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BLUE_LIGHT~海賊アリス~  作者: 葉山
Episode1.雪の女王
23/36

02.目指すはラップランド


「なーあ、俺様超功労者でこんなことされる覚えないんだけどー……」


 太い主要マストにロープで縛り付けられている、変な男の人。


「どの口がそのようなことを仰るのでしょうか? 我らがアリスに無礼を働こうとして、身に覚えがないと?」

「ぐはっ、いいっ! やっべぇ、若いその顔でそんな冷ややかな目で見られるとゾクゾクするね! ますますクイーンに似てきたなー帽子屋」

「……貴方もお変わりのないことで、嘆かわしいばかりですよ。マーチ」

「あー! ちょっ、待った! 待った待った! 出る出る出る出る! これ以上キツくされると何か出る! 俺様から何か出ちゃうううぅっ!!」


 ぐいとマーチが無造作につながれたロープを引っ張ると、その人は大げさに叫んだ。


 ……本当に、何なのこの人。


 わたしはヤマネくんと船縁に寄りかかって一緒にドン引きしていた。

 帽子屋さんが頭を抱えたくなるのもなんだか分かる気がする。


「何なんだろうね、アレ」

「うん。本当に何がしたいんだろうね、あの人」

「ただの変態なだけだと思うよ。アリスは絶対近付かない方がいい!」


 それはよく分かってますとも。

 ヤマネくんがわたしの手を握りながらそう言ってくれてるけど、その前の変態発言から近づきたくなんかないって思ってるよもちろん。


「でも、あんた本当にタイミング悪いときに起きたよね」

「猫」

「ネズミが睨んだところで何って感じなんだけど?」

「じゃあ言葉にして言いますけど、これ以上アリスを怖がらせるようなことしないでください」

「……ネズミが言わなくたって分かってるし」


 どこかぶっきらぼうにそう言い捨てたチェシャは、機嫌が悪くなったようでふらりと姿を消した。

 ヤマネくんが気遣って言ってくれているんだろうけど……、気遣われるほど酷い顔してるのかな。


 ここでさっきまで血が流れてて、人が倒れて、死んでいた場所だって思うと、どうしても手が震える。

 今縛られている人が“なかったこと”にしたって言ってたから、きっと魔法で何かしたんだろうけど。

 それでも、この場所で戦いが起こったってことはわたしの中にまぎれもない事実として存在している。


 それが、まだ、怖い。


「大丈夫だよ? 怖いものとかもうここにはないから」

「……ありがとう」


 それでも手の震えは止まらない。

 わたしの手が赤かったことは本当。きっと誰もが赤かった。この【不思議の国】号も赤かった。全部が赤に染まった。


 目を閉じれば嫌でも思い浮かぶほど、強烈な絵として目蓋に焼き付けられた光景は、忘れてしまいたいと思う。

 ……思う、けど。


「ねぇ、ヤマネくん」

「ん?」

「……わたしがいたから、【不思議の国】号は襲撃されたのかな」

「そう、おじょーさん結構冷静だね」


 わたしの言葉に答えたのは、ヤマネくんじゃなくて縛られた人の方だった。


「公爵夫人が認めた【娘】なら、【神子の玩具】を探すのに苦労しないだろっ? まぁ、あいつらがアリスが【娘】で【主人公】にもなるってのを知ってたかどうかは知らねぇけどなー」

「余計なことを仰る口は」

「……マッド、放してやれ」

「クイーン!」


 面倒くさそうな低い声に、帽子屋さんは抗議するかのように声をあげた。

 一つ煙を吐き出して、船長はマーチに目だけで命令すると、マーチが戸惑ったように縄を解き始めた。


「マッド、女王の命令は?」

「……絶対です、我らがクイーン」

「分かっているなら、言われたとおりにしていろ」

「いやー、さっすが俺様の女王は分かってる! 今日も愛してるぜ、ハートの女王さま!」


 縄を解かれるなり抱きつかんばかりに船長の下に駆け寄ってくるその人に、船長は眉間にしわを寄せながら重たそうな銃をつきつけた。


「自分の立場をわきまえろ」

「りょ、了解だって女王! 分かってる分かってる! 首を刎ねられるのも困るけど、頭吹き飛ばされるのはもっと困るぜ俺様の女王!」


 降参、と言ったように両手を挙げたその人は、調子がいいというかなんというか……。

 船長と帽子屋さんが同時にため息をついた。


 ナチュラルに流してきたけど、この人何なんだろう。やけに馴れ馴れしいし調子がよすぎる。

 それに、正直気持ち悪いくらい大好きとか愛してるとか言ってるんだけど、この人何者?


