第五話「すれ違い」
夕食が終わり、僕は自室で二日前に買ったブースターを開封していた。
そこへ軽く部屋をノックする音が響く。
「明良兄ぃ、入るよ?」
妹だ。
どうぞ、と僕は返事をした。
いつになく遠慮深そうに部屋に入ってくる叶絵。
間違いなく例の件について弁明しに来たのだな、と僕は直感的にそう思った。
「ユイナはもう寝たのか?」
「うん。一人で寝るのは嫌だって言ったからあたしの部屋で寝てもらってる」
「そうか」
僕はブースターを開ける作業を止め、妹のほうを向き直った。
「実は、日向ちゃんのことで話があるの。いいかな?」
僕は黙って頷いた。
「知っての通り、彼は家庭の事情で女装してるだけなの。学校には女子ってことにして制服も女子のを着て通ってるみたい」
「みたい、って。同じ学校じゃないのか?」
「うん。日向ちゃんとは学外で知り合ったんだ。確かに普段は女の子の格好してて仕草とかも本当にそうとしか思えないんだけど……いざっていうときはすっごく男らしくて、いつもあたしをリードしてくれるんだよ? こないだなんて、初めて手なんか繋いじゃたりして——」
なんだよ。
なんだよ、なんだよ、なんだよ……!
僕は今まで妹の病気が治ればと思って、色々手を尽くしてきたっていうのに。
あの女装男子は、妹をこんな簡単に『嬉しい顔』にしてしまえるのか……!
しかも。手を繋いだこともある、だと……?
分かってる。こんなのはただの嫉妬だ。醜い焼きモチ心だ。
けど、けど……!
「……だから、ね? 明良兄ぃ? 彼なら、きっと——」
「駄目だ」
嬉々とした笑顔から、一転して妹は落胆した表情になってしまった。
僕はその瞬間、取返しのつかない過ちを犯したんだと悟った。
妹の希望を。僕の、たった三文字が……砕いてしまったのだ。
しかし僕は心を鬼にしてこう続ける。
「いいか、叶絵。確かに彼は見た目女の子にしか見えない。実際お前も女友達と感覚で付き合えて面白い相手なのかもしれない。けど、男だ。どんな下心があるか分かったもんじゃないし、兄として僕は女の恰好を日常的にしているような奴に、妹を任せる気にはなれないんだよ」
「でも、でも。明良兄ぃ。彼なら」
「ましてお前らまだ中学生だろ? 手を繋ぐぐらいならまだ許せる。けど、こないだみたいに部屋でいきなり抱きあったりするのはどうかと思うぞ? 中学生として、もっと」
そこで妹は急に険しい顔つきになった。
「何、それ。あたし達のした行為が、汚らわしいとでも言うの? 中学生らしくない、って」
まずい。地雷を踏んでしまったようだ。
「お、おい。誰もそこまでとは」
「ううん、兄ぃの今の言い方、そうとしか思えないよっ! 好きな者同士で行うべき行為の、どこが汚らわしいっていうの? 大体明良兄ぃ、昨日一昨日初めて会った子によくそんなことが思えるね? 一体彼の、何を知ってるっていうのさッ!!」
「いって!」
妹は傍にあったクッションを僕に投げつけてきた。
「叶絵……」
僕は、妹の名を口にするので精一杯だった。
妹は、泣いていた。
僕はその瞬間、自分の言ってしまったことを心から後悔した。
「もういい。明良兄ぃに期待したあたしが馬鹿だった。次の日曜日、彼と一緒に遊園地行くから絶対に付いてこないでよね? 馬鹿シスコン兄貴っ!!」
そう言って妹は荒々しくドアを開け放って出て行ってしまった。
「くそっ、何で、こんな」
僕はそうひとりごちると再びブースターの袋を荒く開け始めた。