2. 誘拐
馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。
思わず頭を抱えたくなった。動かないから無理だったけど。
いやまあ、確かにね、凄い眠たかったけどさ。よく寝られたな。自分で言うのも何だけど、図太過ぎないか僕。普通は眠くならないし、なったとしても寝ないだろ。知らない所でおやすみ、は警戒心無さすぎる。どうかと思うよ。自分の事だけど。
・・・・って、うわっ
「~~っ」
ガタッ、と大きく揺れる。その衝撃で、ひやりと冷たく硬い何かに体当たりした。
声にならない悲鳴が漏れる。痛い。凄い痛い。背中から激突だよ、しかも今ので何かが落ちてきて足に乗ってる。なにこれ。重いんだが。
てか、あれ、待った。揺れが止まってる。それに、ずっと聞こえてた謎のぱかぱか音も止んでる。
僕が居る何かの動きが止まった、のか・・・。うん、多分そうだな。ずっと動いてたみたいだし。でも何で。てか車ってこんなに揺れるものだっけ。あ、目的地に着いたのかな。
そう思っていたらまたゆっくりと動き出し、直ぐに止まった。
見えない、動けない状況で出来る事は限りなく少ない。どうしようかと考えていると、声が聞こえた。人の声。
どうしようか。情報があれば現在地等、何か分かるかもしれない。
幸い、耳は塞がれていない。何もしないよりはいい。
背中にある何かに体を押し当て、聞き耳を立てる事にした。
「はーい。止まってね~。ちょっと中、確認しますね。すみませんが、少々お待ちください」
思考を止めて、数秒後。聞こえてきたのは男の明るい声だった。人好きのするもので、少し芝居掛かったおどけた調子の、声。
その後に、聞こえにくくはあったが、それを了承する別の男の声。大声を出している感じではなかった。もう一人の男の方が、距離が近いのかもしれない。運転手だろうか。
それはそうとして、これなら態々耳を澄ませなくとも黙っていれば聞こえてきそうだ。そして、普通に話すならここまで大きくなくとも良い気がする。そんな些細な違和感は直ぐに消え去って、声の続きに意識を戻す。
「はい、じゃあちょっと確認しますね」
先程と同じ声がし、その後で微かに足音が聞こえた。硬い地面を、スニーカではない。これまた少し硬い靴で歩いたような足音だった。
ばさ、と布を捲った様な音がした。ぎ、と少し軋む音がして、誰かが乗ってくるのが分かった。
どうしよう、助けを求めるか。否、僕を攫った側の人間だったらどうする。
近くで物音がする。声は出ないけど、大きめの音を立てたら気付いてくれるかもしれない。
イチかバチかだ。
ずりずりと芋虫の様に動いてどうにか壁から離れ、背中を全力で叩き付ける。
ドン、と大きめの音が出た。よし、これで気付いてくれる筈。
「ん、どうしました」
「ああいや、すみません。何か物を落としちゃったみたいです。よっと・・・」
「そうですか」
「にしても、立派な幌馬車ですねぇ」
「はあ、ありがとうございます」
・・・・・・え・・・なんで。違う、何も落ちてない。そんな音しなかった。だって、今僕が起こした音しか聞こえなかった。‘‘物を落としちゃった‘‘なんて、まるで『自分が落とした』みたいな言い方じゃないか。それに、話しながら僕の足乗っていた何かを退かしてくれた。何で。気付いてるのか・・・分からない。
それに、待ってよ近い方の人の発言・・・
‘‘にしても、立派な幌馬車ですねぇ‘‘
‘‘立派な幌馬車‘‘
ほろ、ばしゃ・・?・・・・幌馬車・・・?聞き慣れないけど、想像している馬車でいいのか。それとも、何かの隠語、的な物なのか。流石にミステリーの読みすぎかな。これは現実。フィクションじゃない。
というか、もし幌馬車なら・・・僕、馬車に乗ってるの?・・・・・・って事は、あの酷い揺れは馬車だからか。いやいやいや、在り得ないって。
なんて、現実逃避していても仕方ないか。
つまりあれか。僕は馬車に乗っていたのか。揺れが大きかったのも車じゃなかったなら納得だけども、だったら僕、何で酔っていないんだ?乗り物酔い酷いのに。・・・・・・・・うぇ・・・理解したら今更気持ち悪くなってきた。あー、馬車に乗るなら酔い止め欲しかった。いや無理か。誘拐犯側が態々そんなものを用意する訳ないな。というか、記念すべき初の馬車が誘拐とか・・・最悪だ。
