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フィーカスのショートショートストーリー

レイター・バレンタインデー

作者: フィーカス

 二月十五日。

 終わった。今年も終わってしまった。

 バレンタインデーという名の、モテない男でもわずかな期待に胸を膨らませる日、その夢見の日が、崩壊する日。

 学校に行けば、いつもと変わらない顔で過ごす男子、なにやらにやけ顔の男子、絶望に満ちた顔をした男子、様々見られるだろう。

 中学の時に、「絶望組」に入っていた仁井那隆哉にいなたかやは、高校に進学してからも女っ気がなく、毎日ゲームとクイズの日々に明け暮れていた。

「はぁ、やっぱり今年もダメだったか」

 ため息をつきながら、隆哉は教室に入った。

 身長、体重、顔立ちともに平均的。嫌われはしないが、好かれもしないという中途半端な奴だった。

 特化したところと言えば、日ごろのクイズで鍛えている雑学知識くらいで、勉強は可もなく不可もなくといった感じだ。

 ゆっくりと自分の席に着き、かばんから教科書やノートを取り出して机にしまう。

 ふときょうしつの周りを見ると、何故か女子が男子に何かを渡している光景がいくつか見られる。

「おかしいなぁ、今日はバレンタインデーじゃないのだが……」

 一体何なのだ、と思っていると、遠くからよっ、と手を挙げてこちらに向かってくる背の高い男がやってきた。

 友人の加勢浪人かぜなみとである。

「よう、どうした? きょろきょろと挙動不審な」

「おはよう、浪人。いや、なんか、バレンタインデーじゃないのに男に何かあげてる女子が多いなぁって」

「ああ、あれか」

 浪人も、隆哉の視線に合わせて教室をぐるりと見渡す。

「あれはレイター・バレンタインだ」

「レイター・バレンタインデー?」

「そう。バレンタインデーを過ぎると、バレンタインデー向けのチョコレートが一気に安くなるだろ? だから、それを狙って朝早くからコンビニなんかで買ってきて、男子にばらまいてるのさ」

「へぇ。でも、本命だったら、バレンタインデー当日にあげないと意味ないんじゃないか?」

 隆哉が言うと、浪人は「やれやれ」とため息をついた。

「わかってないな。本命にはきちんとバレンタインデー当日に、定価で買ってきた高級なチョコレートを渡す。つまり、今渡されているのは義理チョコさ」

「義理チョコ? 何でわざわざ今日?」

「さっきも言った通り、バレンタインデー用のチョコレートが安くなるからさ。安いといっても中身は同じだし、もらった人も喜ぶだろ。本当はしっかり感謝の気持ちを伝えたいけど、本命ほどお金をかけられないって時に使うのさ。お小遣いが厳しい女子高生の知恵ってやつかな」

