表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑顔の為に  作者: 夜猫
2/37

第2話『再会』

「失礼しまーす」

教師達の視線を受けながら、俺は職員室を後にする。

横開きのドアを閉めると、ため息が零れた。

「職員室の前でため息なんて不健康ね」

「うおっ!」

気配もなく背後から声を掛けられて、飛び上がる程驚いた。

振り向くと先輩が、こちらもやはり驚いたように目をパチクリさせて立っていた。

どうやら、俺があまりにも大袈裟なリアクションに驚いたようだ。

「何だ、先輩か…」

「何だ、とはご挨拶ね。元彼女に言う言葉じゃないわ」

「元彼女って言っても、付き合った時間は五分だけどな」

「そうね」

先輩が口許に指を当ててクスクスと笑う。

何だか、昨日とは印象が違う。

「大体、何で職員室の前でため息を吐くのが不健康なんだ?」

「だって、ため息を吐いてたって事は、先生に呼び出されたんでしょ?」

「う…」

確かに…。

先輩の言葉は間違っていなかった。

俺は担任に呼び出されて、しこたま怒られてきたばかりだ。

「それで、何をしたの?」

「遅刻」

「その様子じゃ、常習犯みたいね」

それには答えず、曖昧な笑みを浮かべる。

それを答えと受け取ったのか、先輩は、やれやれと肩を竦めた。

「それで、先輩は今から帰り?」

「いいえ。今から用事があるの」

「そっか。じゃあな、先輩。頑張って」

先輩からクルリと背を向けると、手をヒラヒラと振って歩き出す。

「嘘でも、待つよ、ぐらい言えないの?」

腰に手を置いて、呆れた様子で、先輩はため息を吐いた。

「マタセテイタダキマス」

「棒読みじゃない」

「そうかぁ?」

またもや速攻でツッコミが入る。

昨日も思ったが、先輩はツッコミの才能がある。

まあ、どうでもいいんだが…。

「拓哉くん。そんなんじゃ、女の子にモテないわよ」

「ほっとけ」

先輩のイヤミとも忠告ともつかない言葉に、俺は眉をひそめる。

「ふふっ、冗談よ。拓哉くん、またね」

「ところで先輩、用事ってどれぐらい時間かかるんだ?」

ニッコリと笑って立ち去ろうとする先輩に聞いてみる。

「そうね…一時間ぐらいかしら」

「それぐらいなら待ってるよ」

「いいの…?」

気を使ってるのか、申し訳なさそうに聞いてくる。

「ああ。別に暇だからな」

本当に、全くと言っていい程する事はなかった。

だったら、少し待ってでも、先輩と帰った方が潤いがある。

「ありがと」

「それじゃ、屋上で適当に暇を潰してるよ」

「屋上ね。わかったわ。じゃ、後で」

「ああ」

先輩を見送って、俺は歩き始めた。

もちろん、屋上に向かう為だ。

しばらく昼寝でもしていれば、一時間ぐらいすぐ経つだろう。

薄暗い踊り場を上がり、重い扉を開けると、眩しさに視界を奪われる。

日差しを隠すように、手で陰を作り屋上に出る。

屋上には誰もいなかった。

俺は適当なベンチに腰掛けてため息を吐く。

「本気で、ずっと憑いてるつもりか?」

目の前の虚空に向かって話しかける。

そう…誰にも見えないが、確かに明日香はそこにいた。

昨日から明日香は、俺の傍らを離れようとはしなかった。

それは、先程先輩と話している時も…。

明日香はコクコクと頷いている。

「なあ…お前は俺に何をさせたいんだ?」

明日香は俯いた。

そして、意を決したように携帯を取り出した。

まさか…またか!?

案の定、俺の携帯電話が軽快な音を鳴らし始めた。

ちょっと前に流行ったドラマの主題歌だ。

ジト目で、取り出した携帯と明日香を見比べる。

明日香は、出ろ、と言わんばかりのジェスチャーを見せる。

「もしもし…」

『助けてぇ…』

「おどろおどろしく言うなーーーっ!」

仕方なく通話ボタンを押した俺の耳に入ってきたのは、苦しそうに助けを呼ぶ明日香の声だった。

ホラー映画真っ青だ。

意表を衝かれてしまった。

『ごめんごめん』

「何のつもりだ、コンチクショウ」

『ちょっと驚かしたかったんだよ』

どうやら、からかわれたようだった。

それにしても、ホラー映画の真似をする幽霊ってシュールだな。

「まったく…」

『でも…助けて欲しいのはホントだよ』

「?」

目を伏せて俯いた明日香の顔は悲しそうだった。

『あの人を助けて』

顔を上げた明日香の表情は悲痛だった。

明らかに先程までの冗談を言っていた表情ではない。

「先輩は、お前にとって何なんだ?」

何故、明日香は先輩の事をここまで心配するのだろうか…?

単なる知り合いという訳ではないはずだ。

『…お姉ちゃん』

少し間があった後、明日香はポツリと呟いた。

意外だった。

言われてみれば、確かに容姿は似ていた。

だけど、雰囲気が全く違う。

明日香は幽霊なのに、まるで生きている人と何ら変わらない。

逆に先輩は生きているはずのに、時々、死んだ人のように虚ろな瞳をしていた。

その差は、明日香が死んだ後の先輩の人生を物語っているかのようだった。

「そっか」

『お願い!お姉ちゃんを助けて』

「助けて、って言われても、何をどうすればいいんだ?」

多少気になるところはあるが、明日香が言う程、先輩が何かに困っているという風には見えなかった。

『お姉ちゃんと仲良くなってあげて…』

「?」

初めて会った時も、明日香はそんな事を言っていた。

それが先輩を助ける事になるのだろうか?

疑問だった。

『きっと、お兄ちゃんなら大丈夫だよ』

「ちょっと待て」

『?』

今度は明日香が疑問符を浮かべていた。

明日香の、大丈夫の根拠がわからないが、今はそんな事はどうでもいい。

問題にすべきは明日香の俺に対する呼び方だ。

お兄ちゃん…。

何て甘美な響きだろうか…。

「も、もう一回俺を呼んでみて」

『お兄ちゃん…?』

「くぅー」

ゾクゾク…。

何だか、変な気分だ。

新しい趣味が芽生えそうだった。

『……』

俺の態度に何かを察したのか、明日香はジト目で睨み付けていた。

「あー、コホン。まあ、頑張ってみるよ」

『……』

まだ納得してないのか、明日香は無言のまま、一度首を傾げてから電話を切った。

ギィー。

重い扉が開く音と電話をポケットに戻したのは同時だった。

「拓哉くん、お待たせ」

顔を覗かせた先輩に片手で答えて、立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