3. 攫う理由
「では、聞かせてもらおうか」ソファに腰を下ろし、その長い手足を組む。
「幼い子供、特に容姿の良い子供ばかりが狙って攫われてる」
「ただの誘拐事件だ」ルシャージャが即座に返す。
「ああ。それだけなら、な」男はルシャージャの目を真直ぐに見つめた。「それだけなら、ただの誘拐事件だった」そこで一度、言葉を区切り、チラリとルシャージャの顔を窺う。ルシャージャは無反応。
ルイスが自分の顔を窺っている事に気付くと、黙って続きを促した。
「ただの誘拐事件。それなら、どれだけよかったか・・・いや、誘拐事件が起きている時点で何もよくはないんだが」
「いい加減にしろ、ルイス。話す気が無いなら帰れ」
重い溜息を吐いた男――ルイスに対し、ルシャージャは早く話せと冷たく返す。
「御免って」困ったように笑い、頭をかく。「なあ、ルシャージャ、子供を攫う理由って何がある?」事件について話す流れで、問い掛けが来るとは思っていなかったようだ。微かに目を見開き驚いた彼女に、小さく笑う。悪戯が成功したような気分だ。
「いいからほら、答えて」彼女の顔に関係ないだろう、と出ていたが、無視して促した。
その直後、ルシャージャは少しだけ目を伏せる。それは、彼女が考える時の癖だ。ルイスの問いに、必要なのだと察したらしい。
伏せられていた目が、直ぐにルイスに向く。伏せていた時間は短く、一瞬と言っても差し支えないだろう。ルシャージャが口を開いた。
「身代金目的。誘拐の動機となると、金に困って攫ったのが多い」経験談だろうか。彼女の事だ。データを取ってみたのかもしれない。
きっと今、大量の情報を確認する為に、彼女の頭は凄い速さで稼働しているだろう。一度、中を覗いてみたいとルイスは思った。叶うとしたら、彼女の死後、だろうか。その場合、腕のいい執刀医と己の方がボケる事無く長生きする、という条件は付くが。
「他には」
「人身売買。以前、攫って奴隷にした、というものがあった」続けて投げかけられた問いに、直ぐに答える。目を伏せず、間が開かずに帰って来た事から、最初の返答は一通りの可能性が浮かんでからしたのだろう。
「それから、怨恨。子供に、というよりは親に恨みを持っている者が子供を攫った。相手が大人なら、子供の方が攫うのが容易いから」
「あとは・・・食人用、とか?」
ルイスの身体が強張る。
揶揄う様な、声色だった。数多の可能性から可能性の低い、突飛した発想のものを敢えて選んだのだろう。性格が悪いなと思う。否、自分も人の事を言えた義理ではない。
断られないよう、ルイス自身が依頼の交渉に来て、彼女が己に強く出られない事を利用して引き受けさせたのだから。これで済むのなら優しい方だ。
「考えようと思えば他にも色々と在るだろうが・・・これでいいか」ルシャージャが少し不満気に言った。
この友人は、証拠や確証の無い話をする事を嫌う。唯の空論でしかないそれを、無駄に話さぬようにしたいのだろう。ルイスが満足しているかどうか、ぎりぎりを狙ったのだ。本当、頭が切れる奴だと思う。
「ああ」ルイスは満足気に微笑んだ。
この質問は、ルシャージャならば必要無いだろうが、念の為に、確認しておきたかった。その方が、スムーズに進むだろうと思っての事。
「ルシャージャ。子供を攫う理由。これに、幾つかの条件を追加する」
「これ、まだ続くのかい。条件・・・ね」面倒そうに呟く。
「狙うのは整った顔立ちの子供」ルシャージャは眉をひそめる。彼女の様子に構うことなく、ルイスは続けた。「そして、攫われたのは、年齢が2桁にもならない子が大半で、2桁の子供はごく僅か」
「この条件で、浮かぶ可能性は?」スゥ、とルシャージャの瞳が細められた。
