彷徨
1
――さあ、立って。まだ立てるよね?
幾度と無く聞こえた懐かしい声。それが繰り返しの始まりを知らせる。
――まだ、さまようのか?
一体いつまで。
僅かに聞こえていた吹き荒む風の音が強さを増す。身体に叩きつけられる砂粒の痛み。回復しつつある五感が、意識の目覚めを告げる。
少年は瞳を開けた。そして体をゆっくりと起こす。その瞬間、流れ落ちる自身に積もった大量の砂。
少年はよろよろと立ち上がり、灰色の瞳を前に向けた。
奪われた空。成層圏に達すると言う巨大な幹の姿はここからは確認できない。ただ、空を覆い尽くす影があるのみだ。
僅かな光しか届かなくなった世界に砂の海が何処までも広がる。いったい何週間、もしくは何か月、歩き続けたのか。
力尽き、倒れ、恐らく死んだ。けど、呼びかけられ、また起こされる。そしてまた歩き、倒れる。それを永遠と繰り返し続ける。
自分に何が起きているのか。答えの出ない問に思考を巡らせるのは、遥か以前にやめた。
少年は身体をヨロめかせながら歩き始めた。声が導くままに、今日の命が尽きるまで歩くしか術がないのだ。
歩き続ければきっといつか終わりが来るに違いない。
途中、幾度と無く、姿を見せる白い塊。何かの骨。それが人の物なのか別の生き物の物なのかは分からない。
けど、その度に膝をつき、自身の胸に十字を描いた。幼き日よりの教え。それを忘れていない。それが辛うじて自身がまだ人である可能性を示してくれる気がした。
2
――今日は何時間歩いたのだろう?――
少しは終わりに近づいたのだろうか。
強烈な喉の渇き、激しい眩暈と頭痛。意識がもうろうとし始める。今日の終わりが近い。何度と繰り返される死の苦痛に抗い、さらに足を進める。立ち止まれば苦しむ時間が増えるだけだ。
そして遂に倒れる。遠のいていく意識の先に見るのは悪夢。始まりの日。