第27話『違和感』
「大丈夫かっ?」
俺は先輩といずみの元へ急いで戻った。
いずみは意識はあるようだが、身体を小刻みに震わせている。
きっと、余程怖い目に遭ったのだろう。
先輩が落ち着かせようと、いずみの小さな身体を抱き締め、背中を擦ってあげていた。
「拓哉くん、さっきの男は…?」
「悪い。逃げられた」
「そう…逃げられたの…」
「う…」
正直に結果を話すと、先輩の周りの空気が一気に重たくなる。
その空気に気圧されるように、俺は小さく呻き声をあげる。
明らかに、先輩は怒りのオーラを身体中に纏っていた。
確かに、腑甲斐ないかもしれない。
大見得切って、追い掛けたはいいが、結局逃げられたなんて笑い話にもなりはしない。
もちろん、この怒りの元になっているのは、可愛い義妹を傷付けようとした男に対してだが、取り逃がしてしまった事で、その怒りが俺に飛び火しているような気がする。
「お姉ちゃん…私、大丈夫だよ」
先輩の胸に顔を埋めていたいずみが震える声で呟いた。
本当は大丈夫ではないのだろうが、俺達を心配させないようにしていた。
「いずみ…」
「怪我はないか?」
「うん。平気」
「そうか。でも、大事をとって家に帰ろうな」
取りあえず、本当に怪我はないようだ。
だけど、このまま、ここでこうしている訳にもいかない。
「うん」
「拓哉くん、いずみをおぶってくれる?」
「わかった。ほら、背中に乗れ」
「うん」
先輩の言葉に、俺はいずみに背を向けしゃがみ込む。
いずみは先輩の手を借りて、背中に乗った。
いずみの身体は小柄で思った以上に軽い。
「よし!それじゃ、帰るか」
「ええ」
軽々と立ち上がり歩き出す。
先輩も並ぶようにして歩き始めた。
「話には聞いていたが、物騒極まりないな」
小室教諭から、最近、幼女ばかりを狙う犯罪が横行しているとは聞いていたが、まさか、いずみが狙われるとは思わなかった。
もし、あの場に居合わせなかったら、と思うと背筋がゾッとした。
「そうね。ついでに言わせてもらえば、ここで拓哉くんが捕まえてくれさえすれば、今後の憂いを断ち切れたんだけどね」
「う…」
俺は先輩に責められて、表情を曇らせた。
しかし、先輩の言う事ももっともだ。
あそこで捕まえられなかったせいで、また犠牲者が出る可能性があるのだ。
もし、そうなれば、悔やんでも悔やみ切れない。
「一応、小室先生には任せてきたけどな」
「小室先生?」
「ああ。角を曲がった所で、先生とぶつかっちまって…。それで逃がしちまったんだ」
「そうだったの…」
少し言い訳っぽくなってしまったが、俺は先輩に先程あった出来事を説明した。
先輩は話を聞き終わると、一応納得してくれたようだ。
表情を少し緩める。
助かった…。
俺はホッとしていた。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
「それにしても、あの男…一体、何者なんだ…?」
「わからないわ。でも、ろくな奴じゃないのは間違いないわね」
「確かに、な」
幼い少女に乱暴しようなんて、まともな人間が考える事ではない。
許せなかった。
治まっていた怒りがまた蘇ってくる。
「くそっ!」
「キャッ!」
我慢できずに吐き捨てると、突然の事にびっくりしたのか、後ろのいずみが小さく悲鳴をあげていた。
「わ、悪い…」
「……」
何やってるの?と言わんばかりに、先輩がジト目で睨む。
その責める視線は、先輩の家に着くまで続いた。
そのせいか、先輩の家に着いた頃には、プレッシャーでへとへとになっていた。
「拓哉くん、上がってちょうだい」
「ああ。お邪魔します」
俺は一度いずみを担ぎ直して、先輩の家へと上がる。
「こっちよ」
いずみの部屋まで案内された俺は、ようやくいずみを背中から降ろした。
いくら、いずみが華奢な身体で軽いとはいえ、さすがにずっとおぶって帰ってくるのは辛かった。
「お疲れ様」
先輩が疲れた様子の俺を労ってくれる。
それだけで、疲れが吹き飛ぶ程嬉しかった。
先輩が敷いた布団に寝かされたいずみに、先輩はようやく安堵の表情を見せた。
「本当に、いずみが無事で良かった…。また、妹を失ったら…私…私…」
明日香を自らの手で殺してしまった先輩は、妹に関してはかなり過敏になってしまうようだ。
殺した…?
まただ…また、頭の中で違和感が生まれる。
何だ…?
一体、何に違和感を覚えているんだ…?
「あっ…」
そこまで、考えていた俺は一つの事に気付いた。
「どうしたの…?」
「悪い、先輩。ちょっと用事を思い出した。俺、帰るな」
突然、声を上げた俺に戸惑う先輩に、バタバタと別れを告げて、先輩の家を後にする。
すでに、辺りは薄暗くなっていた。
時計で時間を確認すると、六時を少し回っていた。
俺は気にせず、学校へと向かう。
どうしても、確かめなければいけない事があった。
息を切らせながら、学校に戻った俺は迷わず図書室を目指す。
図書室のドアに手を掛けると、鍵は掛かってないようでガラリと開いた。
運が良い。
同じように隣りの部屋も鍵は掛かっていなかった。
まったく、不用心にも程がある。
しかし、今回は助かった。
俺は段ボールの一つから古い新聞を取り出した。
それは、以前、俺が日付順に並べた新聞だった。
「あった…」
中から目当ての新聞を見つけ出す。
それは、明日香が殺された事が掲載された新聞だった。
俺は明日香の記事をちゃんと確認する。
「やっぱり…」
俺は違和感の正体が何だったのか、ようやく理解した。
それは新聞に書いてある明日香が殺されたという事だった。
先輩が殺したと言っていたから、ずっと勘違いしていたが『突き落とした』だけで、殺人だと断定されるだろうか?
今、記事を読んで確信した。
それは、明日香の死因が胸部を刺された事による出血死だからだ。
間違いない。
明日香を殺したのは、先輩ではない誰かだ。
恐らく、先輩から突き落とされた明日香は、まだ生きていたのだ。
それを誰かが刃物で刺して殺した。
俺は他の新聞も目を通していく。
それでわかったのは、最近起こっている幼女の事件の犯人と、明日香を殺した犯人が同一犯だという事だ。
警察もそのつもりで捜査しているらしい。
俺はいずみを襲った男を思い出す。
あいつが明日香を殺したんだ…。
怒りが込み上げてくる…。
ズキッ…。
「うぐ…っ」
と、同時に朝と同じ痛みが胸を襲う。
俺は胸を押さえて倒れ込む。
俺はそのまま意識を手放した。




