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笑顔の為に  作者: 夜猫
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第8話『小学生』

「あれは…?」

帰路に就く途中、暇潰しに商店街を見て回っていると、見た事のある後姿を見掛ける。

赤いランドセルを背負った少女は、先輩の妹で俺の天敵のいずみだった。

いずみは老舗の駄菓子屋で、何人かの友達とお菓子を選んでいるようだった。

さて、どうしよう…。

このまま、見なかった事に通り過ぎる事もできる。

だけど、さすがにそれは失礼だろう。

先日は先輩が『俺の為に』作ってくれたサンドイッチを遠慮なく食べた借りがある。

せっかくだから、借りを返してやるとしよう。

俺はニヤリと笑みを浮かべる。

取りあえず、いずみに気付かれないように、気配を消して近付いていく。

「いずみちゃん、何にするの?」

「えっと…どうしよっかな?」

選び兼ねているのか、いずみは色々なお菓子を目の前にして、あちらこちらと視線を動かしている。

それにしても、いずみはあの日見た時とは比べ物にならない程に無垢な笑顔を浮かべていた。

まるで別人だ。

「よし、これにする」

いずみが選んだのは、見た事のないキャラクターが描かれた小さなチョコレート。

「可愛いね」

「そうでしょ」

自分の選んだお菓子を褒められたいずみは、嬉しそうに目を細めた。

その他にもいずみは数種のお菓子を選んで支払いをする。

俺は歩き出したいずみの少し後ろをついて歩いた。

楽しそうに笑ういずみを、俺は黙って見つめていた。

考えてみれば、いずみはただ自分の姉を守ろうとしただけだ。

初めて会った人間で、しかも見知らぬ男が家に上がり込んでいれば、いずみじゃなくともああいう態度をとるかもしれない。

「いずみちゃん、今からどうする?」

「んー。ちょっと用事ができちゃった」

「そうなんだー」

他愛ない会話を交わすいずみ達に、すっかり毒気を抜かれた俺は踵を返した。

「じゃあ、また明日ねー」

「うん。またね」

背後から聞こえる、友達と別れを告げるいずみの声を耳に入れながら歩き出す。

仕返しなんて考えていた自分を馬鹿らしく感じる。

もっと、大人として寛容な気持ちを持たなくてはいけないな。

そうだ!

相手は小学生…しかも女の子なのだ。

今度、先輩の家に遊びに行った時には優しく微笑み掛けてやろう。

「カンガリアンキーーーック」

「ぐはっ…」

突然の叫び声と背中の衝撃に、俺は情けない声と共に道路に転がった。

痛みで息すら出来ずにのた打ち回る俺は、何が起こったのか理解出来なかった。

わかっている事は、人為的な何かでこういう状況になっているという事だけ…。

少しだけ、視線を上げると襲撃者の姿が目に入る。

それはいずみだった。

「ふん。このデバガメ野郎」

「…ったく。てめぇ、何しやがるっ」

人聞きの悪い事を言いながら鼻を鳴らして胸を逸らすいずみに、俺は噛み付かんばかりに食って掛かった。

そんな俺に、いずみはビシィと指を突き付ける。

「あんたって人は…お姉ちゃんだけでは飽き足らず、小学生の私まで毒牙にかけようなんて…」

「は…?」

ワナワナと怒りに身体を震わせながら、豪快に勘違いするいずみに、俺は惚けてしまう。こいつは何を言ってるんだ?

「今度こそ、きっちり駆逐してやる!」

「ち、ちょっと待て。お前はたぶん、何か勘違いをしてるぞ」

やばい…。

俺は尋常ではない形相で睨むいずみに気圧されて、ジリジリと後退りする。

「問答無用」

必死に訴え掛ける俺の言葉は、一言で斬り伏せられる。

うわっ!

こいつ、聞く耳持ってねぇ!

ポキポキと指を鳴らしながら寄ってくるいずみ。

どうする…?

このままじゃ、非常にやばい。

「お、おい…」

「覚悟!」

「何でも好きなもの奢ってやるから、待ってくれ!」

「…ッ!」

俺は自分の身を助ける為に、目を瞑って思い切り叫んだ。

「……」

ギュッと目を瞑ったまま、いずみの攻撃を待っていたが、全然やられる素振りがない。

訝しげに思って、ゆっくりと目を開けてみると、いずみは複雑な表情で俺をジッと見つめていた。

「ホントに…」

「え…?」

「ホントに…何でもいいの?」

葛藤しているのか、いずみは値踏みするように上目遣いに俺を見ている。

「あ、ああ。何でもいいぞ」

こっちは命が掛かっているからな、という言葉を口には出さずに心で付け足しておく。

「……」

尋ねたはいいが、やはり、まだ悩んでいるのか黙り込んで考えている。

「何でもいいぞ。いずみは何が好きだ?」

「…チョコパフェ」

俺は悩むいずみの背中を押すようにたたみ込んだ。

いずみは一度上目遣いに俺を見て、少し顔を赤らめて小さな声で答えた。

「チョコパフェか。だったら、美味しい所を知ってるぞ」

「ホントに!?」

「ああ。じゃあ、早速行くぞ」

余程、チョコパフェが大好きなのだろう、いずみは俺の言葉に目を輝かせている。

先程の形相からは、とても想像出来ない程、いずみは年相応の表情を見せていた。

そんないずみに、俺は苦笑を浮かべつつ歩き始めた。

いずみも後ろからついてくる。

俺達が向かったのは近くにある甘味屋だ。

小さな店なのだが、とても評判の良い所である。

しかも、路地から入ったわかりにくい場所にある為にお客はあまり多くない。

そのお陰か、ゆっくりとする事ができる。

ガラガラと横開きのドアを開けて、暖簾をくぐって中に入る。

いずみはこういう場所に慣れてないせいか、オドオドキョロキョロと怖々と辺りを見回している。

俺が適当な場所に腰掛けると、いずみも同じように真向かいに腰掛けた。

明日香は俺の隣りにチョコンと着席した。

「すみませーん。チョコパフェ二つ下さい」

「はーい」

お冷やを持ってきた和服に身を包んだウェイトレスに、早速注文する。

ウェイトレスは注文を受けると、奥へと入っていく。

それを目の端で見送ってから目の前のいずみに視線を戻す。

いずみは、待ち切れないのか、ウェイトレスが入って行った場所を見ながらソワソワとしていた。

「それにしても…」

「ん?」

「お前って、めちゃくちゃシスコンだよな?」

それは初めて会った時から思っていた事だった。

せっかく、こうやって話す機会が出来たのだから、聞いてみようと思ったのだ。

「そんなんじゃないよ。ただ…」

「ただ…?」

「お待たせしました」

含みのあるいずみのセリフが気になって聞き返した俺の言葉を遮るように、目の前にチョコパフェが運ばれてきた。

「わぁ…」

目を輝かせて食い入るようにチョコパフェを見つめるいずみに苦笑する。

「どうぞ」

「いただきまーす」

蛇の生殺しにするのも可哀想なので、俺は話を止めて食べ始める事にした。

夢中になってチョコパフェを口に運ぶいずみに、もう一度苦笑して俺も目の前のチョコパフェを食べ始めた。

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