第7話『屋上』
目の前にはどこまでも青空が広がっていた。
俺は放課後、屋上のベンチに腕を枕代わりに横たわっていた。
何故、放課後に俺がこんな事をしているかと言うと、帰る理由がないからである。
実は、先輩を誘って帰ろうと思っていたのだが、先に帰ったらしく教室にはいなかった。
家に帰っても暇人の俺はやる事がない。
仕方なく、時間を潰す為に屋上で空をボーッと眺めていたのだ。
ちなみに、明日香はといえば、俺のようにジッとしているのが退屈なのか、屋上中を走り回っている。
「死んでるのに元気な奴だ」
呆れた口調で無駄に元気な明日香をボーッと眺めていた。
何がそんなに楽しいのか、明日香は嬉しそうに飛び跳ねている。
そんな明日香に、俺の頭に一つの疑問が過ぎる。
それは先日行った先輩の家…。
先輩の妹のいずみ…。
明日香が先輩の妹ならば、いずみとも姉妹という事になる。
だけど、明日香はいずみに対して興味を示さない。
普通、姉妹ならば、いずみに対する明日香の視線が、もう少し愛を持っていてもいいような気がする。
だけど、明日香のいずみに対する態度にはどことなく違和感を感じていた。
俺は視線を明日香から外して、また空を眺める。
そんな俺の視界が突然遮られる。
明日香が顔を覗き込んできていた。
きっと、一人遊びに飽きたのだろう。
「……」
しかし…何も言わずにジーッと見られるのは非常に鬱陶しい。
俺は寝返りをうつようにして、明日香から顔を逸らしてゴロリと横を向いた。
しばらく、その体勢でいると明日香の気配が背後から消えた。
諦めたのだろう。
しかし、その考えは甘かった。
「……」
「うおっ!」
明日香はベンチと金網の間から、ヌーッと顔を出したのだ。
これには、さすがに俺も驚いた。
ビクッと身体を震わせて、ベンチから飛び起きた。
明日香はその様子がおかしかったのか、俺を指差して、楽しそうに笑っている。
まったく…退屈だからって、悪戯しやがって…。
「あのな…俺は考え事してるんだ。しばらく、ほっといてくれ」
「……」
俺がため息を吐いて睨むと、明日香は落ち込んだようにシュンと俯いた。
う…。
ちょっと、可哀想な事をしたかな?
幽霊とはいえ、明日香はまだ子供だ。
ジッとしてろというのが無理な話かもしれない。
「後で遊んでやるから…」
「後で、ではないだろうっ!」
「おうっ!」
ショボンとしている明日香を窘めていると、声と共に、突然背中に衝撃が走る。
不意打ちだった俺は、踏ん張る間もなく前のめりに転がるようにして倒れた。
痛みに顔を歪めながら、背中を押さえて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
その到底高校生には見えない小柄な少女には見覚えがあった。
明日香の姿が見える不思議で横暴な少女だ。
「まったく。これだから人間は…」
「いつつ…何しやがる!」
ベンチの上に仁王立ちして、ブツブツと文句を言ってる少女を見上げながら、俺は悪態を吐く。
「この子が退屈してるのだ。遊んでやれ」
「今、考え事してるんだよ!」
「つべこべ言うな。私がやれと言ったらやれ!この人間がっ!」
何て傲慢で横柄な少女だろう…。
しかし、逆らおうと思っても少女から放たれる何ともいえない威圧感で、閉口してしまうのだ。
だけど、このまま少女に負けているのは癪に障る。
「な、何で、そんな事、お前に命令されなくちゃいけないんだ!」
「人間ごときが、私に逆らおうというのか…?」
「くっ…」
怯みながらも言い返す俺に、少女の雰囲気が変わる。
周りの温度が十度ぐらい一気に下がった気がする。
何て冷たい瞳なのだろう…。
凍るような視線が俺を射抜く。
身体の奥底から震えてくる。
やっぱ言わなきゃ良かった…。
俺は言い返した事を、すぐさま後悔した。
目の前の少女は、明らかに普通の人間とは違う…。
それを自分の身体で感じ取っていた。
ガシャン。
いつの間にか、背中に屋上の金網が迫ってきていた。
どうやら、自分でも知らないうちにジリジリと後退りしていたようだ。
「……」
そんな俺と少女の間に明日香が割り込んできた。
「明日香…」
明日香は少女に何かを訴え掛けているのか、仰々しく身体を動かしている。
「はぁ…」
少女が深々とため息を吐く。
それと同時に、今まで凍り付いていた雰囲気が一気に緩和した。
助かった…のか?
目の前では明日香が何度も頭を下げている。
「仕方ない。こいつはまだ必要だったな」
「……」
コクコクと頷く明日香に、少女はまたため息を吐いた。
その後、少女は俺をキッと睨む。
「今回はこの子に免じて許してやろう。だが…二度はないぞ」
「わ、わかった」
俺が納得したのを確認すると、少女は踵を返して歩き始めた。
少女の威圧から解放された俺は、ズルズルとその場に崩れ落ちた。
「はぁ…」
いつの間にか、俺は汗をグッショリとかいていた。
死ぬかと思った…。
一体、何なんだ…あいつは?
訳がわからなかった。
少し放心状態の俺の顔を明日香が心配そうに覗き込んでいる。
「ああ…何とか大丈夫だ」
「……」
声を掛けると、明日香は安心したように胸を撫で下ろしていた。
それにしても、何故、あの少女は明日香にあれほど執心しているんだろうか?
それに、俺の事をまだ『必要』だと言っていた。
俺が必要…?
意味が全くわからない。
「よっ…と」
何とか身体を起こして、立ち上がる。
これ以上、ここにいたら、またあの少女が戻ってくるかもしれない。
そう思うとブルルと身震いしてしまう。
「帰るか…」
俺は明日香に声を掛けて、逃げ出すように屋上を後にした。