Hellow World!――はじめまして!⑥
そういって早見先生は教室中を見回し、一点でその視線を止めた。
ぼく……ではない。ぼくの左隣。リサだ。横目でリサを盗み見ると、リサはやはり何の感情も浮かべぬままに早見先生を見ていた。
ぼくが早見先生に視線を戻したときには、もう先生の視線はリサにはない。
見つめ合っていたように思えたのは、気のせいだろうか。
「では、自己紹介からお願いしようか。自分の名と得意なポジションを言え。その後はチーム分けだ。バランスよく四人一組のチームを五つ作ってもらう。……いや、今年の特殊は十九名か。少々不利にはなるがやむを得ん。一組だけは三人一組だ」
ああ、そりゃもう決定だな。
そんなことを考えてしまった。だってリサと組みたいなんてやつは、ぼくとマサトを除いて誰もいないだろうから。ぼくだってさっきクラスメイト全員に怒鳴ってしまったし、マサトも堂々と敵対宣言をしてしまった。
右隣に視線をやると、マサトがこっちを向いて苦笑いを浮かべていた。
「ま、なんだ。成り行きってやつだな。頼むぜ、簡単にくたばるんじゃねーぞ、イツキ」
「そのつもりだよ」
こちらとしても、こいつとは組むつもりはなかったんだけど、仕方がない。きっとマサトもそう思っている。それがおかしくて、ぼくらは同時に苦笑した。
嫌われ者の三人組。組む理由はそれで十分。
ちなみに四人一組の内訳は、近接戦闘で敵を引き付ける最も危険な前衛機、全般的な作戦や指示を出す中衛指令機、的確な射撃でチームを援護する後衛機、そしてそれら全般を円滑にするための分析支援機に分けられる。
ぼくらには分析支援がいない。それだけの話だ。マサトには悪いけれど、生存率はかなり下がると思う。でも、そんなの別にかまわない。
九年前のあの日以来、ぼくの中から恐怖という感情は消えてしまっていたのだから。
首都大戦の恐怖は、何にも増して大きすぎたんだ。あの頃、小さな身体で廃都と化した東京を彷徨った七日間に比べれば、装甲人型兵器に搭乗できる分、恐怖なんて感じやしない。
早見先生が出席簿を見ながら呟く。
「多岐の自己紹介はもう必要ないな」
「恐縮です」
マサトが満足げに、早見先生の言葉に返事をした。
よほど早見先生を尊敬しているのだろう。チンピラみたいなナリをして、規律正しく頭を下げている。
まわってきた自己紹介のため、ぼくは立ち上がる。
「高桜一樹です。射撃には自信がないので、前衛を希望します。よろしくお願いします」
淡々と応えて頭を下げる。それまで黙って聞いていただけだった早見先生が、ほうっと呟いた。
「高桜一樹。なるほど、君が首都大戦最後の生存者のひとりか。いやはや、これはまた感慨深い」
イヤになる。他人はぼくを、その肩書きでしか見ない。
そもそもメタルと戦う帝高に来たのだって、マスコミがおもしろおかしく書き立てたように、義憤に駆られたなんて理由じゃない。ぼくからすべてを奪っていったメタルへの復讐と、助けてくれた少女やキャスケットのパイロット、士郎という人物の力になりたかったからだ。
「帝高のスカウトもマスコミのアジテーションも関係ありません。政府や学校側のプロパガンダのためでもありません。ぼくは自分の意志でここに来ました」
だからぼくは言い捨ててそのまま着席する。クラス中の視線が自分に向けられるのを感じながら。
ぼくの無礼な言い方に、別段不快そうな表情を見せるでもなく、早見先生は「そうか」とただ静かに呟いた。
「では、次――」
哀れみの視線ならもう腹一杯だし、この担任教師の無関心さは心地いい。
「リサ・アバカロフ……後衛……」
リサが立ち上がり、ペコっと頭を下げた。そのまま静かに着座する。
アバカロフ。ロシア人とのハーフなのかな。確かに日本人離れした色素の薄さだが、ロシア人に見られる長身だったり大人っぽい外見だったりはしない。むしろ背は低く、日本人の中でも華奢な方に位置するんじゃないだろうか。
そういえば仕草もずいぶんと変わっている。今も両手を開いて指を曲げたり伸ばしたり、じっと見つめながら。まるで動くことを確かめているかのようだ。
「……?」
何か納得がいかなかったのか、小首をかしげている。その様子が自分の尾を追いかけてくるくる回る犬のようで、少し可笑しい。
リサは首都大戦の生存者であるぼくの名を聞いても、他のクラスメイトのような反応は示さなかった。ただ単に興味がないだけかもしれないけど、何だか少しだけホッとした。
「では全員の自己紹介も終わったところで、格納庫に移動する」
早見先生が出席簿を閉じて、教卓の中へと入れた。
一番前の席に座っていた生真面目そうな眼鏡の少年が、手を挙げて質問をする。
「授業は行わないのですか?」
「今日は君達に、学業よりも優先順位の高いものを学んでもらう。本日の授業は、君達と装甲人型兵器を引き合わせることだ。それぞれ機体に名前を付けてカラーリングをし、システムに生体認証登録を行う。これにより、その機体は登録者だけにしか力を引き出せない、オンリーワンとなる」
少しつり目の、気の強そうな女子が片手を腰に当てて尋ねた。
「ねえ、先生。それってすべての機体性能を画一化して、誰がどれに乗っても扱えるものにした方がいいんじゃない? そうすればパイロットが死亡したときも機体はムダにならないし、逆に自分の機体が壊されても他の機体で出られるでしょう?」
早見先生が両腕を胸の前で組んで、笑みを浮かべた。
「もっともな意見だが、装甲人型兵器は戦車のような機械的な乗り物じゃない。言うなれば君達の新しい肉体だ。そうだな、たとえるなら頭脳をそのままに他人と肉体だけを交換したとしても、拒絶反応が起こるだけでうまくは動けないものだ。内臓の一部を取ってもそうだろう。それを回避するには、その頭脳に適合する肉体に作り替えなければならない。幸い、肉の身体とは違い、鋼鉄の肉体ならば作り替えはそれほど難しいことではない」
気の強そうな女子が額にシワを寄せて、自信なさげに呟く。
「つまり、装甲人型兵器の性能をあたしたちの頭脳に合わせて最適化するために、ひとり一機にした方がいいということ?」
「その通りだ。だから自分の肉体だと思って、せいぜい大切に乗れ。装甲人型兵器は肉の身体同様、とても貴重なものだ。国防予算も無限にあるわけではない。そう簡単に替えはないからな。では、教室を移動する。全員起立!」
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