「身代金目的では無いだろうな。整った顔立ちである必要は無い。それよりも、家族仲の良い家の子供を狙う方が成功率は上がる。怨恨も同様。子供の容姿に拘る理由なんて無い」考えを纏めているのだろう。要らない情報を言葉にして捨てている。
声に出したのはそれきりで、その後に一言、二言声に出さずに口だけで言う。その中の一つを執拗に気にしている様だ。
彼女はその言葉の何かを確かめる様に、数回、同じように動かした。舌の上で転がして確かめているのかもしれない。何か納得した様にもう一度呟き、口を閉じた。
「・・・何も言わないのかよ。言えよ。気になるだろ」
「嫌だ。確証が無い」
はあ?と秘密主義な友人に不満を漏らす。
「そんな事はどうでもいいんだ。この誘拐事件の被害者は、君が追加した条件。それをクリアしている。そう、取っていいんだな」
「あ、ああ。その通りだ」急に変わった話に戸惑いつつも頷く。「今回攫われた子供は皆、整った顔立ち。十0にも満たない子供ばかり」
「となると、攫う子を選んでいるのは確定、かな」片手を口元に動かす。「攫われた子供は皆、容姿が整っていた。これに例外は?」
「否、無い。攫われた子供全員」ルイスは即座に否定する。実際、親等、家族全員。近所の住人に聞いて回ったが、とても可愛らしい子だった、という返答だった。家族だけなら身内だからという可能性もあったが、近所の人まで言うのだから身内贔屓だけでは無いだろう。
「そう」何かを考えているらしい。ルイスが呑気に観察していると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「ルイス。攫われる範囲、あと、子供の年齢の幅。それと、男女比。ああ、それから、種族は?さっきの条件に入っていなかったから、特定の種族しか被害に遭っていない、なんて事は無いんだろうけど。偏っていたりはするの?この種族で攫われた子は居ない、とか」
「待って。速い。多い。順番に」
「いいから早くして」
急に饒舌だな。と少し引いた様子のルイスに催促するルシャージャ。
「はいはい。えっと、範囲、はこの街。あと、年齢の幅、だったか」
何でそんなものを、と訝しみながらも目を閉じる。思い出す時は目を閉じた方が早い、というのがルイスの意見だった。
実際、そちらの方が数秒速いのだから面白い、とルシャージャは思った。彼女は過去に、計測した事がある。
「・・・四歳から十四歳まで。女が殆どで、男はごく僅か。人間が多い。攫われていないのは特異族。数が少ないし珍しいからな。可笑しくはないさ」
「年齢が十を超えている子の数」
「それは二人」
少し時間が掛かったのは、纏めて思い出していたからだ。
何時もルシャージャの記憶力に驚いているが、ルイスも大概、規格外である。二人の他の友人に言わせれば、大差ないらしいが。つまりは、両方、頭が可笑しいと。歯に衣着せぬというのはその友人の美点だが、少しは着せた方が良いのでは思う事がある。
「ふうん。特に可笑しなところはない、か。この街、特異族は居ないから。仕方が無いね」
特異族――それは、種族をグループ分けした際に出来たグループ。その一つである。
ヒト族。人間が体のつくりのベースになっているもの。その数は他と比べて圧倒的に多い。当て嵌まるのは、人間や獣人等。
亜人族。長命種が多いからか、どこか感情に疎い者が多い。入るのはエルフやドワーフ、人魚等。数は全体で見れば少ない寄り。
特異族。魔法等、何かに特化している者が多く、絶対数が圧倒的に少ない。降り分けられるのは伝説等の話に出てくるような種族達。ドライアドならばある程度友好的に関わることが出来る。だが、それ以外は壊滅的だ。
「へぇ、居るかどうか把握してるのか」
「自衛の為にね」
