬成というモノは見せつもりだがな。
それと……なにより、お前を倒さねばドラクロワと闘えないんでな」
この女アサシンも、闘志への点火はとうに済ませていたようである。
そうして、鋭い闘気にて空気を殺すような、そんな鬼気迫る、向かい合う美しき女二名は、全く同時に黄色い水晶球へと手を乗せたのであった。
ドラクロワは……。
(今宵の酒は格別に美味いな)
と独り、ニヤリと笑って、音もなく盃を干した。