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それでもあいつはここを選んだ  作者: よみねみよ


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1.それでもあいつはここを選んだ

彼女にとっては意味不明。


 振られた。

 さっきまでラブラブだったはずの彼氏に、振られた。


 いやいやいやいやちょっと待って。どういうこと?

 頭真っ白なまま帰って来ちゃったけど、部屋に一人になって三角座りしてると、ようやく頭が働きはじめたよ。


 今日はデートだった。アフタヌーンティーセットを頼んでスコーンやケーキをきゃっきゃと食べてた。三段で出てくるのが見てみたいって、彼から誘ってきたデートだった。

 私は女友達とカフェ巡りするから何度か食べたことあったけど、男でもあの三段は魅力的なものらしい。すごーって喜んでた。店内も英国風の可愛らしい感じで、普段行かないような雰囲気だったから新鮮だったみたいで、周囲を見回して楽しそうにしていた。私も彼氏とこういうところに来られたのがなんかとってもうれしかったんだ。


 そんな、おいしい紅茶とお菓子を前にした、まったりティータイム。そこまでは、よかった。

 紅茶をたくさん飲んだからトイレに行きたくなって席を立ったんだけど、戻ってきたら彼は真っ青な顔をしていた。私を見て、めちゃくちゃ驚いた顔をして、それから、


 ――いきなりボロボロッと泣きだした。


 そりゃあビックリしたよ。ビックリするに決まっている。たとえ彼氏じゃなくても、突然目の前の人が泣きだしたらビックリしちゃうじゃん。

 テーブルに戻ってきて、椅子に座ろうと腰をおろしかけた状態で固まった私は悪くない。焦ったり心配したりするより先に、泣きだした彼を間抜け面で凝視しても仕方がない。


 たぶん、私が中途半端な姿勢で固まったのは数秒のことだった。

 見開いていた目が乾燥してきたなと瞬きをしようとした時、彼は立ち上がった。こっちに来ると、ぎゅっと抱き寄せてきたんだよ。そんで、嗚咽混じりに泣くんだよ。さらにビックリして頭真っ白になっちゃったよ!

 ここカフェ! 公衆の面前! みたいなことを考える余裕はなかった。ホント、ひたすらにフリーズしてた。

 今から思えば、絶対周囲もこっち見てポカーンとしてたよね。フリーズしてたよね。さっきまで仲良くお茶していたカップルの男のほうが突然泣きだしたうえ、熱い抱擁をして泣き続けてるんだからさ。意味不明すぎるわ。

 ってか正直痛かった。逃さないとでもいうように、腕にものすごく力が入ってたんだよ。片手は腰に、反対の手は私の後頭部に。その状態で、ぐいぐいっと締め付けて自分の肩に私の顔を押し付ける。痛いわ息がしにくいわで大変だった。


 泣いている彼氏と、フリーズしている私と周囲。それは数秒のことだったかもしれないけど、私には数十分に感じたよ。

 勇気ある店員さんが「あの、どうなさいましたか?」って声をかけてくれたおかげで、我に返った私は彼を無理やり引き剥がして、店員さんに頭を下げ二人分のバッグを引っ掴むと急いで会計して店を出た。ちなみに彼は使い物にならなかったから、腕を掴んで無理やり連れ出した。


 店を出てからも大変だったんだぁ。

 なぜか呆然と周囲を見回すし、「とりあえず帰ろう」って声をかけたら、泣き止んでいた顔がまた泣きそうに歪んだ。


「……うん、かえりたい」


 子どもみたいな、頼りない声。帰る場所がわからなくなった迷子みたいな様子に、私は彼氏の手をぎゅっと掴んだ。本当にどうしてしまったんだろう。


 私に手を引かれるままに歩きながら、確かめるみたいにキョロキョロと視線を動かすから、足元がおろそかになって転んだりしないかなぁと心配になったけれど、ちらりと見れば妙に安定感がある。視線の動きは忙しないのに、体の軸がぶれないというか、よくわかんないけどどっしりした感じがした。

