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第3話 異世界生活は脱獄から始まる?

「あぁ、じゃあな」


 別れの言葉をいうと同時に魔法陣が光を放ち、世界が暗闇に包まれた。



 




闇に包まれてから一瞬だったのか、かなりの時間が経過しているのか、時間の感覚がはっきりしない。

 しかし、ふと、風が俺の頬を撫でたことに気が付いた。おそらくは転移が終了したのだろう。今までいた、あの白い空間とは空気が変わったのを感じることができる。

 

 

 視界は依然暗闇の中だが、パチパチと焚き火の音が耳に響く。音も聞こえるし、風も感じるのだが、世界は暗闇に包まれたままである。いったい何が起こっているのだろうか?






 ……と思ったら、どうやら目を瞑っていただけのようです。


 いやいや、何をやっているのやらと反省しながら、ゆっくりとまぶたを持ち上げていく。しかし、いつまでも太陽のまぶしさは感じられない。どうやら転移先は現在夜のようだ。

 まぶたが上がり、開けた視界に映るのは美しい満月に周囲の森と山々、それに切り株に座り焚き火を囲む3匹の子じゃない豚たち。





 …………………………。


 …………………………あー、驚きって、限度を超えると本当に思考がストップするんですね。


 何というか人型の豚?いや、豚顔の人?

 その豚たちは大きい個体ならば2m近い体格、そして、五指のある手足をもち、腰にぼろ布を巻いている。これはファンタジーに出てくるオークというやつだろうか。


 俺も驚きでいっぱいだが、びっくりしたのは豚さんたちも同じだったのだろう。固まった状態で俺と豚さんたちは無言のまま数十秒見つめ合っていた。 





 そんな時間が永遠に続くと思われたが、長い沈黙の後、ふと我に返ったのか豚の1匹が叫び声をあげた。


 「ピ、ピギィィーー!!」


 異常を告げるその声に反応して、我に返った残りの2匹も足元に置いてあった武器のような物を構える。そして、周囲の住居らしきものからは、さらに数匹の豚さんたちが慌てて出てきた。



 その光景を目にして呆気にとられていたのは完全に失策だった。だが、気付いたころには時すでに遅く、取り巻く状況は最悪に近い。何と言っても数の差は圧倒的で、敵は全員が棍棒やどこで手に入れたのだろうか、つるはしなどの採掘用の道具で武装している。しかも、周囲を完全に囲まれてしまっていて逃げ道は無い。


 俺の周囲を囲むのは合計7匹の豚さん。しかし、いきなり出現した人間のために警戒しているのか、様子を見るだけでなかなか近づいては来ない。



 これは絶体絶命と言えるピンチだろう。時間が経てば経つほど、こちらの状況は悪化していく。さぁ、どうしたものかと考えるが上手く頭が働かない。そして、ピリピリとした空気と緊張のためか手に汗をかき始める。だが、その汗のおかげで、初めて自分が手に何か握っていることに気が付いた。

 

 確か、自称神様(クソ野郎)が何か初心者用の武器と防具を用意したと言っていたな。記憶にあったその言葉を思い出し、微かな期待を込めて自分の装備を確認する。


 そして、その手に握っていたのは、








 くだものナイフとおなべのふた。



 ……あぁ、確かに某有名RPGじゃ初心者用の装備ではあるな。けど、ナイフって短剣だから剣術スキルを活かせないじゃん。そして、あいつは俺が剣術スキルを取っていることを知っている。これは明らかな嫌がらせだろう。 



 こりゃ駄目だな。とてもじゃないが勝負にならない。そもそも、転移先が魔物の村ってどういうこと?これもあいつのことだから絶対にわざとだよね。この状況を覗き見しながら、あいつが腹を抱えて笑っている姿が目に浮かぶわ。 

 …っと、今はそんなこと考えている状況じゃなかった。武器があてにならない以上、残された選択肢は一つだけだ。この方法は完全に博打だが他に現状で生き残る手段は思いつかない。

 仕方がないと俺は覚悟を決め、その手段を行使した。








 えー、武装解除します。

 俺はナイフと鍋のふたを捨て、両手を上に挙げて無抵抗の意を示した。 

 ぶ、豚さんたちに通じればいいんだけど。















 ………だがしかし、その後、誰も彼の姿を見ることはなかった。








 