 【不思議の国】号の敵じゃない……と思いたいけど、でも、マストの柱に縛られていたくらいには味方でもない、みたいな?


「ヤマネくんたちって、あの人のこと知ってるの?」

「え? アリスは知らない?」

「えぇっ!? 俺様のこと知らないのっ!? マヂで! ちょっ、嘘って言って嘘って!」

「アリスに近づかないでください! 変態が移るじゃないですか!」

「ちょ、酷い! 可愛い顔して酷いこと言うなよヤマネ!」

「クイーン、斬ってもいいって許可をください」


 怒りを押し殺したような声で、ヤマネくんは大振りのナイフをその人につきつけた。

 やっぱりと言うかなんと言うか、可愛いって言葉はヤマネくんにとって禁句だったんだな、とか思う反面、なんでこうも話が流されるんだろうって思う。


 船長を見れば、本気で斬ってもいいとか思ってそうな顔で、仕方なく……本当に仕方なさそうに剣を下げるように命じていた。

 それからゆっくりと煙を吐き出す。潮風に煙はすぐに流されて消える。


「……お前は何も知らないんだな、本当に」

「スミマセン」

「貴女が謝る必要などありませんよ。クイーンのあれはただの確認ですから」


 反射的に謝ったわたしに、帽子屋さんはやんわりと言葉を重ねてきた。……最も、あの男の人の腕を捻り上げながら、だけど。


「ソレはジャックだ。ひとまずは敵じゃない」

「女王! ひとまずはじゃなくて俺様味方! 全面的に【不思議の国】号の味方だってば! 愛していだだだだだっ!! 帽子屋痛いいいぃっ!!」

「痛いでしょうね、えぇ。痛くなるようにして差し上げているので」

「黒っ! 黒々しい笑顔! いだだだっ痛いけどっ、女王じゃ見れないその笑顔ご馳走様ですうおあああいてぇえ!!」


 薔薇の花の幻覚が見えそうなキラキラとした笑顔で腕を捻り上げてるって言うのに、痛いとか言いながらも喜んでいる、えっと、ジャックさんって……ドM?

 やっぱりただの変態だって再認識して、視界に入れないようにしながら船長を見た。


「ジャックって、ハートのジャックのことですか? 裁判にかけられた、ハートの女王のタルトを盗み食いした」

「そうだったら、即刻首を刎ねてやれるんだがな」


 すごく残念そうな顔でキセルをくわえた船長は、本気でジャックさんのことウザがっているんだってよぉく伝わってきた。


 あ、ちなみにハートのジャックは、『不思議の国のアリス』の最後の場面でタルトを盗んだって告発されたトランプ兵のこと。

 この“誰がタルトを盗んだか”って、マザーグースの詩で書かれたものをリスペクトしたみたいで、詩なんか興味ないのにマザーグースの詩集を読み漁ったっけな、とか思い出した。


「ジャックは」

「あ、待て待て待て! そこからは自分で言うから自己紹介くらい俺様にさせて愛してるから女王!」

「……お前に愛を捧げられたくはない」


 嫌そうに顔をしかめて、帽子屋さんに目だけで離してやれって合図すると、帽子屋さんも嫌そうにその手を離した。

 同じ顔で同じように嫌そうな顔するって、どれだけ嫌いなの。……好きになれそうな要素は全く見当たらないけど。


 帽子屋さんから解放されたジャックさんは、捻り上げられていた腕をさすりながらわたしの側に跪いた。

 隣のヤマネくんが、どこか怒ったようにわたしの腕を引いたことなんか気にした様子もなく、黄緑色の瞳で真っ直ぐ見上げてくる。


「改めまして、俺様は女王の忠実なる(しもべ)のハートのジャック。【不思議の国】号を最も愛している男だ! そこだけは絶対に誰にも譲るつもりはないんで、そこんとこよろしく!」

「は、はぁ……」

「おじょーさんはこの【不思議の国】号の偽者アリスだろ? 偽者だろうがなんだろうが、俺様の女王が認めたんならおじょーさんがなんだろうとアリスに違いない! と言うかおじょーさんがアリスで超嬉しい! 可愛すぎんだろ、ちゅーしたいちゅー!」

「それ以上アリスに近付いたら本当に斬りますからね」


 と、刃先をつき付けるヤマネくんの後ろにさり気なく回った。

 ありがとうヤマネくん。やだこの人本当になんなの、いやただの変態なんだろうけど。


 何回目か分からないため息をつきながら、帽子屋さんがゆっくりジャックさんの肩に手を置いた。


「ジャック、無駄話が多過ぎますよ」

「無駄なんかじゃねぇよ! 正直言った本音だ! まさかミニスカートを着こなせるこんな超美脚おじょーさんがこの世界にいるとは思わなかったんだぜ!? 興奮もするだろうが!」

