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影武者のヒナタ  作者: くろやん
影武者とお姫様の正しい暮らし方
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第1章 第2部 ~お姫様の調教 2~

「・・・取引だと?」

怪訝な顔を浮かべ、アナキスはシルマール枢機卿の言葉を反芻する。

「あらあら、そんな怖い顔をなさらずに。」

クスクスと笑い、シルマールは口元に手を当てた。

「あなたが皇子の影武者をする代わりに、あなたが所属する盗賊団に見返りを差し上げましょう。他人の金品を盗まないと生きていけない貧しい暮らし、もうそんなことをしなくてもいいほどの報酬です。」

月の下弦のようにきれいな曲線を描いていた口元からは、まるで敵意のカケラもない純朴の笑みが滲み出ていた。


ノックもせずに入室し取引と称して影武者の詳細を話しにきたのは、ちょうど夜も更けた頃合いであった。

天井の高さほどある大窓からは煌々とした月の光が差し込み、シルマールの健康そうな肌を淡く照らす。

「姫様の御前で、実の兄を出汁にした話合いなど心苦しくて詳しくできませんでしたが、この取引自体にはあなたにとって不利益は全くございませんわ。むしろ、手放しで喜んでいただきたい取引です。飢えに苦しむことも、人を疑うことも、罪を犯すことも、もうしなくてよいのです。不安定な暮らしから一転、着るものも寝る場所も保証された安息の生活を得るのですから。」

胸元がぱっくりと開いた真っ白いローブを身にまとい、腰の高さまであるだろう栗毛の長髪は空気を含んでいるようにくるりと巻かれていた。

肌の露出が多いおよそ聖職者らしからぬ姿のシルマールが、ベッドへとさらに歩み寄って来る。

豊満な胸が誇張するようにゆっさゆっさと揺れるのが気になって仕方が無いが、生唾を飲み込み、改めて枢機卿の眼を睨んだ。

「報酬だと?俺が影武者になれば・・・金をやると。」

「ただし、いくつか条件があります。それを守っていただければ、たんまりと差し上げますわ。」

「ふん・・・勝手に拉致してきて、何が条件だ。都合の良いように言いやがるぜ。1人を監禁して、1人を恫喝してる、重罪だぞこれは。」

「あらあら、手放しで喜んで貰えると思いましたが、やはり救いようのないお馬鹿さんなのですね、あなたは。」

「・・・なんだと、てめぇ。」

猛禽類のように低い声で唸り、アナキスは拳でベッドを叩いた。

艶やかな細い喉元を鷲掴みにされ酸素を絞り取られる、そんなこともされかねない脅しにもまるで意に介せず、シルマールはにやけた顔でひょうひょうと続けた。

「あらあら、私達が重罪を犯していることなど百も承知ですわ。むしろ罪を犯しているのは、あなた達も同じ。国の大聖堂に侵入し、あまつさえ宝玉を狙おうなんて、その場で銃殺ですので。」

「だったら、つべこべ言わずさっさと殺せよ。」

「あらあら。だから、あなたはお馬鹿さんなのです。この取引には、あなただけが関わっているだけじゃありませんのよ。」

アナキスは、ベッドの周りを音もなく一定のリズムで歩き続ける姿を追った。

「もしこの取引に応じなければ、青い仮面の少年のみならずあなたが所属するすべての盗賊団員を掃討致します。ジュラム国軍総力を持って、ね。」


・・・何が取引だ。こんなの、ただの強制じゃねぇか。


胸中で毒づき、苦虫を噛み潰した表情のまま歯ぎしりをした。

金持ち、権力持ちのなすがまま、普段使わない頭をフル回転しても、何を言い返すべきか言葉が見つからない。

国から恫喝されていると国に助けを求めるか、そんなの黒く塗りつぶされたキャンパスを白に戻そうとして黒絵の具を使用するようなものだ。

「・・・・・・ちっ。」

「あらあら、やっとお分かりいただけましたか。偉い偉い。」

無言を肯定と捉えたのか、枢機卿は何度も頷きながら両手を叩いた。

「あなたには、そう、選択肢などないのですよ。では、影武者を選んだ際の条件をお話致しましょうか。これを守ってもらわなければ報酬どころか、痛い目に合うかもしれませんのでよくお聞きになって下さい。」

コホンと、小さい咳払いをひとつし、シルマールは人差し指を立てて話し始めた。

「まずは、ひとつ目。盗賊団との関わりは一切断って下さい。どこかで会ったとしても無視して下さい。今までの経歴、過去は白紙になり、あなたはただ皇子に外見が似ているだけで影武者に起用されたただの一般人です。」

くるりと舞ってウィンクひとつ、続いてVサインのように中指を立てる。

拍子にたわわに実った胸がたぷんと揺れた。

「影武者皇子は、『記憶喪失』という設定に致します。大臣や女官に声をかけられ判断に困った際は分からないで通して下さい。いずれ皇族作法や言葉使いなどを勉強していくこととなりますが、余計なことは喋らなくて結構。国の信用に関わりますからね。」

「居るだけでいいってことか。」

「そうです。あなたの自我は要りませんが必要なのは皇子という虚構だけですので。そして最後―」

3本の指を立て、最後の条件を告げる。

「姫様には、優しく接して上げて下さい。」

「・・・何だそりゃ。優しく接するって、どういう意味だ。」

今までの条件とは違った抽象的な条件に肩すかしを食らい、アナキスは眉をひそめた。

「どうもこうも、その言葉の通りですわ。姫様には優しく暖かい心を持って接して下さい。姫様が望むもの、姫様が拒むもの、そのすべてに全力の愛情を注ぎながら接して下さい。とても簡単なことでしょう。」

不気味な笑顔を貼り付けたまま、シルマールは両手で自身の体をくるむようにして抱いた。

腰から胸、首へと、後ろから見たらまるで誰かに抱かれているかのように、両手をうねうねと動かしている。

「可哀想な姫様。お兄様が失踪されてから2年間、笑顔を浮かべた瞬間などありましたでしょうか・・・・・・。慎ましい姫様は自らの悲しみを抑え込み飲み込み耐え忍んでいらっしゃるのです。ああ・・・・・・なんて、健気なお姫様・・・。」

目を閉じ、恍惚な表情を浮かべ、小刻みに体が痙攣している。

異常な愛情表現に、アナキスはぞっと背筋が凍る寒気を覚えた。

「・・・少々取り乱しましたが、話を戻しましょうか。盗賊団との関係を断つ事、記憶喪失を貫くこと、姫様に優しく接すること、この3つの条件のどれか1つでも守れない場合は、あの青い仮面の少年は殺します。」

にっこりと見惚れるほど美しい表情のまま、耳を疑う重い言葉がアナキスの耳朶を打った。

「生きて影武者の仮面を被り国の操り人形になるか、死して仲間ともども野犬の餌となるか、選ぶのは自由ですがあなたが選ぶ選択肢によっては迷惑を被るお友達がたくさんいる、そのことを重々承知の上、考えて下さいまし。」

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