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笑顔の為に  作者: 夜猫
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第29話『満天の星空』

叫び続けた俺は、疲れと虚脱感から、その場を動けずにいた。

何一つ音のしない静寂の中、膝を抱えてうずくまる。

闇に包まれた世界が、まるで夢の中にいるようで、ミコトに聞いた話全てが嘘だったように感じる。

俺が死ぬ…?

先輩が死ねば助かる…?

明日香が先輩を恨んでいる…?

信じられない…。

いや、信じたくなかった…。

「明日香…嘘だろ?」

自分の中にいるという明日香に問うように呟いた。

答えはない。

これから、俺はどうすればいいんだろう…?

「死にたくない…」

まだ、やりたい事が沢山ある。

やり残した事も山程ある。

こんな若さで死ぬなんて嫌だ。

もっと、生きたいんだ…。

『薫が死ねばいい』

不意にミコトの言葉が脳裏を過ぎる。

それは悪魔の囁き…。

先輩を殺せば、俺は助かるんだ。

この時、俺は壊れ始めていたのだろう…。

でなければ、こんな事は考えなかっただろう…。

先輩を殺す…。

はっきり言って、簡単な事だ。

別に、自ら手を下さなくてもいい。

先輩の明日香への罪の意識を刺激すればいい…。

先輩の過去の傷をえぐればいい…。

そうすれば、先輩は自らの手で自分の命を断ち切るはずだ。

俺はゆらりと立ち上がった…虚ろな瞳に狂気を宿して…。

自分が助かる為に、俺は今から先輩に酷い事をしようとしている。

本当にそれでいいのか…?

そんな事すら、俺は考えられなくなっていた。

ガチャ…。

歩き始めた瞬間、屋上のドアが開かれる。

「拓哉…くん?」

「先…輩…」

背中から髪の先まで一気にザワザワとしてくる。

何故、先輩がここに来るんだ…?

いや、それよりも絶好のチャンスが巡ってきたではないか。

やるんだ…。

今しかない。

俺が実行に移そうとした時だった。

「良かった…やっと見つけた」

先輩は俺の身体を抱き締めた。

「な…っ!」

俺は戸惑いを隠せなかった。

先輩の身体から伝わる温もりが、今はどうしようもなく鬱陶しく感じられる。

「何だか、様子がおかしかったから、私、心配になって…」

安堵からか、先輩の瞳からはポロポロと涙が溢れていた。

どうして…?

俺は今から先輩を殺すんだぞ。

酷い罵倒を浴びせ掛けて傷をえぐるんだぞ。

なのに…。

何で、そんな笑顔ができるんだよ。

俺は糸の切れた人形のようにその場にしゃがみ込んだ。

「拓哉くんっ!?」

「大丈夫。何でもねぇんだ」

俺は涙していた。

俺は馬鹿だ…。

やりたい事もやり残した事も、先輩なしでは成し得ない。

先輩がいなければ、人生に価値などないに等しいのに…。

「平気?」

「ああ」

埃を払って立ち上がる俺に、先輩が手を貸してくれる。

「きゃっ!」

俺は貸してくれた先輩の手を引き寄せ抱き締めた。

突然の出来事に、先輩は驚いたように顔を真っ赤に染めた。

「先輩…」

「た、拓哉くん、その…恥ずかしいんだけど…」

突然の俺の奇行に、先輩は動揺したようにあちらこちらに視線を泳がせる。

自分はさっき、俺を抱き締めたくせに、先輩は自分が抱き締められるのは恥ずかしいようだった。

「俺は先輩の事好きだから…」

「え…?」

「ずっと、好きだから…」

俺の中で決心がついていた。

先輩が生きてくれるなら、俺は死んだって構わない。

先輩が笑顔でいてくれるなら、俺の命なんて安いもんだ。

「ち、ちょっと…何よ、突然…」

「言いたかったんだよ。いいだろ、誰が見てる訳じゃねぇんだし」

恥ずかしがる先輩がとても可愛く見えて、俺はからかうように呟いた。

「あー。ゴホン」

「…ッ!」

闇の中からわざとらしい咳払いが聞こえてくる。

声のした方へ視線を向けると、バツの悪そうな表情で頬を掻く小室教諭がドアを背にして立っていた。

「拓哉くんを探してる時に、学校の前で偶然会ったのよ」

驚きに、弛んだ腕の隙間からスルリと抜け出した先輩は、俺に背を向けて説明する。

「いや、若いな。夜の屋上で逢引か?」

「あのな…」

からかうように軽口を叩く小室教諭に、俺はため息を吐いた。

小室教諭は不機嫌そうな俺の顔に、満足気に頷いて空を見上げる。

俺もつられるようにして見上げた。

満天の星空…。

「凄い…こんな星空、なかなか他じゃ見れないよな」

「そうだな」

確かに、こんなに綺麗な星空は都会ではなかなかお目にかかれないだろう。

「この町に帰ってきてから、改めて思ったよ」

「小室先生は、この町の出身なのか?」

「ああ。大学までこの町で過ごした後、S県に就職したんだ」

「へぇ…」

初耳だった。

だけど、そんな事よりも、この町を褒めてくれた事が、俺には何より嬉しかった。

それは、俺がこの町を好きだから…。

先輩と出会えた、この町を…。

「いけない。そろそろ、今日が終わりそうだわ」

しばらく、夜空を見上げていると、先輩がポツリと呟く。

「!?」

慌てて、腕時計を見ると、ちょうど十二時になったところだった。

「帰らなくちゃ、まずいわね」

口元に指を置いて、表情を曇らせる先輩。

申し訳なかった。

「悪いな、先輩。家まで送るよ」

「ありがとう」

「という訳で、俺達は帰るな」

未だ、空を見上げている小室教諭に別れを告げる。

「ああ。気をつけて帰れよ」

「先生。さようなら」

「さようなら」

こちらを一瞥して、言葉を掛ける小室教諭に背を向けて、屋上を後にした。

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