第二話「来るのは彼氏……だったはず」
「あ、アキラおにーちゃん。おかえりー」
先ほど別れたばかりの少女が放った第一声だった。
「ずこ——ッ!!」
と、僕は80年代風にずっこけてしまった。
今日友達になった少女……『ユイナ』だった。
そして図々しくも妹の淹れたであろう紅茶をすするユイナの隣——ソファに腰かけながら遠慮深そうにティーカップに口をつけている少女が一人。見たことのない子だ。
一瞬こちらと視線が合い、向こうが上目遣いで会釈してきたのでこちらも返した。
妹ほどではないが(ここ重要)金髪のツインテールに蒼い瞳の美少女だった。
「なあ叶絵。こちらのお嬢さんはお前の友達か? もう一人のほうは……まあ僕の知るところなんだが。なんでユイナがうちに居るんだ?」
と、僕はキッチンでお茶菓子の用意をしている妹・叶絵に疑問をぶつけてみた。
妹が黒髪のボブカットの前髪を揺らしながら僕の分のお茶を出し、煎餅の入ったボウルを円卓の真ん中に置いた。
紅茶に煎餅はないかなー、と思いながらも折角可愛い妹がだしてくれたものなので僕は黙ってそれに手をつけた。
だが妹は僕の反応を過敏に察知したようだ。
「しょうがないでしょ? ケーキは人数分しか買ってなかったし、明良兄ぃが帰ってくるのがこんなに遅くなるなんて思ってなかったんだから」
妹の視線の先には……美味しそうに『僕の分の』チョコレートケーキを頬張る、ユイナの姿が……!
『申し訳ないです』と謎の美少女も頭を下げる。
「はあ~、僕だけ仲間外れかぁ。で? お前の友達が居るのは分かるんだが、何でこの子……ユイナを家に上げたんだ?」
「だって……この子がどうしても『アキラおにーちゃんとケ ッコンするんだ!』って言ってきかないから。お兄ちゃんのお友達なの? って訊いたら『うん!』って元気よく。ねー?」
目配せでウィンクする叶絵。ユイナも上機嫌の笑顔だ。
さすが我が妹。子供を手懐けるのも手慣れたものだ。
「で、叶絵。本題なんだが……今日は彼氏を連れてくるんじゃなかったのか?」
その瞬間。叶絵の表情が一気に凍りついた。額からは油汗がドバドバ溢れてきている。
「う、う~ん。言ったかなぁ? そんなこと。あはは、よく覚えてないや。あ、日向ちゃん? ケーキ食べ終えたらあたしの部屋に行こうよ? 悪いけど明良兄ぃはユイナちゃんの相手しててね? なんせ兄ぃを頼って来てくれてるんだから!」
そうして見るからに慌てふためいた様子でケーキをかっこんだ妹は、女友達——日向ちゃんと一緒に二階にある自分の部屋へと引っ込んでいった。
「何だったんだ? あいつ。さっきの『日向ちゃん』……だっけ。あの子も落ち着きなかったし。ってユイナがそんなこと知るはずないんだけどさ」
「あの二人、付き合ってるんじゃないかなぁ?」
ぶっ!!?
僕は思わず紅茶を噴き出してしまった。
「な、何言い出すんだよ、いきなり!」
「だってあの二人なんか隠し事してる匂いがぷんぷんするんだもん。しかもアキラおにーちゃんには彼氏を連れてくるって言ってたんでしょ? じゃあ日向ちゃんは叶絵ちゃんにとってそれにソートーする相手ってことなんじゃないのかなぁ?」
淡々と自分の仮説を口に出すユイナ。
何だ、こいつは???
初めて会ったときは落ち着きのない子だと思ったけど。こと恋愛の事になるといきなり目つきが変わるんだな……落ち着き払って紅茶をすする姿は、優雅ささえ漂って見える。
こちらの視線に気づいたのか、ユイナはジト目で見つめ返してきた。
「あ~っ、もしかして、ユイナに惚れ直しちゃったぁ? やっとケッコンしてくれる気になったのかなぁ? ふっふーん♪」
と、より一層上機嫌になるユイナ。
「そ、そんなわけないだろ。けど二人の様子は気になるな。考えてみれば僕も妹の監督役としての責任がある。でも、覗きに行くのはなぁ」
「じゃあ覗きに行こうよっ」
またこの子はとんでもないことを言い出す。
「だってこのままじゃおにーちゃん、すっきりしないでしょ? ココロにモヤモヤがかかったままになっちゃう。だったら、ちょこーっと覗いてスッキリしちゃえばいいんじゃない?」
確かに、一理ある。いや、二理も三理もあるかもしれない。
「……じゃあ。行ってみるか? ユイナ隊員」
『おーっ!』という元気の良い歓声がダイニングにこだました。