他種族にあまり姿を見せず、それぞれ里のような物を持ち、そこで暮らしている。希に、街で暮らしている者も居るが。
自分から人と関わりたがらない彼女が何故知っているのかと思ったが、関わりたくないという理由に納得する。
(まあ、さして興味も無い厄介事に巻き込まれたくはないわな)
俺も出来れば関わりたくはないな、とルイスは思う。
「というか、調べたって、お前・・・どうやって調べたんだ。住民票は一般の閲覧は出来ない筈だが」ハッとして追求しようとするルイスに、ルシャージャは不味いと顔を顰める。
「別に、どうだっていいだろう。それよりも、他に情報は無いのか」分かり易く話題を変えた。
話を変えた事は気に食わないが、必要ならば仕方が無い。
犯罪はしてないだろうな、とぼやきつつルイスは口を開いた。
「これは不確かな情報なんだが・・・攫われた子供を、見た人が居るらしい」ピクリと、彼女の眉が動いた。
へぇ、と声を漏らし、綺麗な目が細められた。語尾が上がっている。
どうやら、気難しい探偵様の興味を引けたらしい。ルイスは安堵の息を吐いた。
「ただまあ、それがあまり信用できなくてね。見たのは一瞬で、服もボロボロだった。それに、体に火傷が在ったって言うんだ。割と大きいやつ。見間違いじゃないか、何度も確認したんだけど、あれは娘だった、間違える訳が無い。って、娘を見たの一点張り」
「信用できない、というのは何故?」
犯罪はしていないと返しつつ、疑問を告げる。
「その人、かなり精神が不安定だったんだ。何日も寝れていなくて、憔悴しきってる。そんな状態だから、見間違えてもおかしくない」
「でも、君は信じている、と」
「は」
「顔に書いてある。でも、顔だけじゃないさ。見間違いなんかじゃない、その主張を隠しきれていない」
「そうか。悪い」
気付かなかった。そのまま、何が悪いのかも解らないままに謝罪を口にしていた。
「・・・なあ、お前も・・・お前も、見間違いだと思うか?」俯きがちに問う。
ルイスとしては信じている。否、信じていたい、という方が正しい。見たと言っているのは、その母親一人だけで信憑性は無い。一人の証言だけで組織を動かして捜査は出来ない。
ルイスの葛藤を余所に、ルシャージャは口を開く。
「さてね。親の眼力は侮れない。他人の子の判別はつかなくとも自分の子は可能。そういう親は大勢居るからさ」ルシャージャの言葉に、ルイスは顔を上げた。「但し、それを手放しに信じるつもりもない」続けられた言葉に、自然と肩が落ち、がっかりした。
「当たり前だろう。探偵として、全てを疑うさ。でも、君は信じたっていい。否、寧ろ、信じていた方が良いな」ルイスの分かり易い反応に呆れた調子で返される。
「どういうことだ」
「疲弊している状態で見た物を疑われる、というのは案外疲れる。心無い言葉を浴びせてくる者だっているかもしれない。一人でも良い。信じてくれる存在が居るだけで幾分かマシになるから」
意外だった。自己中心的で周りを気にも留めない彼女から、こんな言葉が出るとは。
「経験談だよ。人は辛い時に優しく寄り添われると、それだけで救われる。そして、相手に心酔する。盲目的にね。離れさせるのが大変だった」
違った。優しくした側らしい。きっと、依頼か何かだったんだろう。依頼内容を聞き出すのに、メンタルケア紛いの事をしているところを以前、目撃した。
「私は、他人の意見に流される気は無い。飽く迄も、参考程度。だから、今のままではなんとも言えない。でもまあ、・・・見間違いじゃない。その可能性はあるだろうね」
「っ、本当か⁉」
「落ち着け。その親の主張が間違っている。それだと違和感が在るだけだ。それにしても、見間違い・・・幻覚か?それなら、少し厄介だな」最後はほとんど独り言のように呟いた。事実、独り言だったのだろう。
「厄介・・・?」
