第1章 ~アナキスと姫様の外遊 3~
穏やかな馬車道が続くその先に、青天に向かってそびえ立つ城塞が姿を現した。
周囲を覆う堅牢無比な城壁が外部からの侵攻をことごとく阻み、凱歌で轟く城下町は君主への忠誠心の厚さをさまざまに表現する。
『難攻不落の城郭都市ガロン公国』
人口約2万人。歴史は古く、ジュラム国と商業及び農業的結びつきが強い友好国のひとつである。
この外遊で、まず初めに訪れた理由は単にジュラム国から距離が近いというだけではなかった。
「ガロン公国で、3日ほど滞在致します。まずは歓迎の舞踏会で1日おもてなしを頂戴致します。」
ケフィーの声は、ゆっくりと開き始めた城門の音に少しかき消された。
「とは申しましたが、お疲れでございましょう。舞踏会まで時間はございますゆえ、ゆっくりとお身体をお休め下さいませ、姫様、皇子様。」
「そうですね。ガロン候にご挨拶賜り、近況のご報告を済ませ、私はお部屋で一息させていただきましょう。」
「『私は』って、俺は何をすれば――うおっ!」
城門が開き切ったと同時に、耳をつんざくような大歓声が沸き上がったのだった。
馬車1台が通れる幅を残しガロン候の居館まで一本道、その沿道にジュラム国皇子、皇女を一目見ようと詰めかけた人、人、人で溢れかえっていた。
手にした花を投げ込む者、目立つように手を大きく振る者、肩車をして確実に目に収めようとする者、建物の2階から大ざる一杯の花びらをまき散らす者、老若男女の歓声が活気の渦を生み出し、姫達が乗った馬車が揺れるほどだった。
「す、すっげぇ歓迎ムードじゃねぇか!お前やっぱりすげぇんだな・・・。」
「当然です。一国の姫ですよ。」
ほら、手を振って下さいまし。
姫は、まるで動じることなく、馬車に備え付けられた窓から優雅に手をひらひらと振っていた。
またそれが波紋のように広がる歓声を生み出していく。
一人一人の呼びかけに応じるようにいちいち丁寧だった。
「手を振るっつっても・・・。」
気圧されたままのアナキスもとりあえず姫の真似をするようにして、沿道に集まった人々に対して手を振り始めた。
だが、それはすっかりさび付いた歯車で動くからくり人形のように不規則に左右に掌を見せるだけで、ぎこちない所作以外の何物でもなかった。
「貴様、普段の手癖の悪さから垣間見れる手の動きはどうした。しかも右頬だけひきつっているぞ。もっとにこやかに出来んのか。にこやかに。」
「馬鹿お前、これが限界だっつーの。お前も笑ってないじゃないか。」
「私は、姫様に不穏な動きが無いか意識を集中しているのだ。これが私の仕事だ。」
たまらず見かねたのかヴィクトルは騎乗の歩を緩めて、アナキスに平行するようにしてやってきた。大歓声でもぎりぎり聞こえるぐらいの声量で苦言を呈されたのだった。
「目がまるで笑っていない。もっと楽しいことを考えろ。」
「そんなこと言われたらなおさら真剣になっちまうじゃねーか。お前は俺に楽しさの一粒でも与えてくれたことが一度でもあったか。」
「なぜ私との楽しいことを考えるのだ、気味が悪い。何でもいいから思い出せ。」
「気が散るからとっとと失せろ。トイレ掃除。近くにいるだけで余計にひきつる。」
馬が小さく嘶いたのが合図のようにヴィクトルは勝手にしろ、と言い残し、馬車の背後に回った。
このままの状態で約30分、牛歩に近しい速度で進む間、アナキスは見事に顔面半分が吊り上がった形相が出来上がったのだった。