「なるほどねぇ」

 浪人と話しながら隆哉が教室をずっと観察していると、入ってきた男子に、女子がどんどん手渡しでラッピングされたプレゼントを渡している。

「しかし、昨日は大変なことになってたよな。何せ、インフルエンザ大流行で、クラスのほとんどが休みだったからな」

「確かに大変だった。おかげでほとんど女子がいなかったなぁ……あ、そうか。昨日渡せなかった分、今日渡してるとか?」

 なるほど、と隆哉は手をぽん、と叩いたが、浪人は首を横に振る。

「いやいや、本命なら友達に預けて渡してもらうって人が多かったぞ。やっぱり、二月十四日という日が重要なんだよ」

「そうか。ならやっぱり今年は本命は貰えそうにないな」

 はぁ、と隆哉はため息をついた。ホームルームが近いからか、一気に教室内の人口密度が上がり、にぎやかになってくる。

「本命? あ、もしかして里奈ちゃんか?」

「な、何を突然!?」

 浪人が雪府里奈ゆきふりなのことを口にすると、隆哉は机から転びそうになる。

 慌てて浪人が手を取り、「大丈夫か?」と声をかける。

「いやまあ、お前と里奈ちゃん、よく話してるじゃないか。仲がいいんじゃないのか?」

「まあ、話すのは話すけど、相手は何とも思ってないと思うぞ」

「さて、どうだかねぇ」

「期待を持たせるようなことはやめておけロリコン」

「低身長ぺちゃぱい好きに言われたくはないな」

 二人が言い争っている間に、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。


「そういえば、里奈ちゃんも昨日休みだったよな」

 教室で弁当を食べつつ、浪人は里奈の方を見ながらつぶやいた。

「そうだね、雪府さん、今週ずっと体調悪そうだったし」

「里奈ちゃんもインフルエンザ?」

「かもね」

 浪人が隆哉のから揚げを狙うが、隆哉は華麗にその攻撃をかわす。

「なんだ、本人から聞いたんじゃないのか」

「そりゃそうさ。朝はひとことおはよう、って声をかけたらさっさと教室入っちゃったし」

「あれ、嫌われたか?」

 今度は隆哉が浪人の卵焼きを狙う。浪人は間一髪回避しようとしたが、無残にも隆哉の箸は隣のたこさんウインナーを貫いた。

「いや、なんか様子がおかしかったけど、何だろうなぁ」

「病み上がりだからか? とりあえず声をかければいいのに」

 貫いたたこさんウインナーを一口がぶり。反撃に、浪人は隆哉のハート形かまぼこを盗み取った。

「どう声をかければいいんだか。まあ、義理チョコも貰えないんだから、やっぱり何とも思われてないんだろうね」

「まあ、レイター・バレンタインデーはこれからだ。あと一週間は続くから、心配するな」

「何の心配かは知らんが、とりあえず会心の出来である猫型ナゲットを取るのはやめろ」

 隆哉の弁当から勢いよく手を伸ばしてつかんだ猫型ナゲットを、浪人は放さなかった。



 何も起こらないままの放課後。隆哉は校舎の玄関で、浪人と靴を同時に履き替える。

「さっきも言ったが、今日だけがチャンスじゃないからな」

「いや、本命はもう無いんだろ。あ、いや、義理をもらえるだけでもありがたいか」

「あんまり後ろ向きに考えるな。里奈ちゃんに嫌われるぞ?」

「雪府さんは関係ないだろ」

 とんとん、と調子よく靴を履き替え、同時に玄関から出る。

 あっ、と浪人は何かを思い出したように声を上げる。

「そうだ、用事があったんだった。先帰ってくれ」

「なんだよ、しょうがない奴だなぁ」

 じゃあ、と浪人は手を振ると、さっさと教室の方へ引き返してしまった。

「忙しいやつだなぁ」

 ため息をつきながら、隆哉は通学路へと向かった。


 一人の通学路。数人の生徒が歩いては、途中の分かれ道で別方向へ何人か消えていく。

 二月中旬、寒さが厳しくなるころ。同時に、日が暮れるのも早く、太陽は早々と姿を消そうとしていた。

 一人きりで心が寒いのに、さらに冷たい風が気持ちの体感温度を下げていく。

「やっぱり、寒い日は嫌いだ」

 どうにもこうにも、歩くペースが上がらず、震えながらとぼとぼと隆哉は一人夕暮れの道を歩く。

 ふと、後ろからとことこと小走りの音が聞こえ、振り返った。

 その先には、身長百五十にも満たない、下手をすれば中学生か小学生に見間違えそうなほどの小さな女子高生が歩いてくる姿があった。

「あ、隆哉君、やっと見つけた」

 その低身長つるぺた少女は、先の話題に上がっていた雪府里奈だった。

「雪府さん、体調は大丈夫なの?」

 息を切らす里奈に、隆哉はその場で立ち止って声をかける。はぁはぁと、白い息が現れては消えていった。

「うん、大丈夫だよ。それより、隆哉君、昨日は誰からもチョコレート貰えなかったんだってね」

「え、うん、まあ、俺に渡す人なんていないだろし」

 浪人のやつか、と隆哉はやらしい顔を思い浮かべた。

「そっか。今日は義理チョコも貰えなくて泣いてたって聞いたけど、大丈夫?」

「いや、大丈夫じゃないが大丈夫。てか浪人だろ。余計なことを……」

「そっか、よかった」

 ぽつりと意味深な言葉を里奈はつぶやいたが、隆哉はやらしい顔を思い浮かべていたために聞き逃しているようだ。

「そうそう、はい、これ。遅くなっちゃったけど」

 里奈がごそごそと手提げかばんに手を突っ込むと、手のひらに収まる程度の小さな箱を取り出した。

 女の子らしく、ブラウンの箱に金色のテープで丁寧に包装されている。

「え、これ、俺に?」

「うん。あげる」

 里奈が箱を手に置いて隆哉に差し出すと、隆哉は同じく両手でそれを受け取った。

 同時に、思わず顔がにやける。

「あ、ありがとう! 初めてだよ、手渡しの義理チョコなんて。本当、ありがとう」

 大喜びする隆哉とは対照的に、里奈は少し複雑な表情をした。

「義理じゃ、ないんだけどな」

「え?」

 ぽつりとつぶやいた里奈の言葉に、ふと隆哉は喜びの舞を止めた。

「ううん、何でもない。じゃあね、隆哉君」

 そういうと、里奈は夕焼けに顔を赤く染め、手を振って十字路を右に去って行った。

「どうしちゃったのかな、雪府さん」


 その場で中身を開封すると、箱の中に手紙が入っていた。

 その手紙を読んで、隆哉は人目も気にせず喜びの舞を再開してしまった。

ぎりぎりセーフですよね! バレンタイン企画!(←

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのだなー。 [気になる点] 意外性が無かった。 [一言] 序盤でこうなるのかな―と思ってたらその通りだったという。 なにか驚きが欲しかったですね。
[一言] 猫型ナゲットが頭に浮かびまして。本当にあるんですか?
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