第2章 ~アナキスは考える 2~
「これが、本日分の資料ですわ。」
でん、とテーブルの上に置かれたのは、姫の背丈ほどはあるだろう大量の本であった。
小鳥さえずるうららかな静けさと、ふわりとそよぐ気持ちの良い風が、春の始まりを告げてくる。
屋敷の庭園からは季節の花の香りだろうか、嗅いだことのない甘ったるさがアナキスの鼻孔をついた。
「はぁ、お前馬鹿じゃねぇの。こんなに読めるわけねぇだろ。」
ひきつった表情を浮かべ、アナキスは抗議の声を挙げる。
およそ10冊単位で区切られたその本には、歴史、政治学、経済学、作法など、様々なジャンルのものがうずたかく積み上げられていた。
「そうですか。お兄さまはこれぐらいでしたら1日で読破されますが。」
「人間じゃねぇよ、そいつ。1ページの文字量が10文字ぐらいなら読めるが、これは凶器だ。文字の凶器だ。」
恐る恐る一冊を手にとってパラパラと中身を流し読みをしたアナキスは、びっしりと埋め尽くされた文字の量に絶句した。
「お兄様は人間です。あなたがこれから影武者をするお方です。」
「・・・1ミリも演じれる自信がねぇよ。」
ぽつりとつぶやいたその言葉は姫には聞こえなかったのだろう、テーブルの上に本を1冊ずつ広げ始めている。
黒魔術の儀式を始めるかのように厳かな手つきで右端から順番に並べていくのだが、そもそも勉強というものは同時に他ジャンルを交えて行うものなのだろうか。
「私も好きであなたの調教をしているのではありません。あなたが、お兄様により一層近づいていただくよう、微力ながらお手伝いをしている次第です。」
姫は「好印象の笑顔講座」の本を広げながら、口元を尖らせてそう言った。
ほら見ろ、混ぜるとキケンじゃねぇか。
「ってかよ。お勉強よりもお前の兄貴のことをもっと教えてくれよ。」
「・・・お兄様のこと、ですか。」
そうだよ、と広げ始めた本を右端から見つからないように1冊ずつ閉じつつ、アナキスはなんでもないような素振りで問いかける。
「『お兄様のようになれ』とか言われても、俺はこの国の皇子の姿を見たことも、声を聞いたこともねぇんだぞ。そんな空想妄想の人間の真似ごとなんてできる訳がねぇだろ。」
「・・・まぁ、確かにそうですわね。」
同じ国の人間でありながら自国の皇族の素性を知らないなど、愛国心の強い軍人や政治家が聞けば発狂しそうであるが、南部の貧困街で育ったアナキスにとっては隣国の郷土料理ぐらい興味のないことだ。
無関心になるなと言われても自分には関係ないと頭で理解してしまえば、興味のカケラもなくなるものだ。
もっともだと言わんばかりに両手でポンと手をたたき――
「よろしいでしょう。今日は特別課題として、お兄様のことを詳しくお話し致します。よくメモをとってお聞き下さいまし。」
前にかかる金髪を耳にかけながら咳払いを一つ、姫は語り始めた。