「ああ。幻覚は、本当に視界に映る。だから、見たという主張に、嘘はない。見た者にとってはそれが真実で、決して、嘘などではないのだから。たとえ、見た物が存在していなかったとしてもね。事実と違う事を嘘だと言うのなら、これは自覚の無い嘘だ」
「自覚の無い嘘・・・」また、復唱する。
人が言葉を復唱するのは聞き返したいから、それか、その言葉を咀嚼するのに時間が掛かっているから。これは、後者だった。
「そう。だから、その場で見抜きようがない。見抜きたければ、他の証言、証拠、全てを照らし合わせる必要がある。事実と違うなら、必ず矛盾がある。まあ、見つけられるかどうかは不可能に近いんだが」面倒そうに言う。
「随分と弱気だな」
「事実だから。難しいんだよ。私でも誰でも、ね。出来ない事で見栄を張っても意味が無い」手をひらひらさせて無理だとアピールする。
ルシャージャが言いきるという事は、本当に難しいんだろう。
実力は正当に評価する。それが彼女のスタンスだった。
「で、どうだ。普通の事件じゃないだろう」
「そうだね。でもまあ、想定外という訳ではないかな」若干前のめりになったルイスの頭を鬱陶しそうに押し戻しながら、肯定する。
「なんだ。全く驚いてないな」
「まさか。驚きはしたさ。でも、ありふれた事件ではないという事は、君が来た時点で分かり切っていたことだから。ところでルイス、普通の事件とは何だい?何が普通で、何が普通じゃないのか。どういう定義で決められているんだい。君は一体、どう使い分けているのか。私は、そちらの方が気になるんだけれど」どうやら、彼女は、事件の内容よりも『普通の事件』の定義の方が気になっているらしい。
「ちょ、ルシャ、ルシャージャ、ルシャージャさん、ストップ!」これについては、彼女の性格を解った上で不用意な発言をしたルイスが悪い。
「落ち着いたか」
「ああ」
ぜー、ぜー、と効果音が付きそうな程に疲れ切り、肩で息をするルイスに対して、けろりとしているルシャージャ。
暴走しかけた彼女を止めるのは体力勝負である。ひたすら質問攻めをいなし続けるだけではあるのだが、終わりの見えない押し問答の中で気を保つというのは中々に疲れる。
それでも、何時ものルイスならばここまで疲れる事はない。
想像以上に疲弊しているな、と呑気に観察しているルシャージャ。何時もなら、観察しつつお茶等を飲むのだが、生憎、切れているもので、手持ち無沙汰なのだ。
「・・・で、どう思う」息を整えたルイスは、真剣な顔を作ってルシャージャに尋ねた。
「そうだね、後処理含め仕事量の多そうな事件だ。早く解決しないと被害者の家族達が煩いだろうな」
「嗚呼、もう既に騒いで・・・じゃなくて、お前の感想だよ」
「矢張りか。面倒そうな依頼を引き受けてしまった、と後悔している」
呆れた様に突っ込むルイスにさらりと答えたルシャージャ。
「お前、解っててやってるだろ」
「当たり前だろう。私は、馬鹿ではないからね」即答だった。にこりという言葉がぴったりな微笑み付きで。
ルイスはそれを見て一瞬、頬が引き攣ったが直ぐに戻る。ルイスがこの友人と長く続いているという功績には、彼の切り替えの早さが貢献していた。
「そうか。んで、さっき納得してた理由は。ほら、黙ってぶつぶつ言ってたやつ」
忘れていなかったか、とルシャージャは小さく溜息を零した。
条件を聞いた直後の話だろう。というか、黙っているのか話しているのかどっちなんだ。だがまあ、あれを言葉で表現するとなると、黙って話しているとしか言いようがない気もする。
数秒の沈黙の後、ルシャージャが口を開いた。
「奴隷商」
それは、ルイスに聞かせる為のものだった。
次話は30日18時に投稿。
よければ評価、感想お願いします。




