第1章 ~姫との出会い 2~
さっき平手打ちした少女のことをすっかり忘れてしまっていた。
「お、おいッ!!・・・てめぇ、何しやがる!!」
唐突過ぎて理解に苦しむアナキスは、ただただ石膏模型のように固くなるしかできなかった。
――平手打ちの仕返しか。いや、それにしては力が優しすぎる。
――まさか、宿を提供した代金を支払えって言ってんのか。
ぐるぐると駆け巡る思考の中で、行き場を失った両手だけが空中を彷徨った。
「・・・まじで、何なんだよ。」
ほのかに香る甘い匂いがさらに思考をかき乱す。
「・・・・・・・・・・・・にい、さま・・・。」
「えっ!?な、何だって?」
『抱きつく』といっても、恋人同士がやるような腰に手を回す格好ではなく、相手の胸に手を添える密着型の抱きつき方だ。
少女のほっそりとした指がひんやりと冷たく、そしてアナキスの――いや人間にとって上半身の中で特別敏感な箇所にピンポイントで当たる。
「――!?」
「・・・・・・お気づきになられて、本当に良かった。とても傷が深かったため、一時はどうなることかと。」
「良くねぇよ!俺裸じゃねぇか。」
「・・・・・・ずっと・・・・・・ずっと、お待ちしておったのですよ、お兄様。私を捨ててどこかに行かれるなんて、あるはずがないと、心から、心から、信じておりました。・・・・・・再会でき、私はとても嬉しゅうございます。」
「人の話を聞けよ!離れろってッ!!」
「いいえ。もう離れませんわ、お兄様。はぁ・・・こうして、肌と肌を触れ合わせることで、心がお互いに潤っていくのが分かります・・・。暖かいですわ、お兄様・・・はぁ・・・。」
「た、溜息をつくんじゃねぇ!!」
「何を恥ずかしがっていらっしゃるのですか。・・・はぁ・・・たった2人の兄妹ではありませんか。・・・ほら、だんだんとここが潤ってきましたわ。」
「それは・・・お前の吐息のせいだっ・・・ひっ!!」
生暖かい溜息が鳩尾に吹きかかり、ほのかに湿っていた。
そこをすっと胸を指でなぞられ、顔が火照り体が疼いてくるのが分かる。
「や、やめろっ!!」
我慢ができず、アナキスは少女の肩をひっ掴み、勢いよく引き剥がした。
――そして、少女と視線が交わった。
と、同時に、アナキスは言葉を失った。
そのあまりにも可愛い姿に、思わず見とれてしまったのだ。
あどけなさの残る童顔少女は、雪のように白い肌をほのかに紅潮させ、またそれを少しでも隠すようにと両手を口元に当てていた。
気恥ずかしいのだろうか、流麗の金髪に栗色の両目がせわしなく動き、ちらりとこちらを見つめては伏せる。
「あの、お兄様・・・。どうかなさいましたか・・・。ご気分でもすぐれないのでしょうか。」
年齢は恐らく14、15歳だろうか、アナキスが所属する盗賊団にも同じくらいの幼い団員がいたので、大体の予想はついた。
だが、環境が違えばこれほど異なるものなのだろうか、目の前の少女には洗練された美しさの萌芽が見て取れる。
まるで、同じ人間とは思えないほどに。
アナキスは、たっぷり10秒かけて沈黙していた。
恥じらうように、もじもじと少女が体を動かす。
「や、やはり、介抱は侍女に任せればよかったでしょうか。手順は書物で読んで理解したのですが・・・その、いくらお兄様であっても・・・十分にお体を清め拭くことは・・・その・・・。」
恥ずかしくて、と最後の言葉は消え入るようにして小さくしぼんでいった。
「・・・はっ!!き、清める・・・って。ま、まさかっ!!」
アナキスは、ぼーっとした頭を覚ますようにぶんぶんと振り、少女が発した言葉を何度も反芻した。
そして、真っ白いタオルケットを今度こそがばりと持ち上げ、自分の下半身を覗いた。
――何も着ていなかった。
ただ、大切なところは小さいタオルが申し訳程度に掛けられているだけだった。
アナキスは、射し込む陽光以上に顔を真っ赤にして、言葉にならない叫びを挙げた。