 そういえば、少し顔つきが凛々しくなっている気がする。身体だって、こんなに筋肉ついていたっけ? 繋いだ手もとってもかたくて少し違和感があった。


「――わっ」


 チラチラと彼を見ていたら、私のほうがつまずいた。前につんのめった私の手をぐっと引いて、お腹に腕を回して抱きとめられる。


「あぶないよ」


 ちょっと笑いを含んだ柔らかな声が耳元で囁かれ、ぐっと顔が赤くなった。

 なんか、なんか、なんか、やっぱりなんか、ちょっと違う。彼はこんな柔らかな声をしていただろうか。こんな筋肉のついた太い腕をしていただろうか。私の身体をすっぽりと包み込むその温もりが、ひどく大人っぽかった。


 ドキドキを抑え込んで「ありがとう」を返すと、彼はすっと腰を落としてお尻と太ももの下に腕を回して、腕に座らせるかのように私を持ち上げる。……持ち上げるってか、抱きかかえられた? いやなんか、子どもを抱っこするお父さんみたいな抱き抱えられ方をして、身体が浮いたことにびっくりして、目の前の彼の頭にガッとしがみついた。


「ななななななにっ!?」

「え?」


 いや、なんで不思議そうな顔をする。

 彼は目を数回まばたきをしてから「あっ」と声を漏らして私を地面に下ろした。


「ご、ごめん、なんかクセになってて」


 クセ、クセってなんだ。私はあんな抱きかかえられ方したことないし、あんたがそんなことをしているところを見たことないんだけど!

 私は真っ赤になっているし、彼も真っ赤になって頭を抱えている。自分でもやらかしたって思っているみたいだけど、意味分かんないのはわたしだから! 今日はホントどうしたんだ。


 しばらく二人で動揺していたけど、立ち止まっていても仕方がないから、彼の手を掴んでとりあえず駅に向かって歩いた。

 意味わかんない、意味わかんない、意味わかんないっ!

 そう脳内で繰り返して動揺というかドキドキを押さえつけながら、駅にたどり着いたけど、着いたら着いたでドキドキは吹っ飛んだ。


 彼は駅でも不可思議な行動をしていた。

 ICカードがあるくせに切符を買いに行こうとしたのを止めたら、次はカバンの中からICカードを見つけられずに困った顔をしていた。いやあんたはスマホケースに入れているだろうがと突っ込めば、パタパタとスマホを探しはじめた。カバンじゃなくてあんたのズボンのポケットだよ。感触あるでしょ? ズボンから取り出したスマホを手にして、妙に感動した顔をしていた。

 駅のホームで階段を降りる時は手を取られて、今までされたことがないエスコートされた。

 電車に乗ったら、席はあいているのにドアに張り付くようにしてずっと外を見ていた。そのくせ私の手は握っていて、ついでに私も立たされていた。いや、エスコートみたいなことするくせに、電車では立たせるんかいっ。


 あげくの果てには、自分の部屋の鍵があけられなかった。

 うちのマンションは暗証番号を入れるタイプのキーレス錠なんだけど、番号を忘れたという。彼氏の部屋だし私も知っているけどさ? 無言で私がロックを解除したら、ああと声を漏らしていたから思い出せたのだろう。

 あまりにもおかしい彼氏の様子に、とりあえず私も彼の部屋にあがって話を聞こうと思っていたら、突然あいつは言ったのだ。


 ごめん、別れようって。


 本日二度目のフリーズだよ。頭真っ白だったよ。

 しばらく沈黙してから「……え?」って呟いたら、今度はまっすぐに私を見て「ごめん。他に好きな人ができたんだ。別れよう」って言うんだよ。ホントにホントに意味がわからなかった。


「意味、わかんないんだけど」


 だから正直に言った。意味がわからないって言った。そしたらあいつは、「ごめん」ってもう一度繰り返した後、なんて言ったと思う? 「今いっぱいいっぱいで余裕ないから、また今度話そう」って言ったんだよ。余裕ないのはこっちだ!


 そのままあいつはドアを閉めた。その場に立ちすくんだ私は、しばらくしてから自分の家に戻った。

 ちなみに私達は同じマンションに住んでいて、あいつが一階で私が三階だ。だから、頭の中が真っ白でも問題なくたどり着けたよ。


 そんなわけで今、私は部屋の中で三角座りをしている。さっきまでの出来事を振り返ってたらなんかふつふつと怒りが湧いてきたさ。

 だって、突然泣くし変な行動するし別れ話切りだすし、意味わかんない行動に振り回されまくってるんだよ? 詳しい説明一切ナシ! 怒ってもいいでしょ。


 しかもさ、他に好きな人ができたとか言わなかった? なんだそれ知らない。少なくとも私が気づく範囲では、あいつが誰かに惚れちゃった雰囲気はなかった。私が鈍かっただけ? それとも把握してない交友関係?