「……アリスに失礼」

「ばっきゃろマーチ! 本当のこと言って何が悪い! アリスってこと抜きにしても、このおじょーさん色んな意味で狙われるぜ!? うかうかしてると、攫われたって知らねぇからな!」

「……別に、護るから問題ない」


 そんなに大きくもない声で言い切ったマーチに、ジャックさんはちょっと驚いたような顔をしていた。


「……えっと、そりゃどーゆー意味で?」

「……どういう? そのままの意味、だけど?」

「あぁ、畜生裏の意味とか色々勘ぐっちまった俺様の馬鹿! そんな純粋なマーチが大好きだ!」


 軽く首を傾げたマーチにがばっと飛びついたジャックさんだったけど、マーチは船長や帽子屋さんみたいに嫌な顔することはなかった。

 まぁ、マーチはあまり表情が変わらないから嫌がっているのかどうかは全然分からないんだけど。


「御託はどうでもいい。お前が来た用件を簡潔に言え」

「あ、女王もしかして妬いてくれた? 大丈夫、女王以外に俺様の愛を捧げられるような奴は【不思議の国】号しかないから」

「用件を、簡潔に、話せ……!」


 苛立ちを隠さないでそう言い切った船長の額に、青筋が浮き出ているのが見えて本気で怒っているのが分かる。

 怒りを抑えた震える低い声に本気なのがジャックさんにも伝わったのか、慌ててマーチから離れてピンと背筋を伸ばした。


「公爵夫人が【不思議の国】号の偽者アリスを認めたって聞いたから、慌てて駆けつけたんだ。認めたおじょーさんを保護しようと思ってな。いや、だから怒らないでくれよな? なっ、女王?」


 最後の方が懇願に近くなってきているんだけど、そんなことどうだっていい。

 だって、ちょっと待ってよ。


 わたしを保護するって、どういうこと?


 疑問に思ったのはわたしだけじゃなかったみたいで、この場にいた【不思議の国】号の誰もが怪訝そうに眉を寄せた。


「……どういうことだ?」

「女王、怒ってねぇか? つかコレ言って怒らねぇ?」

「……内容次第だ」

「ええええぇっ! それじゃ俺様確実に女王に怒られんじゃん! ちょっ、何コレものすげぇ理不尽さを感じるんだけど!」

「大丈夫です、貴方がクイーンのご機嫌を損ねているのは今更ですから」


 フォローになってないフォローを入れている帽子屋さんだけど、何でもかんでも話を引き伸ばそうとしているジャックさんにイライラしているのかもしれない。目が全く笑ってないし。


 四方八方から問い詰められるような視線を向けられて、ジャックさんは深く肩を落とした。


「本当に、【不思議の国】号に嫌われんのだけは嫌なんだけどなぁー…」


 仕方ねぇか、と呟いて鉄錆色の髪を無造作にかきあげた。

 そしてさっきまでふざけていたのが嘘みたいに、真面目な顔して真っ直ぐに船長に視線を合わせた。


「詳しい事情は知らねぇけどな、偽者だろうがなんだろうが【不思議の国】号と公爵夫人が“アリス”と認めたってことは、そこのおじょーさんが【娘】と【主人公】と同じ価値があるって思われても仕方ねぇことだ」


 だから、【神子の玩具】を見つけることができる【娘】を奪おうと、【不思議の国】号は襲撃された。

 偽者だろうがなんだろうが関係ない。

 認められたわたしを奪うために。


「【不思議の国】号は強い。船員の一人一人が強いのは確かだ。けどな、どんなに強くったって数が多ければどうしてもとりこぼしってもんが出てきちまう。今回の事で分かっただろ? 護るって言っても、そう簡単にはいかねぇんだよ」