 


 なんて事はありませんでした。は~い、まだ生きてますよ~。いやぁ~、正直なところ危険な賭けではありましたが、とりあえずは殺されていませんし、怪我もないです。

 あの後どうなったかと言うと、武装解除をした俺は豚さんたちに取り押さえられ、そして、木で作られた牢屋に入れられた。この牢屋はそれほど太い木で作られてはいないが、現状、一般人となんら変わらない俺の腕力ではどうにかできる強度ではない。



 それにしても、今回は何とか生き延びたが、それも時間の問題だ。豚さんたちがこのまま俺を生かしておくとはとは到底思えない。すぐにでも、脱出を考えなければならないだろう。


 

 

 


 ……そのために、まず自分の現状を整理することにした。




 

 ここまで連れてこられたときの様子から考えると、牢屋は豚さんたちの村でも端の方にあるようだ。

 暗くて見えづらいが、牢屋から少し離れたところには森が広がっているのが見える。

 そして、牢屋には入っているが、手足を縛られたりしてないのはありがたいし、一番の救いは見張りがいないことだ。豚さんたちは、貧弱な人間では牢屋からの脱出は無理だと考えたのだろう。だが、現状を打破するにはその無理を通さねばなるまい。

 何とか牢屋に体が通る程度の隙間を作って脱出、森を突っ切って逃げるしかないか。夜の森を通って逃げるのは非常に危険な気がするが、どうせここにいても死ぬだけだ。助かる可能性のある方にかけるしかない。



 そうすると、最後の問題はどうやって牢屋から脱出するのか?なのだが、これには考えがある。

 そうです、ようやくスキルが役立つときがきました!

 牢屋が木なら火の魔法で破壊できるはず。ただし、音や光などで気付かれる可能性は高いので、逃走は素早く行わなければならないだろう。賭けの要素が強いが、他に手段はないし、タイムリミットはもう目の前に迫っているかもしれない。


  

 さぁ、覚悟を決めようか!



 俺は深呼吸をして気分を落ち着ける。当然、魔法を使うのは初めてだが、スキルシステムのおかげか使い方は理解できている。俺は手を牢屋の格子の一つに向けて、意識を集中させた。

 

 

 「ファイアアロー」

 


 声で気付かれないようにできる限り声量を抑えて詠唱する。せっかくのファンタジー、せっかくの魔法なのに寂しいデビューだよ。まぁ、脱獄に派手さを求めるわけにはいかないからしようがない。

 そして、小声での詠唱だったが魔法自体はしっかりと発動した。掌の前に現れた火が一旦収束し、それが矢の形に変形すると、俺が思い描いた目標に向かって放たれた。



 ジュッ!


 木の焦げる匂いとともに、魔法の当たった格子の上部がほぼ焼切れる。そして、音や光で豚さんたちに気付かれた様子もない。


 よし!


 思惑通りの成果にテンションも跳ね上がり、続けてもう一発と、今度は格子の下部を目掛けてファイアアローを放つ。先ほどと同じように格子の下部が焼切れるが、それと同時に脱力感と軽いめまいを感じた。


 

 明らかに魔法の連続使用が原因だろう。慌ててステータスを表示させるとMPが5/15と表示されている。どうやらファイアアロー1回で消費MPは5ということらしい。しかも、魔法の使用、つまりMPの減少による脱力感を考えるとMPを使い切るのは非常に危険な感じだ。最悪意識を失ってもおかしくない。


 ということは、MPが完全回復した状態で2発、その後を考えなければ3発が限界ということだろう。

 MPがある程度増えるまでは、MP管理には十分に気を付けなければいけないようだ。この状況を脱したら、魔法スキルに関する情報収集や検証は必須だろう。

 

 そうしてステータスを眺めていると、村の方から足音が聞こえてきた。


 しまった、気付かれたか!