 よくわかんないけど、さっきまでデートしていたのになにそれ。振る相手への態度じゃないよ。振られる前兆とか皆無だったって。いや泣かれたし挙動不審だったけども。それか。それが前兆なのか? でもいくら思い返しても泣かれるまでいつも通りだったよ? やっぱ私が鈍いわけ? どっちにしろ、ふざけんな?


 ってかさっきなんで怒らなかったんだ私。……あ、そっか。突然のことに頭真っ白になってフリーズしてたからだ!

 だってしょうがないじゃん。別れようって言われただけでも頭真っ白になったのに、追い打ちを掛けるようにまっすぐにこっち見て、「ごめん(謝罪)」「他に好きな人ができたんだ(理由)」「別れてくれ(宣言)」っていう簡潔で破壊力のある言葉を投下されたら、思考停止するって!


 しかも、しかもだよ? こっちを見てくるは、なんか大人っぽい表情で超真面目だし、本気だと訴えてくる目がすごかった。あんな目で見据えられて、冗談だと笑い飛ばせるほどノーテンキじゃない。

 ってかなんかいつも以上にかっこよかったというか、大人びて見えたんだけどなに!? 泣いてたのに、なんか大人びて見えるの意味わかんない!!


 ……とりあえず、どうしよう。また今度話そうとは言ってくれたけど、今度っていつだ。今日メールして話す日程決めるのはダメかな。じっとして悩むより、さっさと話し合いたいんだけど。

 悶々と携帯を睨んだけど、今日のあいつがものすっごくおかしかったのは確かだ。なら、少し放っておいたほうがいいのかもしれない。

 明日になって落ち着いたら、別れようって言ったことを取り消すかもしれない。

 ……取り消して、ほしい。なにかがあって混乱して、口に出た言葉であってほしい。一度でも真剣にあんなこと言われたのは傷つくし腹が立つけど、おかしな様子だったことを考慮に入れて、今回ばかりは一発殴ってチャラにしてもいい。


 だから、取り消して。


 じわじわと喉が痛くなってくる。熱いものがこみ上げて、グッと奥歯に力を入れる。

 泣きたくない。まだ、泣きたくない。なにがなんだかわからないまま涙をこぼしたりしたくない。

 むかつく。悲しいとか辛いじゃなくて、むかつく。それでいい。怒って、文句を言いたいんだ。――うん、そうだ。怒ってるんだよ私は。


 立ち上がって、深呼吸。ぐっと拳を握りしめて、全力で突き出した。だってむかついてる! 怒ってる! ならシャドーボクシングで発散すればいいと思うの。じっと考えてたら泣きたくなるんだもん。泣きたくないし! 悲しいんじゃなくてむかついてるんだし!


 そうやってテンション上げた結果、汗をかくほど熱中していた。なにやってんだ私。

 ものすっごく虚しくなって、もうどうでもいいやーってシャワー浴びてベッドにダイブしたらすぐ眠くなってきたし、まぁいいか。


 ***


 来ない。あいつ来ない。大学に来ない。今日の二限目は同じ授業をとっているはずなのに来ないよあいつ!

 運動したおかげでぐっすり眠れたから目覚めはスッキリだったけど、家を出てからはそれなりに緊張してたよ? 同じマンションだし、そこら辺で会う可能性高いから、普段以上に周囲を意識しまくっていた。会わなかったけど。

 でも二限目は同じ授業だから、確実に教室は同じだし会うじゃん。教室に入ってから、ものすごく緊張した。友達とおしゃべりしながらも、緊張しまくってたよ。なのに、来なかった。

 友達は「今日は彼氏休みなのー?」って聞いてきたけど知るか。私がショックで休むならともかく、なんであいつが休む。それとも単純に寝坊か。寝坊なのか。……昨日変な様子だったし、体調崩したとかじゃないといいけど。

