第5章 ~国家調査団と白装束 5~
「コ、コイツ!!正気かよっ!!」
屋敷2階から鉄球を落としたかのような重低音がアナキス達の耳朶を打った。
白装束は、意に介した様子もなく何度も何度も自分の頭を足元の氷塊へと打ち続けた。
5発目あたりから額に血が滲み、白装束が染色されていく。
まるで自分のモノでは無いかのように、ためらうことなく、速度も緩めることなく、あらんかぎりの力で頭を打ち続けたのだった。
「やめたまえ、君。わざわざ死ぬようなマネはしなくてもよくって。ジュラム国の法の裁きに身をゆだねるべきだ。」
カインの呼び声にも応じることなく、白装束はぜんまい仕掛けのブリキ人形のように同じ動作を繰り返すのみだった。
見ているこちら側が痛くなってくるほどだ。
ケフィーは、姫を抱き締めるようにして見えないようにしている。
呆気にとられていたアナキスだったが、白頭巾がはだけて垣間見えるそれに思わず目を疑った。
調査団のシンボルマークである逆十字架が縫い込まれた青い制帽、両耳にピアス。
こいつは・・・。
「・・・チビガキの部屋を捜索してた団員の1人じゃねぇか!!」
振り下ろす頭に合わせて煌めきを放つ両耳のピアスが、アナキスのわずかな記憶を呼び起こしたのだった。
「彼を・・・止めなさい!」
アナキスに言われずとも逆十字架の制帽が確固たる証拠、カインは振り絞った声で部下に制止を促した。
額から血飛沫を舞い全身が染色されていくその様は、悪霊か魔物かに呪われたように異常で猟奇的で、とてもではないが見るに堪えない。
それが自分の部下であると分かったらなおさらだろう。
「まさか、こんな身近に犯人がいたなんて・・・。嘘だと思いたくって・・・。」
カインは、唇を噛みしめながら言葉少なげに指示を出すだけだった。
だが、すさまじい勢いのまま打ち付ける白装束を一体どのように止めればよいか、指示を受けた調査団員2人は互いに目くばせするだけだった。
そして、タイミングを見計らうようにして、白装束の両肩に手をかけ――
カインの判断が悪かったわけではない。
調査団員達の注意力が不足していたわけではない。
ましてや、ボロボロの殺し屋にこれ以上抵抗するだけの力があるなど思うはずもなかった。
頭を振り上げた瞬間、白装束の血走る眼球が左右をぐるりと捉えたのは、偶然ではなかった。
「ッ!!離れやがれッ!馬鹿野郎!!」
アナキスの怒号が飛ぶその前に、鬼神溢れる殺し屋の最後の闘志が姿を現した。
近づく2人の調査団員の懐からそれぞれリボルバーを引き抜くや、撃鉄を親指で引き起こし、足元に向かってシングルアクション、弾丸が氷塊を打ち抜いた。
何度も打ち付けた衝撃で氷塊も一部脆くなっていたのだろう、両足を拘束具のように捉えていた固まりが簡単に瓦解する。
自由になった白装束はそのまま調査団員のわき腹に鉛玉をぶち込むと、銃口をカインに向けさらに発砲した。