表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/250

102話 駆けろ!痛みの先へ

 もう、そこからの闘いというものは、誠、筆舌には(あらわ)し難い程、凄絶なものであり、正しく"人外血闘劇"そのものであった。


 超スピードの世界に消えたカミラーの理想形に後手となった、ミニチュアみたいに小さなマリーナは、右手の一本で長大な剛刀を逆手に()るや、それをしなやかな半裸の前面にて、まるで稲穂でも振るうがごとくに軽々と振り回し、無限大∞・8の字を描くようにして、その鋼の大剣を信じがたいほどの高速で舞い踊らせた。


 すると、その刃の前に招かれるようにして、ボンッ!と癇癪玉(かんしゃくだま)の弾ける霧のごとく、出現位置を予測されし、ピンクとスカーレットのカミラーの理想形が四半瞬(しはんしゅん)現れ、右の細剣のエストックでの連突きを一塊(ひとかたまり)放ったかと思うと、パウッ!と再び瞬く間に消失して、また別角度から忽然(こつぜん)と現れて、死の刺突連撃を放つ、といった、目にも止まらぬ超スピードと、それに対応する超感覚の刃の打ち合いが、文字通りの火花を散らして繰り広げられた。


 そうしてやがて、ウェイトで劣る可憐なカミラーの代理戦士は、剛刀による弾き返しに、またそれを蹴って足場とすることにより、徐々に中空へと持ち上げられてゆくのであった。


 これを観ている者達には、ミニチュアマリーナの日焼けして引き締まった身体に、上・下段といわず、全方向からまとわりつくスカーレットの霧が、この深紅の部分鎧の女戦士の振るう銀色の大旋風に触れる度に、カカカカッ!と絶え間なく目映(まばゆ)い火花を散らしている、ただそれだけにしか見えなかった。


 カサノヴァもラタトゥイユも、その他の誰もこんな激烈な戦いは観たことがなかった。


 モヒカンモドキ達は、この光景にただただ圧倒され、熱狂することも出来ず、揃って案山子(かかし)のように呆然と立ち尽くすだけであった。


 そうして、(すで)に60呼吸は打ち合い続けた、二名の類い稀なる美女剣士同士であった。

 が、突然、なんの前触れもなく、カミラーの理想形が連続の消失を止め、ミニチュアマリーナの振るうルーンブレイドの攻撃範囲の外で、ピタリと停止した。


 そのスカーレットブラウスの上、透けるような美白だった顔は、今や蒼白くなっていた。

 そして、さも苦しそうに純白の眉根を寄せ、燃える石炭のごとく爛々(らんらん)と輝く、もの凄い瞳の眼差しをミニチュアマリーナへと向けていた。


 この愛くるしい女バンパイアの超越的な驚異の瞬間加速能力。その連続稼働を支えているもの……。

 それは、単に人類とは造りの異なる、極めて強靭なる筋組織による反射性能や、その人外なる心肺機能ではなく、それは取りも直さず、超絶的な"損傷復元能力"にあった。


 どんなに華奢であろうとも、ある程度の質量を持った身体、もっといえば血の詰まった肉の袋を、それこそ目にも止まらぬ超高速で運ぶからには、特に今回のような連続稼働・駆動であれば尚更、その筋組織、骨格はおろか、体内の血管という血管は、正しく滅茶苦茶に破壊され続けることになる。


 もしも、そこに如何(いか)なる損傷をも瞬時に復元させる、上級魔族たるバンパイアの誇る"不死性能"というものがなければ、自らの亜光速移動によって生じる凄まじい重力により、脳震盪と挫傷(ざしょう)、神経組織の剥離、毛細血管の破裂・挫滅(ざめつ)、眼球破裂による失明。

 さらには肺臓・心臓破裂による深刻で致命的なダメージにより、戦うとかどうとかいう以前に、それはぺしゃんこの即死を意味する。


 だから、この連続瞬間加速という必殺戦法には、利用者の全身をくまなく襲う、それはそれは耐え難い激痛が伴うのであった。

 

 それに加えて、このカミラーの理想形は特別な(かせ)を背負っていた。それは……。


 「アンタさ。大丈夫かい?ホントはスッゴく痛いんだろ?」

 ミニチュアマリーナが大剣を構えたまま、憔悴(しょうすい)したような陰の射す対戦相手に訊いた。


 それにピンクの巻き毛の10頭身の女剣士は、悲痛で恨めしそうな視線を向けている。

 どうやら、このカミラーの理想形は、ミニチュアマリーナとは異なり、無口な(たち)のようだった。 


 代わりに対戦席に座した、それの幼体のごときカミラーが、おっ?という、(わず)かに感心したような顔となり

 「ん?小さき無駄乳よ、よう気付いたな。

 わらわの家系に伝わる、この超絶なる"幕無(まくなし)駆け"はじゃな、」


 「いや、そうじゃない。そうじゃないんだよカミラー……。

 アンタさ、"巨乳は1日にしてならず"って言葉、知ってるかい?