 とりあえずメールしてみたら、三限目の授業が終わった頃に返信が来てた。


『授業あったんだ。忘れてた。悪いけどちょっと実家に帰るからしばらく休む。戻ったら連絡する』


 なんだこの内容。昨日からビックリしっぱなしだよ。忘れてたってのにまずツッコミたい。寝坊とかならまだわかるけど、忘れてたって。しかもいきなり実家に帰るってなに。戻ったら連絡するってわざわざ書くってことは、一応は私と話をしなきゃってことはわかっているようで安心したけども。


 昨日、何があったんだろう。突然泣きだしてから、あいつは本当におかしい。彼女だけど、……いや、もう元カノだけど、あいつのことが全くわからない。

 泣きだすまではおかしなところなんてなかった。私がトイレに行っていたほんのわずかな間に、一体なにがあったんだろうか。

 あんな短時間であることといえば、メールや電話がきたとか? それでおかしくなった? どんな内容ならおかしくなるんだろう。泣きだして、挙動不審になって、別れ話を一方的に切り出して、授業サボって、実家に帰って。


 ……実家? 実家でなにかあったのかな? 実家というか、地元? 別れ話とか出てくるくらいだから、地元にいる子に何かあったとか?

 たとえばさ、幼なじみの女の子が彼氏できたよ報告とかしてきてさ、それ見た瞬間に嫉妬して自覚する恋心! 急いで地元に戻り女の子を取り戻そうとしている最中! とかだったらどうしよう。

 安直な妄想だし、あいつはそういうタイプじゃないと信じているけど、もしそんな事態になっていたら遠慮なくぶん殴ってやろう。


 ああでも、幼なじみ云々関係なしに、なんかドラマチックな展開があいつに起きていると困るな。

 私達の恋って特別なんかがあったから芽生えたわけじゃないし、付き合う前も後も穏やかなものだった。好きだなって思ったから一緒にいて、まったり過ごしていたもんなぁ。ドラマや漫画みたいな出来事が起こっていたら、私との関係なんてあっさり霞んでしまいそうだ。


 同じマンションに住んでいて、学科は違うけど大学は同じ。

 大学の食堂でばったり会った日、「あ、同じマンションの人だ。大学も一緒なんだなぁ」って認識したんだよね。それから会えば挨拶をするようになって、共通科目とか同じ授業のがいくつかあって、隣に座って話をすることも増えた。

 好きになるまでそんなに時間はかからなかった。別にあいつが特別かっこいいとかじゃないけど、高校まで女子校だったし、親しい男の人って今までいなかったもんな。普通に仲良くおしゃべりできるだけでときめいちゃったんだ。しかも接点多いし、気持ちが盛り上がっても仕方ないと思う。

 私の気持ちのはじまりはそんなもんで、特別な何かがあったわけでもない。だけどさ、特別なことがないと恋ってしちゃいけない? そんなわけない。

 あいつも私を好きになってくれた理由は知らない。たぶん、向こうも曖昧な理由だろう。よく話をするようになって親しみを抱いて、それが好きになったって感じにさ。それか私の好意に気がついて、気持ちが動いたとか。


 そういうので、よかったんだ。波瀾万丈な恋よりも、なんとなくはじまった恋を二人でゆっくりと確かなものにできたらよかった。


 そろそろ就活を意識しはじめているし、卒業して就職した後も恋人のままでいられるかって謎だったけど、続けばいいなぁってくらいには心地いい関係だったと私は思う。

 だからまさか、本格的に就活をはじめる前に振られるとは思わなかった。

 一体、何があったんだろう。さっぱりわからない。付き合っていても、あいつのことって知らないことのほうが多いんだって改めて実感したわ。


 あー……やだな。ぐるぐる考えるのやだ。身体を動かそう。昨日はシャドーボクシングで誤魔化したけど、今日は時間あるしジムに行こう。会員ならトレーニングルームもプールも自由に使えるんだよね。最初はダイエットのためだったけど、今は趣味だ。がっつり泳いで、疲れたぁってぐっすり寝れるようにしよう。


 ***


 あいつからメールが来たのは、翌週の木曜日だった。戻ったから授業終わったら連絡くれだってさ。私、今日は授業ないよ。あいつも知ってるはずなのにな。実家にいる間に曜日感覚狂った?

