第30話『明日香と先輩』
「拓哉くん…今、何て言ったの…?」
次の日の放課後、先輩との帰り道に、俺は昨日わかった事を説明した。
先輩は明日香を殺していない、と…。
先輩は信じられないといった表情で聞き返してきた。
それはそうだろう。
ずっと、自分が殺したと思っていたのだ。
簡単に納得できる訳がない。
「先輩、突き落としたって言ってただろ?」
「う、うん」
「あれが、ずっと、引っ掛かってたんだ」
そう。
俺の中に生まれた違和感の正体とはそれだったのだ。
俺は先輩に話して聞かせる。
記事に事…。
明日香の死因…。
そして、いずみを襲った犯人こそが、明日香を殺した犯人と同一だという事を…。
先輩は黙って聞いていた…。
今、何を考えているのだろう?
自分が殺していないという事でホッと安堵しているのだろうか?
それとも、怒りではらわたが煮えたぎっているのだろうか?
表情からは読み取れなかった。
「そっか…」
全部、聞き終えた先輩の最初の言葉は案外素っ気ないものだった。
「あっさりしてるもんだな」
かなり意外だった。
いずみの時、先輩はあれだけ怒っていたのだ、もっと、怒りを露わにするもんだと思っていた。
「だって、責められないわよ」
「え…?」
「私も犯人と何ら変わらないでしょ」
「……」
何も返せなかった。
慰めの言葉なんて言えるはずもない。
昨日、ミコトが言った事を先輩はわかっていたのだ。
「だけど…だからって、許しちゃいけないよね」
それは怒りでも軽蔑でもない。
これ以上、少女達を傷つけさせない為に犯人を止めたいという気持ちだった。
「ああ。そうだな」
もちろん、高校生の俺達にできる事なんて、たかが知れてる。
それでも、何ができるか考え始めた。
「何か有効な手掛かりがあればいいわね」
「手掛かりね…そういや、一つおかしい事があるな」
「おかしい事…?」
「ああ。昔と今の犯人が同一だとしたら、間がないんだよ」
それは、記事を調べていてわかったのだが、明日香の事件を最後に起こらなくなった。
そして、最近、また事件は起こり始めたのだ。
これは、この事件に何か手掛かりになるのだろうか…?
「そう…なの…」
何か考えるように、先輩は口元に指を置いて俯いた。
「先輩?」
「な、何!?」
声を掛けると、驚いたように顔を上げる。
余程、考えに耽っていたようだ。
「いや、何かわかったのかと思って…」
「ううん。別に何もわからないわ」
俺の言葉に首を横に振る。
だけど、何だか様子がおかしい。
どうしたというのだ?
「先ぱ…」
「いけない。そろそろ、いずみを迎えに行かなくちゃ」
不審に思い、問い質そうと口を開いた俺を遮り、慌てた様子で立ち上がる。
どうも、誤魔化しているような気がする。
しかし、こうなると聞いても答えて貰えないだろう。
仕方なく、俺も立ち上がる。
「そうだな。迎えに行くか」
「ええ。行きましょ」
スタスタと歩き始める先輩の後ろをため息を吐きながら、ついて歩いた。
先輩は、いずみと学校で待ち合わせているらしく、向かったのはいずみの通う小学校だった。
いずみは、校門の前に立っていた。
辺りをキョロキョロと見回していて、いずみは先輩が来るのを待ち侘びているようだ。
その視線が先輩を見つける。
「いずみ」
「お姉ちゃん!…と、甲斐性無し」
「おい…」
先輩に嬉しそうな笑顔を見せたいずみは、冷たい視線を俺に向けてボソリと呟いた。
「甲斐性無しでしょう?私を襲った犯人を捕まえられなかったんだから…」
「…ぐっ…」
完全に言葉に詰まる。
本当の事だから、何も言い返せない。
しかし、まさか、いずみに言われるとは思わなかった。
「まあまあ。さあ、帰りましょう」
睨み合いを始めた俺達を、先輩が軽く窘めた。
冗談を言うように、言い合いを続けながら、俺達三人は帰路へと就いた。
先輩といずみと別れた俺は、先輩達の見送りが見えなくなった所で家まで駆け出した。
楽しい毎日…。
限りある日常…。
後、少しで終わりを告げるのだ。
一人になると、それが余計に感じられてしまう。
家に着くと、部屋の中で、見もしないのにテレビをつけて音を高く鳴らす。
自分の落ち込んだ気持ちを紛らわしたかった。
そうでもしないと『死』の恐怖に押し潰されてしまいそうで…怖かった。
先輩を助ける事を決めて、自分が死ぬ事を俺は選んだ。
だけど、死の恐怖は薄れる事はない。
「くそっ…」
震える手を押さえ、できる限り動かないようにする。
プルルル…。
家の電話が鳴り始めた。
時計を見ると、すでに九時を回っている。
こんな時分に誰だろうか?
「もしもし」
受話器を取り、電話に出る。
どんな相手でも、話ができるのは嬉しい。
不安が紛れるから…。
「お姉ちゃんが帰ってこないの!」
「お、おい…。お前、いずみか?」
電話を取ると同時に少女が捲し立てた。
声からいずみだとわかるが、かなり動揺してるようで、話に要領を得ない。
「お姉ちゃんが…お姉ちゃんが…」
「落ち着け。取りあえず、一度、深呼吸してみろ」
いずみは泣いているようだった。
嫌な予感がする。
今すぐにでも、聞き出したい気持ちを押さえて、いずみを落ち着かせる。
電話口から、何度か深呼吸する音が聞こえてくる。
「落ち着いたか?」
「うん…」
「よし!じゃあ、先輩が帰ってこないって、どういう事だ?」
少し落ち着いたいずみに、話をするように促す。
「お姉ちゃん、二時間ぐらい前に出掛けたっきり帰ってこないの」
「遅いには遅いが、今ぐらいの時間なら心配する程じゃないんじゃねぇか?」
いずみの心配を和らげようと、俺は時計に視線を送りながら返す。
そう、まだ、遅いとはいえ、九時だ。
自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。
だけど、それとは対照的に嫌な予感は更に大きくなっていく。
「違うの。出て行く時も何だか思い詰めた顔してて…それに、何だか犯人がどうとか言ってたし…」
犯人…。
帰り道の先輩とのやり取りが脳裏に浮かぶ。
俺の言葉に挙動不審だった先輩。
やはり、先輩は何かに気付いていたのだ。
「わかった。俺が探しに行くから、お前は家で待ってろ!」
「うん。お願い」
電話を切って、俺は外へ出る準備をする。
それにしても、先輩は何に気付いたのだろうか?
俺は今回の事件の事を改めて考えていく。
「…ッ!」
背中がゾッとする。
俺はある事に気付いてしまった。
恐らく、先輩も同じ事に気付いのだろう。
俺は先輩を探す為に家を飛び出した。




