表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影武者のヒナタ  作者: くろやん
影武者とお姫様の正しい暮らし方
15/113

第2章 ~アナキスは考える 5~

「反省すべき点・・・。一体何があるというのでしょうか。」

姫は何事もなかったかのような口ぶりでアナキスに問いかけた。

2メートルしか離れていないが、甘い香りが主張するように漂ってくる。

「怒鳴ってしまったことが俺の反省点、他人任せな性格で貧しい人間を悪く言ったことがお前の反省点。あと、相手を見下すような物言いもだな。」

「・・・私の方が多いではありませんか。」

視線を合わせず、姫は呟いた。

「第一、あなたが自分に課せられた影武者の任務を全うしないのがいけないのです。自我を押し込めて、ただお兄様のように振る舞っていれば、私とて文句は言いません。これは互いの利害一致で成り立つ契約なのですよ。」

「だから、そういう言い方がむかつくんだよ。お兄様のように振る舞えとか、俺の意見を無視した物言いが。そもそも、何も利害一致なんかしてねぇからな。」

「しているではありませんか。あなたは貧困街から脱出でき華やかな生活を手に入れた、私達は失踪したお兄様に瓜二つの影武者を手に入れた。何か他にありますでしょうか、互いの利益に損じている部分が。」

アナキスの脳裏には今でもどこかで囚われているシオンのことがよぎったが、すんでの所で口を閉ざした。

仲間が人質に囚われているという非人道的な行為をもってこの影武者の契約が行われていると姫にばれれば、シオンの身が危ない。

ひょうひょうととっつきにくいが狡猾なシルマール枢機卿のことだ、契約違反としてシオンだけでなく他の盗賊団員の殲滅をも行いかねない。

アナキスはしどろもどろになりながらも、怒った素振りで苦し紛れの言い訳を並べる。

「い、いっぱいあるに決まってるだろうが。別に俺は金持ちの生活を送りたいって考えたこともねぇしな。と、とにかく、まぁ、なんだ・・・。」

「なんですか。」

「お前の機嫌が悪ければ俺の立場も悪い。だから機嫌をなおせ。」

何も根拠も説得力もない言葉だと自分でも分かっていながらも、アナキスは堂々とうそぶいた。

当然、姫が納得するわけもなく―

「一国の姫に命令ですか。あなたみたいな口を開けば侮辱と侮蔑の言葉しか出てこない粗野な人間にあれこれ命令される筋合いはありません。」

案の定、声を大にして言い返してきた。

「そ、それは、お前だろうが。というか、その見下すような言い方がむかつくって言ってんだよ。2回目だぞ、これ。学習能力のねぇガキだぜ。」

「ガキではありません。ジュラム国第一皇女です!!」

「うるせぇよ、それがどうしたガキが!!」

姫は椅子から立ち上がり、アナキスはベッドから身を乗り出し、またも言い合いを始めてしまった。

たっぷり数十分言い争った後、険悪な表情を見つめ返しながら互いに口をつぐむ。

このままではまた午前中の繰り返しだ、と不毛な時間に気づき、どちらからというわけでもなく互いに視線を外した。

シルマールが帰ってくるまでに姫の機嫌を直さなければならない、アナキスはその目的を思い出しては進展のない現実に嫌気を覚え、くたびれたようにベッドに身を投げ出した。

想像以上の沈み具合に、先ほどの喧嘩も忘れて思わず素っ頓狂な声が出る。

どこかで体験した感触だなとふと思考をめぐらすや否や、脳裏に蘇ったのは目を開けた瞬間に飛び込んでくる金髪の少女の姿。

心配そうに眉をひそめ、失望は間逃れないと理解しつつも心のどこかで期待を膨らませる熱い視線。

そんな1人の少女に初めて出会った記憶がふいに蘇ってきた。

そうか、この屋敷に連れてこられた時、俺はこの姫の部屋で姫のベッドで看病を受けていたのか。

「本当は・・・・・嫌、でした。お兄様の影武者を雇う、この方法が・・・。」

過去の寄り道をしていたアナキスの耳朶を、遠慮がちな姫の声が打つ。

あえて視線を合わせないようにしているのか、伏せた表情は窺い知れないが、ずっと抱えてきた胸のつっかえを吐露するかのように、とつとつと語り始めた。

「お兄様という存在を利用するかのようで、私にはこの方法がとても下品極まりない行為だと考えています。本人の意思に関係なく、偽物の自分がこの世に生み出されるのですよ。その・・・影武者であるあなたを前にして言うことではありませんが・・・。」