 とりあえず、「今日は休みだからいつでもいいよ」ってメールしたら、すぐに「じゃあ今からそっち行く」って返ってきたよ。

 もうパジャマから着替えてるし、だらだらした姿なんて何度も見られてるから別にいいんだけどさ、振られた後のはじめての対面で、ちょっとは私も緊張しているし、部屋片付けたりして少し改まった感じに会いたかったな。いつでもいいよって送った自分のバカ。

 宣言通り三分経たないうちにチャイムが鳴った。同じマンションに住んでるってこういう時に困るよね。心の準備する時間ない。


「ひさしぶり。あがって」

「……ひさしぶり」


 ドアを開いたら、どことなく困った顔をされた。なんだその顔。そっちが来るって来たんじゃん。私が困った顔をするならともかく、なんであんたが困る。

 しかも、なぜか靴をぬぐ時に少しだけためらったよ。元カノの部屋だからためらったのかもしれないけど、繰り返すけど来るって言ったのそっちだからね。

 部屋にあがってもらった後は、あらかじめ座布団を置いていた場所に促した。居心地がめちゃ悪そうだ。その態度が地味に私へダメージを与えていると気がついているんだろうか。


 この空気はダメだ。落ち着かない。お茶だ。お茶を用意しよう。絶対に喉が渇く。冷蔵庫から作りおきの麦茶を取り出して、二人分コップに注いだ。

 お菓子どうしようかなって思ったけど、この空気の中で何かを食べる気にはなれない。ってか、口の水分を持っていかれたくない。……麦茶はボトルごとテーブルに置いておこう。間が持たない時にガブガブ飲みそうだし。

 向こうも緊張かなんかで喉が渇いていたのか、麦茶を出したら「ありがとう」ってすぐに飲みはじめた。だよねー。

 お互いに喉を潤してから姿勢を正す。さあ、話し合いのスタートだ。


「この前はいきなり泣いたり自分勝手なことを言ったあげく、今日まで会いに来なくて悪かった」


 深々と頭を下げて謝ってきた。まぁ当然だよね。


「ちゃんと来てくれたから、とりあえずそれはもういいよ。事情が知りたい」


 そう。知りたいのは事情だ。じっとしていたらいろいろ考えちゃって嫌だったから、普段以上に身体を動かしまくったら痩せました。くびれがいい感じになったよ。これから夏になるから、ちょうどよかった! 振られた乙女としてはどうかと思うけど、うじうじ悩むのは性に合わないんだから仕方ない。


 背筋を伸ばしてしっかりと相手を見つめる。下げていた頭を上げたあいつとバッチリ目が合ってドキドキしているけど、がんばって見つめる。

 ――やっぱりなんか雰囲気変わった? 大人っぽくなったっていうか、存在感があるというか。別れようって言った時も、なんか大人っぽくて目にもすごい力があった。こういう変化も、私が振られる一因なのかな。


「お前よりも好きな人ができたから、もう付き合えない」


 ストレートに言い切った! 私の心にクリティカルヒットだ!! ダメージ甚大だ!!! 私以上に好きな人ができたからって理由は至極まともだし、ちゃんと言ってくれるのは誠実とも言える。だけどもう少しオブラートに包んでほしい。


「わ、わたしの知ってる人?」


 引きつった口元を手で抑えながら尋ねたら、「いいや」って首を横に振った。……私の知らない人か。ならやっぱ、地元の人なのかな。


「実家に帰ってたし、地元の人?」

「違う」

「え、違うの? じゃあなんで実家に帰ったの?」

「……久しぶりに親の顔を見たかったから」


 まとまった休みがある時はちゃんと帰っているのに、なんで急に? 好きな人が地元の人ってことを嘘ついてまで否定する理由はないだろうし、ご両親になにかあったのかな。


「親に何かあったとかそういうのじゃないから。ちょっと混乱してて、気持ちを落ち着けようと帰っただけだから」


 私がご両親のことを心配したのを感じ取ったのか、慌てて否定された。混乱してて落ち着こうって実家に帰るのはまぁわかる。やっぱ生まれ育った家は安心するもんね。


「混乱って、他に好きな人ができたことと関係ある?」


 頷かれた。そっか、やっぱあの日いきなり泣いたり挙動不審だったりしたのは、好きな人関連で何か混乱していたからなんだね。手を繋いで帰ったってのに、こいつの頭の中にあったのは他の女のことか。私は心配してたのになぁ。へこむ。


