第3章 ~ヴィクトルとお姫様と影武者と 3~
ほんの少し射し込んでくる太陽の光によって、ドレスの桃色が投影され、姫の太腿はほのかに色味を帯びていた。
シルクのように滑らかで、触れればきっとぷるんと弾くみずみずしさに目を見張るに違いない。
「―あっ、す、すまんっ。」
さらにその先にある、申し訳程度の面積をもつ小さいショーツが目に飛び込み、思わずアナキスは謝罪の言葉を口にする。
清潔な純白が、透けるドレスの薄桃色に負けじと主張していた。
「すまんって、お兄様っ、み、見ましたねっ!!」
「ち、違うっ。」
「違うって、今、謝ったではないですか!!それは一体どういう意味で!!」
「いや、まぁ、ち、違わないが、別にお前のパンツぐらい見てもなんとも思わねぇよ。」
「やっぱり、見たのですねっ!!あなたが、なんとも思わなくても、私が思うんです!!」
「馬鹿野郎、揺らすな!!」
姫が先に降りようと躍起になっていた理由をやっと理解したアナキスは、顔を伏せながら叫んだ。
スカートやドレスを着ている女の子がこのような状況になった場合、男が下になることを嫌がるのは何も不思議なことではない。
むしろ、そんな単純なことをどうして俺は気付けなかったのだろうか、とアナキスは自分の失態に心中毒づいた。
「悪かったって。別にパンツの1回や2回見られたからって、そんなに叫ぶなよな。」
「そういう問題では、ありませんっ!!」
「って言うか、お前のパンツ、小さくないか。履き心地悪そうだけど、大丈夫か。」
「う、うるさいですっ!!黙りなさいっ!!」
先に降りようと駆り立てられたはっきりとした原因は分からなかったが、少なくともゼロ距離で姫といる空間をすぐに去りたいと思ったことは確かだ。
―姫の吐息と甘い香りから早く逃れたい。
嫌悪でもなく、恥ずかしさでもない。
どちらかと言えば、恐怖に似た何か。
「あなたって人は、どこまで、下品で、ぶしつけなのでしょうか!!最低で最悪ですわっ!!」
「け、蹴るなって!!さっさと降りるから、じっとしてろよ。」
「早く降りなさい!!一瞬にしてここへ登りきった時の様に!!早く!!」
今までにない感情が体の奥から込み上げてくる恐怖、と言ったらよいか。
自分の中で何かが変わろうとしている、安息の地が奪われてしまうような焦燥感にもせっつかれて、アナキスは姫から距離を取ったのだ。
とにかく、得体の知れない感情に突き動かされ、その先を読まずに行動してしまった結果が―
「痛ってぇな、チビガキがっ!!蹴るなって言ってんだろうが!!あっ、本は、やめろっ!!角痛い!!」
器用にもアナキスを蹴り続けながら、手当たり次第に本を掴み投げ落とされる状況を生み出したのだ。
片手で顔を庇いながらアナキスは姫を睨みつけた。
その隙間からはちらりと白い布きれが見え、さらに姫とも視線がかち合ってしまった。
「だから、見上げるなと、言ったではないですかっ!!」
たまらず姫は叫び声と共にドレスを勢いよく抑えた。
裾の広いドレスが空気を含みつつ、視界が侵入するのを阻む。
その途端。
「馬鹿っ、手離すんじゃねぇよ!!」
「えっ―」
素っ頓狂な声と共にぐらりと姫が後ろへ傾き、そして
「―っ!!」
またも声にならぬ叫びが姫を包み込み、背中から落ちてきた。
あまりにも唐突な行動にアナキスも身動きが取れず、姫と共に背中から身を投げ出す。
図書室にはとうてい似つかわしくない阿鼻叫喚が反響し、さらに道連れにされた本がバサバサと大きな音を立てて落ちた。