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影武者のヒナタ  作者: くろやん
影武者とお姫様の正しい暮らし方
2/113

~序章 2 ~

「全身黒のローブに、赤い仮面。報告通りの格好。貴様が侵入者で相違ないな。」

ヴィクトルのその声には、有無を言わさない重い威圧が込められていた。

プラチナブロンドの髪が月明かりできらめき、切れ長の両眼から鋭い眼光が発せられる。

「宙に浮かぶ赤い生首と衛兵達が恐がっていたその正体は、単なる盗賊の仕業だったか。」

ゆっくりと長剣を抜き、剣先を赤い仮面に向けた。

それだけで、赤い仮面は喉元に剣先を当てられたように全身を強張らせた。五メートル程の距離がまるで意味を成していないかのようだ。

「神聖な聖堂においてこの私に抜刀させた意味、言わずとも分かるだろう。」

赤い仮面の奥から聞こえたのは、かすかな舌打ちだった。

爪で持ち上げた水晶玉もとい宝玉をローブの中にしまうと、ドロリと臓器を垂れ出すようにして左手の鉤爪も露わにした。

そして、鈍色に妖しく光る十本の爪を混じらわせ、耳障りな不協和音を奏で始めた。

さながら聖歌隊の指揮者のように手首のしなりを利かせた、刃物研ぎの演奏曲。


数秒後、キィィンと終わりの合図として高らかに鳴らした同時に、赤い仮面は両腕を脱力させ、一直線にヴィクトルへ突っ込んだ。

体の速度に追いつかない鉤爪が尾を引くようにして光の軌跡をその後に残す。


一瞬にしてヴィクトルに肉薄、仮面奥の双眸が捉えたのは純白鎧の右脇腹だった。

右爪の五本の軌跡が一筋となり、槍と化す。

金属が衝突する甲高い音をあげながら鎧を貫通、肉が裂け、血飛沫が暴れるように噴出する。

そのような生々しい光景を赤い仮面は脳裏に思い描いただろう。


「ッ!!」

「死に急ぎの愚者め。懐の宝玉を渡さぬか。」

地面に突き刺した長剣で、鉤爪の先端を受け止めさえしなければ。

擦れ合う金属の幾ばくかの火花を残し、赤い仮面は舌打ちひとつで体を退――


「遅い。」

だが、わずか数秒の静止を、ヴィクトルは見逃さなかった。


突き刺した長剣を上方へと切り上げて、赤い仮面の繰り出された右手鉤爪を剣身で滑らせる。

背筋を震わせる嫌な金属音を奏でながら、半ば強制的に右手を挙げさせられた格好となった。その無防備な懐が露わになった瞬間、ヴィクトルはすり足で一歩にじり寄り、体重の乗った肘鉄を見舞った。

「がッ!!」

仮面の下から漏れ出た苦悶の声と共に、枝を何本かまとめてへし折った音が響く。

反動を利用し、後方へ転げ回るようにして距離を取ろうとするも、追い打ちで振り下ろされる斬撃が視界の端に垣間見えた。


間に合わないと、赤い仮面の鼻先ぎりぎりまで迫る長剣。

それと共存するのは、間に合ったと、耳元で囁く聞きなれた言葉。


またしても、耳をつんざくような波長の高い金属音が聖堂内に鳴り響いた。

ヴィクトルの長剣を受け止めたのは、突如赤い仮面の隣に並び立った者の短剣だった。

右手で柄を握り左手を柄頭に揃え、そのまま力でヴィクトルを押し返した。

「仲間がいたか。小賢しいな。」

後ずさるヴィクトルに向かってさらに投擲された短剣が後を追う。

どこに隠し持っていたのか、流れるように投げ出された短剣は数秒で十を超えていた。

全身黒いローブで身にまとい、同じく仮面を被っていた。


その色は、青色だった。


「赤仮面の次は青仮面か。目立つ色を選ぶところが甚だ馬鹿馬鹿しい。」

ヴィクトルは、口元を歪ませて嘲笑い、投擲される短剣を弾く。

「助かった、すまない。」

「さっさと逃げましょう先輩。一国の副総司令官がこんなところにいるなんて聞いていませんよ。」

赤い仮面は小さく頷き、懐から拳大の白い玉を鉤爪で挟んで器用に取り出した。それは、逃げの常套手段として使用する煙玉だった。


大聖堂に祀られていた宝玉は手に入れた、これ以上の長居は特段無用。


赤い仮面は、短剣の投擲で牽制され近づくことが出来ないヴィクトルをちらりと見やり、大きく振りかぶって煙玉を地面へと叩きつけた。


いや、叩きつけようとした瞬間、右肩に激痛が走った。

「痛っつ!!」

予想だにしない痛みに驚き、赤い仮面は挟み持った煙玉をぽとりと地面に落としてしまった。

「せ、先輩ッ!」

「宝玉を返せと言っただろう、赤いの。」

青い仮面の悲壮感漂う悲鳴に、ヴィクトルの変わらず冷静な詰問が交わる。

弾き返された短剣が偶然にも突き刺さったのかと赤い仮面は、右肩を見やったがそこにあったのは深々と肉を抉っていたヴィクトルの長剣だった。


だが、ヴィクトルは自身の剣を手放す訳でもなくしっかりとその手に握っていた。

刀身だけが、一直線に赤い仮面の肩まで伸びていたのだった。


「な、なんだと・・・?」

雨に打たれたような脂汗を全身から垂れ流しながら、狼狽の色を滲み出す赤い仮面。

引き抜かれたと同時に、ローブと絨毯を赤々と染め上げた。

「貴様ら下賤な者が宝玉を使用するなどあってはならないことだ。宝玉はこのように正しい者が正しく使わなければならない。これまでも、これからもな。」

ヴィクトルの手元が青白く輝いたかと思うと、襲ってきたのは太腿を針で刺したような激痛。

またも刀身が伸び、赤い仮面を貫いていた。

踏ん張りが利かず、がくんとその場に膝から崩れ落ちる。

そして、次の瞬間、赤い仮面の視界にはヴィクトルの剣先が迫っていた。

「がはッ!!」

頭蓋骨を揺さぶる衝撃が、体を軽々しく吹き飛ばし、ジュラ神聖像の前に鎮座する台座に盛大に背中を打ち付けた。

肺を圧搾され、呼吸が大きく乱れる。


青い仮面の叫ぶ声が朦朧とする意識の中を駆け巡るも、視界が暗転するまでそう長くはかからなかった。

やがて底冷えする悪寒が全身を包み込み、赤い仮面はジュラ神聖像に看取られるように意識を失った。

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