「どうしたのって、聞いてもいい?」

「……ごめん」


 だから、なんであんたがそういう顔するの。泣きそうな顔ができる立場は、私のほうなんじゃないの。話すために来たんじゃないの? なのに「ごめん」ってなに。聞くなって? 意味わかんない。


「その人と、付き合うの?」

「もう、会えない」


 湿りを帯びた声が震えた。ビックリした。だって、もう会えないって言ったよ。とっさに死って言葉が浮かぶじゃん。


「死んだとかじゃなくて、物理的な距離があって、もう会えないってことだよ」


 また私の表情を読んで言葉を付け加えてくれた。そっか。死んだとかじゃないんだ。よかった。振られたばっかで元カレの恋なんて応援できないけど、死別とかそんなつらい思いはしてほしくない。というか想像もしたくない。


「物理的に距離なら、がんばれば会いにいけるんじゃないの?」


 まだ学生だから自由になるお金は限られているけど、逆に言うなら親に養ってもらっている私達は自分でバイトしたお金は全部自分のものになる立場だ。少なくともこいつはそうだ。それに二年生までに取れるだけの単位をとっているはずだし時間もある。なら、がんばってバイトしたら物理的な距離……海外とかでも会いに行けるんじゃないのかな。私を振ったんだから、がんばれよって思っちゃうよ。


「あの子と生きるよりも、この世界での日常を選んだから。……選んだ時点でもう、どんなに努力しても永遠に会えない」


 選んだ? 好きな人より、日常を選んだ? 日常って、私込みじゃないの? 私を選んだってことじゃないの? いや、振られたしそれは違うか。でも、好きな人を選ばなかったなら、その程度の想いってことじゃないのかな。なのに、私よりも好きなの? ……私への好きって、どの程度だったんだろう。他の女友達よりは好き程度だったとか? もしそうだとしたらショックだ。


 ってか永遠に会えないとか言いすぎじゃないのかな。そういう覚悟をしたってこと? よくわかんないけど、ものすごく悲壮な顔されちゃったから思わず姿勢を正したよ。悲壮って、ああいう表情のことを言うんだってはじめて知った。そんな顔するならどうしてその子を選ばなかったの?

 あ、泣きそう。喉をグッと熱いものがせり上がってくる。ダメ。泣きたくない。麦茶をコップたっぷりに入れて、一気飲みして涙ごと流し込む。


「ぷはっ。……あー、えっと、なんかいろいろ話せないことがあるみたいなのがむかつくけど、あんたに他に好きな人ができたことは理解した。私も自分以外を好きな相手と付き合いたくないし、別れることも納得した。だからもういいよ。今日は帰って」


 一人になったら体を動かそう。ってか、ジャージに着替えて走りに行こう。そうしよう。


「怒って、殴ってもいいぞ」


 真剣な顔でそう言われた。むくれた私がたまに「むかつく! ぶん殴る!」とか言うからだろう。でも実際にぶん殴ったことなんてないじゃん。だって、殴るとか怖いよ。殴られるのはもちろん怖いけど、殴るのだって怖い。シャドーボクシングか、実際に殴るにしてもサンドバックでいい。……あ、ジムにサンドバックあった。それ殴りに行こう。


「いやだよ。リアルに殴ったりとかしたくない」


 自分の手のひらに視線を落としたあいつが、小さな声で「そうだよな」ってつぶやいた。その姿が、私の知っている人とは違うように見えたよ。なんでだろう。


「……じゃ、帰る」


 しばらく沈黙した後、立ち上がってあいつは私に背を向けた。その背中に、なんて言葉を投げかけるべきか迷う。さようなら。バイバイ。じゃあね。別れの言葉はなんだか嫌だ。


「また、大学で」


 だから、そう言った。恋人という関係は終わっても、私達は同じ授業をとってるんだから大学では必ず顔を合わせる。会えなくなるわけじゃない。友達というわけにはいかないけど、他人になるわけでもない。そうでしょう?