 

 幸運なことに、光や音で気付かれた様子は無かったはずなのに何故だ?慌てて原因を考えると、周囲に木の焦げた匂いが漂っていることに気が付いた。

 

 そうか、においが原因か。だが、原因が分かってところで事態は好転したりはしない。俺は焼けてボロボロになった部分を蹴り破り、その隙間から森に向かって飛び出した。





 

 生き延びるためにただひたすら走る。草木をかき分け、地面に飛び出た木の根を飛び越え、ひたすら夜の森を駆け抜ける。障害を打ち払う時には植物の枝葉の先端などにより少なくない裂傷を負うが、そんなことを気にしている余裕はない。

 正直なところ夜の森を抜けようなんて普通に考えれば愚行だろう。だが、この世界の地理なんて知らないので、どこに行けば、何をすれば正解なのか分からない。そもそも選択肢なんてものもなかった。知識がない以上、現状できることは、自分の運と勘を信じ、それに任せて行動することしかない。

 もちろん、その結果、逃亡に失敗し、追いつかれてしまえば今度こそ終わりである。今はただひたすら追跡者を撒くことだけに心血を注ぐしかない。





 「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 走り始めてから、どれほどの時間が経過しただろうか。夜の森は視界が悪く迂闊にスピードも出せない。また、木の根などに足を取られないように気を付けながら、起伏の多い地面を走るのは体力の消耗も早い。すでに息は上がっており、筋肉が悲鳴を上げ、足も上がらなくなってきた。しかも、最悪なことに後ろからは、草をかき分けてこちらに近づいてくる足音が聞こえる。


 できるなら敵の足止めをしたいところだが、そんな技術も道具も持ち合わせていない。今できることはこの重たくなった足に鞭を打って少しでも前に進むことだけである。時折、振り向いては後ろを確認する。幸運なことに敵の姿はまだ見えていないが、音は少しずつ近くなっているような気がする。


 これは時間の問題だろう。先ほどと同じように臭いでこちらを追跡しているのか、それとも他の手段なのか分からないが、左右に少し走る方向をずらしても、敵はほぼ正確に追跡してくる。


 だからと言って諦めるわけにはいかない。このまま捕まって死ぬくらいなら、走り過ぎて心臓が張り裂けて死んだ方がましだ!と自分を叱咤し続ける。


 さらに走る。走る。走る。走る。

 ここまで逃げれば諦めてくれただろうか?

 いや、まだ追いかけてくる音は聞こえる。まだだ、まだ走り続けろ。弱気になっちゃいけない。

 

 だが、弱気になるなと思いつつも、後ろをちらちらと確認してしまう。これがストーカー被害者の心境なんだろうか?

 ここは暗い森の中だから、スピードを落とさないためにも、安全に走るためにも前を向き続ける方がいいのは分かっているのだが、後ろが気になって仕方ない。


 そして、また誘惑に負けて走りながらも首だけで後ろを振り向いたとき、足が空を切った。

 

 あまりのことに思考が停止するが、体は慣性に引っ張られ、そのまま空中に飛び出した。スローモーションで動く視界に広がるのは途切れた森と数mはある切り立った崖の姿。そして、下に広がる川の存在。


 落ちた、そう思った瞬間には、水に体を打ち付ける衝撃と共に意識と体が深く深く水に沈んでいった。  















 

 自分の体が暖かい光に包まれているのを感じる。ここは天国なのだろうか?

 それにしても本当にひどい体験だった。自称神様(クソ野郎)に拉致されるは、豚に捕まって牢屋に入れられるわ、脱走したらストーキングされるわ。あげくの果てにはひも無しバンジーで川に飛び込むはめになるとか。本当にもう嫌だ。ずっと、ここに…「痛い!!」


 ……ぐふっ、この痛みはやつの神の雷(スタンガン)

 直接干渉はできないとか言ってたはずなのに、いや、違うな直接的な支援はできないだったか。そうですか、そうですか、支援はできなくても苦痛を与えたりするのはありなんだな。そして、俺が幸せを享受するのは認めないというわけだ。分かった、分かった、分かりましたよーだ。