 確かに、わたしは連れ去られかけた。赤い戦場と化したこの船で、よく分からないまま死んでいった敵に担がれて。


 あの時チェシャに見つけてもらえなかったら、わたしはそのまま連れ出されていたのかもしれない。

 わたしが連れ出されていたら、あの人は死ななかったのかもしれないし、あれ以上血が流れることもなかったかもしれない。


 全部今だから言えることだし、もしもの話をしていても意味が無い事なんだけど。

 でも、そう思わずにはいられないくらい近かった。

 あまりにも無情な現実を見てしまったから。


「しかも、護るって言ったって人形じゃねぇんだぜ? おじょーさんは人間だ。ちゃんと感情だってある。全部を護ってやんなきゃ話にならねぇ」

「お前の言う事は最もだ。だが何故お前にそんなことが言える?」

「見たからさ、そうやって壊れていく【娘】や【主人公】を」


 自虐的に笑って、黄緑色の目を細めた。


「誰もがそんな強い人間じゃないってことだぜ? 女王」


 それから、船長からわたしにその瞳を向けてきた。

 わたしを見ているけれど、わたしじゃない誰かを見ているような、そんな哀しそうな瞳で。


 わたしに誰かを重ねないでよ。

 わたしだって弱い人間だから、強くありたいと思って必死に背筋を伸ばして立っているのに、弱い人間だと思って見ないで。


 本当にわたしも弱い人間だと、弱い人間に成り下がってしまうから。

 だれかに依存して、甘えて、縋りつきたくなるから。


「……あいにくだが」


 ジャックさんの視線から逃げたくて、ヤマネくんの後ろで俯いたわたしの耳に船長の低い声が響いた。


「我らがアリスはそこまで弱いわけじゃない」

「えぇ、少なくとも貴方が思っている以上に気丈で、聡明な女性ですよ。我らがアリスは」


 船長の断言に、甘く見ないほうがいいですよ、と耳に心地良い帽子屋さんの声が続く。


 あぁ、そう言ってくれているのに、ヤマネくんの後ろでその視線から逃げようとしたわたしが情けない。

 そう言ってもらえるような女の子じゃないけど、でも、そう見てもらえているならそうなりたいと思う。


「……確かに、あの中で取り乱してたわりにちゃんと状況把握できてたくらいには、冷静なおじょーさんだってことは認めるけどよ」

「けど?」

「今後も襲撃があるのは間違いねぇからな。そんな血生臭いことに何度も何度も慣れさせるようなこと、おじょーさんにさせたかねぇだろ」


 なぁ? と尋ねられても誰も答えられない。


 ヤマネくんが唇を噛み締めながらわたしの手を握ってくれた。

 その指先がちょっとだけ冷たく感じて、わたしは小さく握り返した。


「……だから保護しようと、か」

「そ。俺様の大好きな【不思議の国】号が悲しみの色に染まるのは嫌だからな。あらかた掃除が終わるまで、おじょーさんにはちょっと上陸してもらえばいいと思って」

「え?」


 思わず声を漏らしたわたしに、ジャックさんはさっきの瞳が嘘のようにニヤリと笑った。


「幸い受け入れ先も目処がついてるし、多分大丈夫だろ。あいつ友達ほしがってたし……少し寒いのが問題だけど、まぁ厚着してりゃ大丈夫だろ」

「ちょっと待ってくださいよ! アリスをそんな」

「ヤマネくん、待って」


 くしゃりと顔を歪ませて、ヤマネくんはわたしを振り返った。


 心が揺れる。

 でも、言わなくちゃいけない。


 わたしから言わなくちゃ。

 それが正しい選択だとしても、この優しい海賊たちにはそれを選べないだろうから。


「わたしは、ジャックさんの提案に乗るよ」

「それは、僕が……」

「頼りないとか、そんなこと全然思ってないよ。むしろわたしはちょっとヤマネくんたちに甘えすぎてるのかもしれないくらい」

「そんなことないよ! だって、アリスは僕が護るから、だからっ!」

「でも、わたしはまた同じ状況になったら取り乱さない自信がないの」


 わたしの手が赤く染まった、【不思議の国】号が赤く染まったあの光景をまた見なくちゃいけないなんて、そんなことしたくなかった。


 これは逃げだ。


 現実を受け止められなくて、夢に逃げるのと同じ。

 出口を作ってくれたジャックさんに甘えて、わたしは、わたし一人が安全な場所に逃げるんだ。

 ダイナに狙われたときと同じように。

 ヤマネくんや、チェシャを置いて逃げたときと同じように、わたしは逃げるんだ。


「……どこに連れて行かれるか、分からなくてもですか?」

「帽子屋さん、それおかしいです」

「おかしい、とは?」

「だって、わたしはどこに連れて行かれたとしても“この世界”ならどこも分からないんですから」


 そう開き直って、この人達に迷いを与えないように軽く肩をすくめる。


 痛いくらいに握られていたヤマネくんの手を離して、ジャックさんの方に向かって歩き出す。

 マストの側でロープを丁寧に片付けていたマーチと目が合った。


