第1章 第2部 ~お姫様の調教 4~
「先ほどのあなたの言葉を『穢れてる』と申しましたが、そのように『腐らない』『穢れない』ように注意をするのも、私達王族のお仕事です。民の声を聴き、他国の声を訊く。そのように皆の意見を受け入れながら、より良い道しるべを示していくのです。」
「王族のお仕事、か。俺はただ皇子と顔が似ているだけの、つまらん人間だぞ。そんなどこの馬の骨とも分からないやつによくもまぁ、影武者なんか頼んだもんだな。」
「私も、まさかこのような形でお兄様と再会するとは思ってもいませんでした。ですが、受け入れてくださったあなたもあなたですわ。よほど、この国の今後を憂いていたのですね。」
優しく愛でるような視線で、姫はアナキスを包み込んだ。
「ふん・・・くだらねぇ。いいかチビガキ!!」
だが、アナキスはその抱擁に風穴を開けるように鋭い言葉を言い放つ。
「ま、また、そのようなお言葉を!!」
ひきつったように口角を上げ、姫はまた一歩引き下がった。
「俺はただあのシルマールとやらにうまく言いくるめられただけなんだよ。お前の兄を演じるつもりも、お前と仲良くするつもりも、この国のために勉強をするつもりも、さらさらねぇからな。シオンを人質に取られてなきゃ、お前のお守りなんかするわけ―」
そこまで一気にまくし立てたのはいいものの、ひやりとした冷たい視線を感じ、アナキスは思わず口をつぐんだ。
姫の肩越しに、シルマールがドアから顔を覗かせているのが見えたのだ。
右手にはナイフ、左手には人形らしきものを持っている。
「シオン?人質?一体どういうことですの。シルマール先生からは、あなたが盗賊からすっかり足を洗って、この影武者の任務を受け入れたとお伺いしたのですが。どういう意味なのでしょうか。」
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、姫が追及するように詰め寄ってきた。
後ろでは、シルマールがナイフで人形を刺す動作を繰り返し―
ひ・め・さ・ま・に・は・や・さ・し・く
と、分かりやすく大きく口を開けていた。
『姫様に優しくしなければ青い仮面の少年を殺す。』
昨晩のシルマールとの取引が脳内にフラッシュバックする。
まさしく、手に持った人形にぐさりとナイフを刺しているのは、シオンのことを表現しているのだろうか。
口元は笑っているのに、目が恐ろしく笑ってない。
「いや、その・・・なんだ・・・人質・・・・・・人質!?そんな人聞きの悪いこと言ったか、俺は?いや~もう、姫様ったら、お下品なんだから。」
「なっ、何をするのですかっ!」
アナキスはがっしと姫と肩を組み、苦し紛れの言い訳を並べた。
「そんなことよりも早くこのくだらねぇジュラム国の歴史教えてくれや。覚えたくて覚えたくて俺は仕方ねぇんだよ。もうこんな本、食べちゃいたいくらいだぜ。」
「は、離しなさい!お下品なのはあなたです!それに、さきほど『この国のために勉強するつもりもない』と申していたではないですか!?」
引き剥がそうととして躍起になっている姫を力ずくで抑え、アナキスは渇いた笑声をあげた。
「うるせぇよチビガキが、気が変わったんだよ。俺達兄妹だろ。まぁ、仮のだけど。・・・えーと、234ページは、『最宝玉者としての役割』だってよ。なになに・・・選ばれし宝玉者の使い手はすべての国の監視を行う独立機関となる。国を捨て、時代を越えて、平和を維持するただ1人の存在として―」
「や、やめてってば!!」
「った!!」
ゴンッと、今度は縦にした『よく分かる!ジュラム国の古今東西』がアナキスに襲い掛かる。
「ってぇな!!何しやがる!!勉強ってやつを教えてもらおうと、優しく接してやってるのによ。なんだその態度は!!」
『優しく』の単語を強調しながらちらりとドアの所を見やったが、もうシルマールの姿はなかった。
「はぁはぁ・・・それはこっちのセリフです!!あなたって人は・・・。」
頭を抱え込みながら床に座り込むアナキスを険しい目つきで見下ろした。
姫の栗色の両目が、赤く血走っている。
「男性の方に強引にされたのは・・・はぁはぁ、あなたが・・・は、初めてですっ。」
「強引って、何もしてねぇよ。」
肩で息をし、動悸を抑えようと姫は胸に手を抑えた。
「けっ、もういねぇのかよ・・・。まぁ、楽にしろよ、チビガキ。」
少しずつ白磁の色を取り戻していた頬が、また紅潮し始めていく。
拳をぎゅっと握りしめながら姫はわなわなと震えていた。
「・・・チビガキではありません。」
「えっ、何か言ったか。」
「・・・・・・分かりました。ええ分かりました。教えて差し上げましょう。あなたには時間がかかりそうですが、何から何まで教えて差し上げましょう。」
「おい、何ぶつぶつ言ってんだよ。」
様子のおかしい姫を見上げるも、その表情は金髪で隠れて窺い知れなかった。
「少々手厳しくなるかもしれませんが、お兄様としての素養を備えさせるため、仕方ありませんわね。」
決意したように姫は顔を上げると、射抜く勢いでアナキスを睨んだのだった。
「覚悟して下さい。あなたの粗野な言動行動すべてを正して見せますわ。これはもう、ち、ちょ、ちょ、調教ですっ!!」
チビガキの機嫌を取りつつ、シオンを見つけて助け出し、団のアジトへ逃げ帰る。
そう思っていたアナキスは、思いもかけず姫の中の眠れる嗜虐心を目覚めさせてしまったのだった。