 そうして、奴に悪態をつくと同時に俺は意識を取り戻した。

 どうやら今のは夢だったようだ。いや、体に痺れが残っていることからすべてが夢とは言い切れないな。

 まずは状況を確認するために体を起こそうとするが、体中を襲う倦怠感で体を起こすどころか目を開けるのさえ億劫に感じる。しかし、このままではまずいと思い、せめて周囲の状況だけでも確認しようと少しずつまぶたを持ち上げる。

 少しずつ開いていくまぶたから入ってくる光が自分がまだ生きていることを実感させてくれる。しかし、唐突に何かによってその光が遮られた。

 それが何なのかを確認しようとして頑張って目を開くと、そこには茶色い髪を垂らして俺の顔を覗き込む少女の姿があった。



 「あんた誰だ?」


 「○※○☆△」


 少女に問いかけるが、それに対して返ってくるのは意味の分からない音の羅列。少女も俺に言葉が通じていないのが分かったのか、顔を上げると奥の扉から部屋を出て行った。

 

 あれ?言語スキルは取っていたはずだが。

 慌ててステータス画面を表示させ、取得スキル一覧を表示させると、確かに存在する「異世界言語(公用語)」のスキル。スキルのバグか何かか?と慌てていると、扉が開き、先ほどの少女が、白髪ひげにはなっているが豊かなあごひげを蓄えた爺さんと一緒に入ってきた。


 「□☆※○×」 


 2人は俺の前に立つと、今度は爺さんの方が話しかけてくる。が、やはり意味の分からない音の羅列にしか聞こえない。

 

 「何を言ってるのか全然分かんねぇよ」


 伝わらないとはわかっているが、つい愚痴を言ってしまう。しかし、それを聞いた爺さんは驚きの表情を浮かべ、また俺に話しかけてきた。


 「なるほど、大陸語か」


 なぜか爺さんの言葉は、今度はしっかりと言語として理解することができた。


 「爺さん、俺の言っていることが分かるのか」


 驚いてそう尋ねると、爺さんは笑みを浮かべて答えた。


 「昔、何年か大陸にいたからな。そうじゃ、ちょっと待っておれ」

 

 そういうと、少女と俺を残して部屋から出て行ってしまった。部屋に嫌な沈黙が流れる。しかし、言葉が通じないのだからどうしようもない。早く戻ってこいよ爺さん。そう念じるが、こういう時間ほど長く感じるものだ。


 それからしばらく、俺が精神的に参ってしまったころに爺さんは部屋に戻ってきた。そして、俺の前までくると、その手に握っているものを俺に見せた。


 「いやいや、わしも最初に大陸に渡った時にこの魔道具を持っていれば助かったんじゃがな」


 「魔道具?」


 爺さんの手の中には1cmほどの小さな青い石のついたイヤリングが乗っかっている。 


 「そうじゃ、このピアスは耳に付けた者に翻訳の魔法が自動でかかるという優れものじゃ」


 そう言って爺さんはイヤリングを差し出す。俺は倦怠感を振り切り、根性で体を起こすと、爺さんの説明に従って右耳にイヤリングをつけようとする。それに合わせるようにして爺さんは大陸語ではない方の言葉で話しかけてきた。


 「○△□じゃ、言葉が分かるじゃろ」


 「あぁ、確かに言ってることが分かる」


 イヤリングを装備する直前には意味不明な音の連続だったものが、装備したとたんに理解可能な言葉に変わった。さすが、ファンタジーの世界、魔道具の凄さに感動すら覚えたぐらいだ。そして、感動に浸る俺に対して爺さんは笑顔でこう言った。


 「お代は50000(ゼクス)じゃ」


 えっ、金取るの?!


第3話をお読みいただきありがとうございます。

言語や通貨などの設定は次回に触れたいと思います。

少しでも楽しんでいただけるよう次話も頑張ります。


※10/27 変換ミスを修正

 勘と表記するべき部分で感となっていた場所を修正。


 10/30 誤字等の修正

 (旧)魔方陣

 (新)魔法陣

 (旧)…………と思ったら、どうやらは目を瞑っていただけのようです

 (新)……と思ったら、どうやら目を瞑っていただけのようです

 (旧)何て事はありませんでした

 (新)なんて事はありませんでした

 (旧)意識と体が深かく深く水に沈んでいった

 (新)意識と体が深く深く水に沈んでいった

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