「……無理、してない?」

「……大丈夫。無理はしない」


 また知らない場所に放り込まれると思えば怖いけど、でも、もう怖い思いはした。

 だから、あの赤い光景を我慢する以上に無理なんかしてない。


 心配そうなオレンジ色の瞳に向かって小さく頷くと、マーチは一つ瞬きをしてそれきり口を閉ざしてしまった。


 納得がいかなくても、納得しようとしてくれているのかもしれない。

 護ると言ってくれて、護ってくれようとしているのに、わたしはそれを無下にして逃げ出すんだから、納得いかないのも当然だよね。


「船長は……」

「……それが最善の答えだろう? お前がそれを望むなら、拒む要素が見当たらない」


 行け、と短く言われて、わたしはただ小さな声ではいと頷くだけ。


 そうしてジャックさんの側までやってくると、わたしはジャックさんを見上げた。

 黄緑色の瞳を真っ直ぐに見上げる。それから深く頭を下げた。


「お願いします」

「……帽子屋の言う通り、確かに賢明な判断を下せる冷静なおじょーさんだ」

「わたしがここにいると、ジャックさんの大好きな【不思議の国】号が危険に晒されますから」

「ぐはっ、健気に見えて毒たっぷり! 何この温度差たまらん! ……いやいやいや、女王本当にいいのか?」


 わたしの肩をつかんで、わたしの頭越しに船長に尋ねるジャックさんは、船長に鼻で笑われていた。


「お前の提案だろうが」

「いやそーだけど! まさかこんなにあっさり受け入れられるなんて思ってなかったって言うか……」

「だから言ったでしょう、ジャック。我らがアリスを甘く見ないほうがいいですよ、と」

「だーっ、そうだけどさっ!」


 両手でガシガシと髪を乱暴にかきむしるジャックさんだったけど、そんなことどうでもいいと思っているらしい帽子屋さんは、少し真面目な顔してわたしを呼んだ。


「アリス」

「はい?」

「決して、無理や無茶をしないでください。貴女がそんな無謀な事をするような女性ではないとは思いますが、【神子の玩具】のこととなると、多少の危険をも(いと)わなそうですから……」


 公爵夫人の島や【地下の国】号でのことを言っているみたい。

 そんなに無茶をしそうに見えるのかな?


「気をつけます。自分でなんとかしてみますから、大丈夫です」

「こんなときにお役に立てないのが歯がゆい限りですが……」

「迅速に一掃すればいいだけの話だ。問題は無い」


 困ったように苦笑した帽子屋さんの肩に手を置いて、事も無げに船長がそう言い切った。

 確かにその通りなんだけど、言葉通りに簡単にいくものじゃないと思う。


「……アリス!」


 振り返る。悔しそうな顔したヤマネくんが、大きなエメラルド色の瞳を狭めてわたしを見ていた。


「絶対、絶対迎えに行くからね!」

「ヤマネくん、今生の別れじゃないんだから……」


 力強くそう言ってくれるヤマネくんのちょっと大げさな言い方に苦笑を洩らしちゃったけど、でも本気でそう思ってくれているって分かるからちょっと、嬉しかったりする。

 わたしはここに帰ってきてもいいんだって思えて。


「ありがとう、ヤマネくん」

「さっすが、おじょーさんモテモテだなー。俺様もうかうかしてらんないって感じ?」

「何の話ですか何の!」

「そりゃもちろん……イエナンデモナイデスヨ」


 がちりと嫌な音が鳴ったかと思ったら、船長が銃口をこっちに向けていた。

 いや、船長下手したらわたしも危ないんでやめてください。


 冷や汗をかきながら、ジャックさんはわたしに一枚のカードを渡してきた。


「ハートの、(ジャック)?」

「そ。俺様の紹介でって言う証。今から送った先にいる子にそれ見せてくれよな、そしたら多分大丈夫だから」


 多分ってなんですか、って聞かない方がわたしのためかもしれない。

 だからわたしは別のことを聞くことにした。


「それで、わたしはどこに送られるんですか?」

「ラップランド」

「それって……!」


 わたしの言葉を肯定するかのようにジャックさんは、茶目っ気たっぷりにウインクしてきた。

 それからくるくると指を回すと、わたしの視界は光に覆われて……、魔法でラップランドへと飛ばされた。


 ラップランド。そこは雪の女王の城がある場所。


 わたしは【不思議の国】号からただ下ろされるんじゃなくて、【神子の玩具】があるかもしれない場所に下ろされるんだ。

 それならそれで、わたしができることをするだけ。


 あぁ、でもちょっとだけ船を降りたことを後悔した。

 だって、チェシャとなんだか距離があるような感じなままだったから。


 次会うときには、元に戻れるといいな、なんて。そんなことを考えながら光が引くのを待っていた。



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