 アタシも、ちっこいガキから、ちょっと女らしく育って来た辺りから、この乳には苦労させられたもんさ。

 なにせ頼れる、シッカリとした乳当てをしてないと、思っきり剣を振るう度にコイツの根元が千切れるみたいに痛くってねぇ。

 コレってさ、ウチの母さん譲りだからさ、親子でもって、あっちの町に良い乳当てがあると聴けば、二人してそこへ出掛け、こっちの村に丈夫なサラシがあると聴けば遠出をしてみたりと、ホント色々苦労したもんだよー。

 で、そーゆーのをさんざん試してた結果、行き着いたのが、この鋼鉄の枠の部分鎧なんだよー」

 マリーナは長い親指を立てて、自らの胸元を差した。


 カミラーは何を思ったか、恐ろしく不機嫌な顔になり

 「お前ぇ、何を……」

 と(うな)るその声音は、獲物に飛びかかる前の虎か、張り裂けるような雷鳴の轟く寸前の暗黒色の雷雲を想わせた。


 だが、それに(しか)と気付いてながらも、巨乳先人のマリーナは言葉を続けた。


 「だからね?さっきからさー、そこのデッカイお胸のお嬢ちゃんは、ただの布っ切れの乳当てだけで、それこそ化け物みたいに、オッソロシイ速さでずーっと駆けってる訳だから、もーコレ、乳の根元が痛くて痛くって!もぅたまんないのさ!

 もーこんなの要らないっ!!ってな感じ!そうだろ?」

 顔面蒼白のカミラーの代理格闘戦士に、憐れみと慈愛に満ちた声をかけてやる。


 カミラーの理想形は巨大なバストを片腕で抱えて、口惜しげに下唇を噛みしめ、肩で荒い息をしていた、が

 「う、うるさい!黙って聴いておれば、利いた風な口をたたきおって!

 そんな痛みなど、とうに消えたわ!!

 フンッ!(あと)一度じゃ!超高速攻撃は正真正銘、後一度きり!

 うぬれ!見ておれよ!?過去最高の速度で一気に駆けてくれる!

 ……っくっ!!」

 とカミラーよりオクターブ高い声で(わめ)き、悪鬼のごとき形相で、大小二つの黒革の眼帯を睨み上げ、最後の亜光速に移ったのである。


 ミニチュアマリーナは剛刀を正眼に構え、全身全霊をもってそれに迎撃すべく集中した。

 そして……。


 「カミラー敗れたり!!」

 果たして、勁烈(けいれつ)な声を上げるや、その斬馬刀のごとき両手剣が煌めき、惚れ惚れするような見事な太刀筋で斜め上を()ぎ払ったのである。


 ドギャンッ!!


 凄まじい金属音が鳴って、スカーレットフリルの飾る白い繊手(せんしゅ)が握る、美々しいエストックが天空へと弾き返され、猛回転しつつすっ飛んでゆく。


 その刹那。

 「なっ!?」

 

 会心の一刀を振るった筈のミニチュアマリーナが、カッ!とその左眼を剥いて愕然となった。


 その光景を観ていた者達も衝撃を受け、驚愕して、ハッと息を呑み、凍り付いたようになった。


 なんと、代理格闘遊戯の盤上では、半裸の部分鎧の女戦士の背後に、ピンクの盛り髪の世にも美しい女闘士が、ピタリと重なるようにして忽然(こつぜん)と立っていた。


 そのフリルまみれの秀麗な女バンパイアは、ミニチュアマリーナの背中越しに大口を開け、そこの日焼けした右の首筋に喰らい付いており、その頸動脈に狼のごとき鋭い犬歯を根元まで沈めていたのである。


 なんという勝利に対する執念か……。

 このカミラーの理想形は、今決闘における最終最後の高速移動をしつつ、その超スピードの世界の直中(ただなか)で、エストックの根元の鋭い(やいば)にて、自らの右腕を肩ごと胸の上部まで大きく切断し、それにその真紅の刺突剣を握らせ、それを投擲(とうてき)しつつ、自身はミニチュアマリーナの背後へと最高速度で駆けていたのである。


 これは、ただ単に、命のない鋼の細剣を放っただけでは、そこに剣豪が反応するまでの殺気と気配の波動が(こも)らなぬとみて、咄嗟(とっさ)に肢体の切り離しを判断した結果であった。


 「なっ!!?なんて……なんてお嬢ちゃんだい!!」

 荒野に落下した、腕の付いたエストックを認めたミニチュアマリーナは、その首から真紅の血潮を噴き上げながら、ガクガクと痙攣しつつ天を仰いだ。


 それを逃がすものかと左腕で組付いて、その首の柔らかい肉を喰い裂く、恐ろしい女バンパイアだった。

 その血に飢えた野獣ような、丸く開ききった白い瞳孔の吸血鬼女の(かお)の恐ろしさよ。


 観ていた者達は正しく度肝を抜かれ、激しく戦慄するしかなかった。


 人間とは、こんなにも出血するものか?と戦慄して思うほどに、激しく血の柱を噴出させるミニチュアマリーナは、長くは苦しまず、その双眸(そうぼう)といわず、鼻腔からも口腔からも、黄色く燃焼する陽炎(かげろう)のごときエナジーが噴き出し、瞬く間に黄色い火柱となった。


 そうなって、(ようや)くそこから牙を抜いた女バンパイアは、恍惚(こうこつ)とした顔で、血塗れの口をだらしなく半開きにしたまま、ミニチュアマリーナの血潮で紅く塗られた純白だった睫毛(まつげ)を震わせ、陶酔するように、(ぼう)っと宙を眺めていた。


 その姿は凄惨にして、背筋が凍るほどに恐ろしかったが、同時に狂おしいほどに官能的であった。


 そうして、この小さな人外魔境に立つ美しい女バンパイアは、オルレアンの乙女の今際(いまわ)(きわ)のごとく、決着の(まばゆ)い螺旋炎に巻かれたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