閑話 なんだかんだで優しい弟の話
「(……くそ、しくじったぜ)」
地面に倒れた翔が、空を見上げながら思う。その体は傷だらけだ。翔の近くには、先ほどまで戦っていたモンスターの死骸がある。
害虫駆除を依頼された翔だったが、思った以上に苦戦してしまい、魔力を消耗してしまった。今、翔の体にはわずかな魔力しか残されていない。
「(ここまで魔力を消耗するなんてな……。こいつら、意外とやりやがる。魔力切れになるまで追い込まれるなんて、いつぶりだ?)」
翔はそう思いながら、どうやって帰ろうか考えていた。しかし、魔力切れの体では、意識を保つのがやっとだ。これを解消するには、涼から魔力供給してもらうしかない。
「(涼に連絡取ろうにも……今のままじゃ無理だな。……くそ、そろそろ意識が……これ以上は、保てな……)」
翔は魔力切れの影響で、意識を失ってしまった。意識を失った翔の周りでは、倒されたモンスターの仲間が翔を狙いに来ていた。
どのくらいの時間が経ったのか。翔は暗闇の中で、自分を呼ぶ声を聞く。
「……さん! 兄さん!!」
翔が目を開けると、そこには心配そうにこちらを覗き込む涼の姿があった。翔の意識が戻ったのを見て、涼は一安心した様子で溜め息をつく。
「……涼?」
「もう、心配かけないでくださいよ。嫌な予感がして来てみれば、モンスターに囲まれてたんですよ。こんな状態になるまで戦わないでください。万が一死んだらどうするんですか」
涼は翔にそう言いながら、翔に肩を貸し、その体を起き上がらせた。
「大丈夫ですか? 歩けますか?」
「……あぁ。少しはな」
涼が魔力供給をしてくれた影響で、少し体は楽になっていた。涼の肩を借りながら、翔は少しずつ歩いて行く。
少しずつではあるが、翔と涼は歩いて事務所へ帰っていく。周囲にはモンスターの死骸が増えていたが、翔はそれに気づかないまま、歩いて帰るのだった。
事務所に帰ってきた涼は、まず翔の部屋へと向かった。部屋に入るなり、翔をベッドに寝かせ、もう一度状態を診た。
「……怪我自体は大したことないみたいですね。体の方はどうですか? まだ重いですか?」
「まぁ……さっきと比べりゃマシだ。お前が魔力供給してくれたからな」
「いつも言ってますが、あまり私の魔力をアテにしないでもらいたいです。……今回は仕方ないですけど、今度から気を付けてくださいよ」
涼は翔にそう言った。説教にもとれる言い方ではあったが、それは涼が翔を心配している証拠でもあった。
涼は翔のことが嫌いだ。だから喧嘩ばかりしている。しかし、心の奥底から翔を嫌いになりきれていないのも事実だ。なんだかんだ嫌いだと言いながら、心配して現場に駆け付ける辺り、涼の優しさがうかがえる。もちろん、翔は涼の優しい部分を良く知っていた。
「……お前、相変わらずだな。俺のこと嫌いなくせに、よくここまでやるよ。……なぁ、涼」
ベッドに横になった翔が、涼に話しかける。
「お前、俺のこと嫌いなくせに、よく一緒にいられるよな」
「……なんですか、急に」
「いつも思うぜ。嫌いな奴となんか一緒にいたくねぇだろ、普通。それなのに、お前はこうやって俺と仕事して、生活している。優しいやつだよな、本当」
翔の言葉に対して、涼は翔から目を逸らして呟く。気恥ずかしいのか、小さな声で。
「……本当に嫌いだったら、一緒に生活なんてしてませんよ」
「あ? なんか言ったか」
本当は聞こえていたが、翔はわざと聞こえなかったフリをして涼に尋ねた。涼は、わざとらしく咳払いをして言う。
「なんでもありません。うるさいですよ。怪我人は大人しくしててください。……私は仕事片付けにいってきます」
「へいへい。大人しくしてるから、さっさと行ってこい」
涼は翔の部屋から出て行った。残された翔は、先ほどの涼の言動を思い出して、一人面白がっていた。
人一倍優しいが、その分強がるのが涼の癖だ。先ほど、涼が自分を名前ではなく「兄さん」と呼んだことも聞き逃さなかった。あれは、切羽詰まった涼が発する、翔への「本当の呼び方」だ。それが出るほど、今回涼は焦っていたのだろう。
「(俺は毎回兄さんって呼ばれたいけどな。……涼は嫌がるだろうが、わざと魔力切れになるのも悪くないかもな)」
翔は思わず、そんなことを考えていた。同時に、涼の本心が分かって少し安心した部分もある。
「(……さすが、俺の自慢のかわいい弟だ。これからも大事にしてやらないとな)」
意外にも弟想いな兄は、先ほどの弟の言動を思い出し、静かにそう思った。
涼は、昔からいじめられることが多かった。そんな涼を守ってきたのは、他でもない兄の翔だ。恐らく、涼はこのことを知っているからこそ、翔を本心から嫌いになれないのだろう。
「(今回はさすがに俺のしくじりが原因だしな……。あとで埋め合わせしといてやるか)」
翔はそう考えなら、少し休むことにした。目を閉じ、眠りの姿勢に入る。翔はそのまま、しばらく眠りにつくのだった。