 ビックリした顔で振り返ったあいつは、ひとつ瞬きしてから今日はじめて柔らかな笑顔を向けて、「ああ、また大学で」って言ってくれた。


 ***


 あいつは翌日からまた大学に出てくるようになった。一週間以上休んだことを周囲に心配されていたけど、適当に言い訳していたみたいだ。

 私達が別れたことは、隠す必要はないけど、自分達からわざわざ言う必要はないよねってことで意見が一致した。「彼氏はどうしたの?」って聞かれたら「別れちゃった」とサラッと言えばいい。

 恋人同士ではなくなったけど、お互いいつもの大学生活に戻った。――はずなんだけどね。


 やっぱり、あいつはなんかおかしい。

 顔見知り程度の私の友達の顔や名前を忘れているのはともかくとして、自分の友達のことも結構忘れているっぽい。特別親しかった人は覚えているようだけど、授業が一緒だからよくしゃべるって人は記憶が曖昧みたいだ。元カノの私に「あいつ、どうしたんだ?」って質問が舞い込むのは勘弁してほしいんだけど。

 あと、大学やマンションの近くで挙動不審な行動をとっている姿を何度か見たよ。よく使ってるはずなのに、食堂のシステムに戸惑っていたりしていた。


 一番ビックリしたのは、キャッシュカードの暗証番号を忘れたらしくて銀行に照会しに行こうとしていたあいつが、通帳と銀行印をどこに仕舞ったか忘れたって私に聞きに来たことだ。いや、私そんな大事なこと知らない。いくら元カノでもそんなお金に関することは知らない。後日、通帳も銀行印も見つけてパスワード照会できたと喜んでいたけど、いろんな意味で大丈夫か。

 そういえば、部屋の暗証番号も変えておけと言ったが、変えたんだろうか。ちなみに私は変えた。乙女は防犯意識が高いのだ。


 そんなこんなで、あいつが元カレになった今でも、ちょっとした関わりはある。私があいつをそれなりに意識しちゃっているから、あいつが視界にはいってきやすいせいかもしれない。挙動不審なことをしていたら、ちょっと心配で見守ったり声をかけてしまうのは仕方がないと思う。

 なんというか、あいつの不自然さは、久しぶりにここに帰ってきたから細々したいろんなことを忘れて戸惑っているように見えた。実家に帰った一週間ちょいいなかっただけなんだけど、何年も大学に通ってなかったかのような様子なんだよね。大学どころか、日常生活の端々で物慣れない感じがする。

 ホント、どうしたんだろうな。心配になったから、頭打って記憶混濁したり病気になったりしてない?って聞いちゃったけど、ビックリした顔の後に、違うって苦笑された。じゃあどうしたんだって聞いたけど、なんでもないって流されちゃったよ。言う気はないんだろうな。


 あー……ってか駄目だね。別れたのに、あいつのことを気にしてる。視線が向かう度に、未練あるんだなぁって実感して落ち込むわ。

 まぁあいつに他に好きな人がいたとしても、もう二度と会えないって言うくらいなら、がんばって再アタックかけてもいいんじゃないかなって気もするけど勇気が出ない。


 だってさ、私知ってるもん。あいつが思い出のハーブティーを探していること。

 最初はスーパーでいろいろと買い込んでいたのを見かけた。数日後、パッケージが空いた状態のものを「いる?」ってもらった。なんでも、探しているハーブティーがあるけど、どれも違ったらしい。


「……紅茶やハーブティーのお店とかで相談したらいいんじゃないかな」

「紅茶? ハーブなのに?」

「ハーブティー取り扱っている紅茶専門店もあるよ。調べてみなよ」

「うん、ありがとう。助かった」


 うれしそうなのに、どこか切なげな笑顔だった。そのハーブティーを探しているのは、好きな人に関連してのことなんだろうなって、なんとなくわかった。その子との思い出のハーブティーの名前くらい知っておけよと思うけど、わからないのにこうやって探している姿が、悔しかった。

 あいつはまだその人のことが好きなんだ。そばにいる私より、遠くにいるその子のほうが好きなんだって思い知らされる。思い出のハーブティーなんて見つからないといいのに。それとも、見つけたほうが気持ちに区切りがつくのかな。


 ……あいつの好きな人は誰なんだろう。どこで出会ったんだろう。どうしてもう会えないんだろう。数年のブランクがあるような物慣れなさも気になるし、疑問はたくさんある。


 それでも、あいつが当たり前にここにいる日常が、今更だけどなんかうれしかった。


次は帰ってきた元勇者視点。

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