第四部 始まり
『あいつらさ、て言うか、春樹の一方的だったんかも知れないけど…中2の頃、付き合ってたんだって』
あの日、潤から聞いた話。
この言葉が、どうしても耳から…離れない…―――
「――世!さーよっ!」
昼休み。
誰かが沙世の事を呼ぶ。沙世はボーっとしていて耳にも入らない。三度目の正直というのだろうか、誰かがもう一度名前を呼んだ。
「沙世っ!!」
「ぅあ、はいっ!!」
驚いて机から顔を上げる沙世。すると呼んだ相手は美咲だったらしい、目の前に美咲の顔があった。
呼ばれた方も驚いているが、呼んだ美咲の方も驚いた顔をしていた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してたっぽい」
「ったく…別に良いよ。それより何?不安な事でもあるの?」
「!あのっ――」
気に掛けてもらえた事が嬉しかったのだろう、だが、急に沙世は黙り込んでしまった。
「沙世?」
「――っな、何でもないよ。何でも、ない」
今、何かを言いかけそうになった沙世。凄く頼りになる美咲。だが、この話だけは美咲には話せない。
――あの日
「えっ付き合ってたの!?」
驚きの過去。
思わず大声をあげてしまう沙世。
「うん。って言っても春樹の一方的だったけど…」
「一方的?」
初恋がまだの沙世には何が何だか分からない。すると、潤は苦笑いしながら言った。
「ま、簡単に言うと春樹が遠藤の事大好きだったんだよ。今はどーだか知らんけどね」
「へ、へぇ〜。知らなかった…」
突然の事に動揺を隠せない沙世。自分では気づいていないが、潤は沙世の動揺が読み取れていた。
「…気にする程の事じゃないよ。遠藤が他の男に告られてても、笑ってるし」
「でも、じゃあ美咲は?」そう聞きたかった。気にかかる事がまだ山程あった。
だが沙世は聞けなかった。聞きたくない、と何処かで自分が言っている様な気がして…
「…うん」
ただ、そう頷くしかなかった。
「…春樹の事?」
「うん…って、ぇえ!?」
ガタンッ
美咲のいきなりの言葉に驚き、椅子から思わず立ち上がってしまった沙世。その様子に美咲が笑う。
「なっ何で!」
「今、『うん』って言ったよね」
笑いながら美咲が言う。沙世は素直に答えてしまった自分に対して赤面した。だが、そんな事はどうでも良かった。ただ…
…美咲にバレている。
その事に対してかなり沙世は焦っていた。
誰かに聞いた…?潤?それとも、誰かが見ていたとか…?それとも――
「――私ね、気づいてたけど…?」
(……え…)
美咲はそう言って私の方をみると「クスッ」と笑った。そのまま「分からない」と言う様な沙世の顔を見ながら、話し始めた。
この間、美咲と春樹のやりとりを見て、違和感を感じた事。
その気持ちを無意識のうちに否定し続けている事…
美咲は心理学者のようにピタリと当ててくる。まるで、心を見透かされている様だった。
沙世は、美咲に口出しできず、黙って美咲の話を聞いていた。あまりにも当たりすぎていて驚いたのだ。
すると、
「――…んにしても、これでここまで考える事?他に誰かから何か聞いたんじゃない?」
美咲の言葉にハッとする沙世。
(…高橋君から聞いたやつ。言っても、良いのかな…)
少し考えたが、もうバレてしまっている。今さら隠そうとしても無駄だと思った沙世は美咲に全部話した。
話しているとなぜか目が焼ける様に熱くなっていった。思わず下を向く沙世。だが、それは逆効果で、次々と溢れ出していってしまった。
こんな事で泣くのは初めてで、余計混乱してしまう。だが、最後まで沙世は話続けた。
話が終わると美咲は沙世の頭にポンと手を置いて「ったくあのバカが。…あんたも、考え込みすぎ」と言った。
口調は少しきつかったが、とても優しい言葉だった。
そして
「…あのさ、沙世はたぶん春樹の事好きなんだよ」
と、言った。
「え?そんな事な――!」
そう沙世が言い掛けた時、
「あれ、何やってんの美咲…って何泣かせてんだよ!」
沙世と美咲が驚いて2人を見る。
春樹と潤がどこからか教室に帰ってきたのだ。そして、沙世が泣いていると分かると、慌てて近寄ってきた。
「いじめ?あ、お金まきあげたりするやつしたんだろお前!」
「春樹…それ〈かつあげ〉って言うんだよ」(潤)
「そーそれ!」
春樹はおどおどしながら「大丈夫か?どっか痛いん?」と沙世に聞いてくる。
沙世は「何でもないから、大丈夫だから」と言った。すると、なぜだか知らないが笑えてきた。
「え、何…まぁ、よく分かんないけど――」
ポン ポン
そう言うと沙世の頭に手を置いてくれた。理由も知らないのにとても気に掛けてくれた。
「ともかくさ、元気出せよー?」
そう言った春樹の言葉に、沙世は胸が締め付けられるような想いがつのった。
(…あぁ、私って…)
好きなんだなぁ、春樹の事が…
この時初めて実感した、「恋」というものを。「好き」と言う気持ちを。
だけどこの時はまだスタート地点に立っただけ。
私が「恋」の苦さを知るのは、
これからまだまだ先の事でした…