「嫌だったのなら、なんで俺みたいな影武者なんか雇ったんだよ。午前中の時にも言ったが、本物の兄貴を見つけるよう頑張ればいいじゃないか。」

「それは・・・・。」

「それに、お前はこの国のお姫様なんだろ。影武者なんか嫌だとかなんとかひとこと言えば、済むはずじゃねぇのか。」

ベッドから体を起こし、疑問を並べながらアナキスはまっすぐ金髪の少女を見つめた。

言いにくそうに口を開きかけては閉じ、そして―

「・・・・姫・・・・・・・だからです。」

諦めたようにつぶやいた。

「どう意味だよそれは。拒否できるお姫様だから拒否しない、という意味か。・・・・・さっぱり分からん。」

首を傾げながら思案するアナキスの頭上には3つ並んだクエスチョンマークの目がかちりと揃った。

理解してよと駄々をこねる幼子のように頭を左右に振り、さらに姫は言葉を紡ぐ。

そのたびに金髪がふわりと揺れ、甘い香りが部屋を埋め尽くす。

「お勉強の時間に教えましたが、我が国でしか産出されない宝玉という鉱山資源をめぐって、最近隣国が連合を組んで独占権を解放するようにと主張しています。このまま隣国の開放を求める熱量が高まれば、いずれ戦争が起きてしまうでしょう。そんな中、ジュラム国の将来を第一として考え出されたのが、『影武者』という施策なのです。・・・もはやこれは、私個人の考えだけで唾棄できる問題ではなく、ジュラム国の今後を担っている、とても重大な任務なのです。宝玉を埋め込んだ武器『宝玉器』を使用でき、また隣国の各政治家への口利きが可能なお兄様・・・。つまり、薄い氷の上を所狭しと乗り合わせ今にもひび割れそうなほど切迫している外交を解決できる存在、それがお兄様なのです。」

わずかな沈黙が2人を包み込み、そしてまた空気が震える。

「枢機卿達はほっとしているでしょうね、きっと。お兄様を想い慕っている私が、このお兄様の影武者施策を容認したということに。いや・・・」

自嘲気味にニヒルな笑みを浮かべ―

「彼らは私が我慢してこの施策を飲み込んだことくらい、とっくに気付いているのかもしれません。」

姫はもじもじと動かす両手を凝視した。

「私に意見など、求められていないのです。求められていたのは私ではなく、ここにはいないお兄様の存在。しかも影武者だけで事足りるなんて皮肉なものです。・・・これは、1人の王族として、恥ずべき屈辱かもしれませんね。ジュラム国本城から遠く離れている来客用屋敷に私がいる理由も、小うるさい私を影武者のあなたと一緒に押し込めて追いやって、ジュラム本城で行われている枢機卿会談での対外交政策を進めやすくするためでしょう。お兄様を、ひいてはお兄様の影武者であるあなたをだしにして。」

「・・・・。」

「あなたは、私のことをわがままだと仰いましたね。」

「・・・あ、ああ。」

「確かに、金銭的な制限など無いに等しい身分ですので、求めるものはなんとしてでも最高級のもの手に入れたいというわがまま性分が培われたのかもしれません。ですが、この国の未来を最優先事項として考えた、私にできうる最大限のわがままは、理由はともあれ、その当事者を不幸にさせてしまった。」

ちらりと上目遣いでアナキスを見やった姫であったが、すぐにまた顔を伏せる。

「あなたを巻き込んでしまい、申し訳なく思っています。ですが、これは国のためのわがままだということを知っておいてはくれませんでしょうか。」

伏せた顔は上がらず、謝罪の言葉が発せられた。

あの、唯我独尊のような姫が殊勝なことを言うなんて。

アナキスはなぜか恥ずかしくなっては訳もなく頬を掻き、初めて自分の顔が熱いことに気づく。

「お兄様を見つけたければ自身の気概を見せろ。影武者をこしらえて解決したつもりになるな。・・・午前中にあなたに言われた言葉、もっともだと思います。こうして被害者面をしていることこそ、やはりわがままたる所以かもしれませんね・・・。」

乾いた笑いをあげては、姫はやりきれないため息をついた。

「本物のお兄様は一体どこで何をしていらっしゃるのやら・・・。」

誰に言うわけでもなく、力のない言葉が漏れ出た。

ほんのりと照らす月光は、少女の苦悶をさらけ出すようにして華奢な体を透過する。

今目の前にいるのは、ジュラム国第一皇女ではなく、ただ愛する兄の安否を願う少女の姿だ。

ジュラム国の将来とおよそ3万人の命の重さを小さな肩に乗せながら、本質的には必要とされていない姫という存在。

誰かの顔色を窺ったり誰かの顔を立てたり、どれだけはかなく頼りない存在であろうと、国を動かす王族の1人であることには変わりはないのだ。

金持ちの生活が良くて、貧しい生活が悪い、単純に区別できるものと考えていたアナキスの頭の中で、何か歯車がかみ合わない軋んだ音が鳴った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