第5章 ~国家調査団と白装束 4~
屋敷の外壁が氷塊と化し、窓ガラスがひび割れを起こす。手入れが行き届いた色とりどりの花々が、ドライフラワーのように固まり動きを止める。
生き物と化した冷気がカインを中心に何もかもを飲み込み、肌を切る寒さを忽然と体現させた。
「――っ!!」
両翼をはためかせながら舞い降りた極寒の女神の仕業に気を取られたのか、白装束はずしりと重い両足に視線を落とす。
――両足がくるぶしまで硬く凍っていた。
白装束の背筋が氷水をぶっかけられたような武者震いを刻んだ。
たゆたう冷気が忍び寄る感覚を察知出来なかったのだろう、ふわりと包み込むそれに足元をすくわれた。
わずかに漏れ出た戸惑いの色を重ね合わせる間もなく、白装束の左腕に鋭利な氷柱が突き刺さる。
「ぐっ!!」
苦悶の唸りが腹の底から吐き出された。
カインの氷柱の投擲は、定規でまっすぐ線を引いて導いたように精確無比に白装束に牙を剥いたのだった。
貫通して飛び出した先端からは赤黒い血でべっとりと染まっている。
「これで両腕が使えなくって。もぎ取られたのと同然だね。」
目を逸らした一瞬の後悔を苦痛の叫び声に乗せ、白装束はこの状況を呪わん怨嗟に表情を歪め――――いや、その間も無かった。
肉薄したカインが白装束の両肩に飛び乗り、突き刺さった氷柱を乱暴にずぶりと引き抜く。
青白い彩を放つ透明な氷柱には、凝固しきらない鮮血が垂れ滴るしずくとして絡みつく。
カインは指先で氷柱を器用に高速回転させて振り回すと、こん棒の如く白装束の左肩を殴打。
「――がっはっ!!」
丸太を打撃したような低い音が、白装束の苦痛の悲鳴に重なり奥深さを演出する。
「私の千竜矛を操る手練れなら、総指揮官の私のことも調べておいた方がよくって。千竜矛がなくったって強いんだから。」
蹴り飛ばす反動でくるりと一回転し、カインは綺麗に着地した。
「千竜矛の冷気は、私の残り香だ。吐き出し続けるとその内無くなる。どのみち君が千竜矛を使い続けても、あのメイドに対抗するのは至難の業だった、ということだ。」
凍らせて応急処置を施した腹部が、じんわりと紫に変色してきていた。
表情こそにんまりと笑顔を張り付けたままのカインだったが、抑えきれない苦しみが滲み出ているのだろう。さっきから脂汗が尋常ではない。
「・・・わ、私は任務は必ず遂行する人間だ。例えどんな状況に陥ろうとも。」
両手をだらりと垂らした白装束が静かに答えた。
「だが、それももう過去のことになるだろう。任務未達による違反金、築き上げてきた信用が大きく落ちる。」
右腕はアナキスによって、左腕はカインによってそれぞれ再起不能にされた白装束は、両足をがっちりと固められたままの状態でゆっくりと空を仰ぐ。
「このまま雇主には、自害して詫びるとでも。」
「・・・いや、私はプロだ。トカゲの尻尾のようなマネはしないっ!」
茶化すカインに見向きもせず、2、3回呼吸を整えたかと思うと――
「な、なにっ!!」
――振り上げた自分の頭蓋骨に反動をつけ、足元を凍らす氷塊に思い切り頭突きを喰らわせたのだった。