莉里が考え込んでいるのをよそに、世間話と‘‘確認‘‘はどんどん進んで行く。
どうしよう。もう一度音を立てるか。否、駄目だ。一度だけなら寝ていた、寝惚けていた。等と言い訳できるが、流石に二度もは言い逃れられないかもしれない。少なくとも、不信感は持たれるだろう。
「はい、変な物はないですね。どうぞ」
「ああ、どうも」
物音が止む。そして足音も何となく感じていた人の気配も遠ざかって行った。
ああ、そうこうしている間に終わってしまった。
あれから暫くして、人のざわめきが聞こえるようになった。街に入ったのかもしれない。
僕を乗せている何かは、相も変わらず揺れている。けれど、街に着いてからは少しマシになっていた。舗装されているからかな。それでも揺れは消えないけど。
それから暫くの間、黙って揺られた。結局あれ以来、特に止まったりする様な事は無かった、と思う。言いきれないのは、途中で寝落ちしたから。意識が無い状態で確証は持てない、けど、呼び止められる様な事があったら起きるだろうとも思う。
幾ら僕が図太くとも、この状況で深く眠れはしないだろう。しないと信じたい。
そんなことがあって、次に目を覚ましたのはこれまた知らない場所だった。
視界いっぱいに映る土を見て、察した。また寝てたらしい。
馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。睡眠不足とかではない筈なんだけど。ロングスリーパーでよく寝てるし。
思わず頭を抱えた。
既視感のある思考と行動だな。
って、あれ。
頭、抱えてる。という事は、今は縛られていないのか。そういえば、目隠しも無い。視界良好だ。やっぱ嘘。上を向いたら眩しかった。
手足が動くのを確認して、体を起こす。
うう、頭痛い。血が上ったとかか。いやでも逆さ吊りはされてないしな。横になっていた体を急に起こしたからか。どうだろう。多分、というかほぼ間違いなく寝過ぎなんだろうな。
手で目元を覆い、痛みが引くのを待つ。
・・・・・・よし、治った。
明かりに目が慣れてから気が付いたが、ここはそこまで明るくはないらしい。さっき眩しく感じたのは、ずっと目を閉じていたから驚いただけだろう。
手を退かし、改めて周囲を見回す。
真っ先に目についたのは太い鉄格子が嵌め込まれた一面。鉄格子はその面全体嵌められているかのように思えたが、左側の端。そこだけ、鉄格子ではなく木の壁の様だ。幅は本当に少しで、90度曲がった壁に背を隙間なく押し付ければ、外からはギリギリ見えないだろうという程度。まあ、それに対してはそこまで興味は無い。それよりも、と気になる物の方に視線を向ける。
鉄格子。目新しいそれに、視線が向く。何だこれ。牢屋しか頭に浮かばない自分の想像力の貧困さに呆れが浮かぶ。
鉄格子を近くで見ると、端の方に開けられそうな箇所がある。出入口かな。開けられるかな~と思ったが、残念ながら鍵が掛かっていた。
流石に開かないか、と考えつつ何とはなしに壁に手をついた。ら、そこまら軋む音がして、慌てて手を放す。
建物の中みたいだけど床は無く、足元は全部土。
家具っぽい物は、在るような無いような。隅の方、壁際にそこそこ大きい木の板が二枚重ねられていて、その上から薄い布一枚掛けて隠してあった。ベッド・・・なのか。これは。気になって捲って見たら、まさかの木の板で吃驚したよ。
まあ、元々狭いし、家具もそんなに置けないだろうけど、だからってこれはどうかと思う。
というか、ここって独房みたいだな。刑務所とかにある。いやまあ、鉄格子に引っ張られてるだけなんだろうけど。こういうので喜ぶのは可笑しいのかもしれないけど、少しテンションが上がった。何だろう。見慣れないからか。非日常感があって楽しい。楽しんでる状況では無いんだろうけどさ。やっぱり僕は図太い気がする。図太い、よりはズレてる。か。友達から、こういう評価を散々受けた気がする。聞き流してたから忘れたけども。
危機感を持った方が良いのだろうか。でもまあ、ここで不安にならない時点で手遅れな気はする。
そういえば、さっきは気が付かなかったけど鉄格子の先、向かい側もここと同じ様な作りになってる。
視線の先、通路のようなところを挟んだ先に、僕が今居るところと全く同じ作りの部屋、なのか・・・うん、部屋がある。
というか、これ・・・・・・やっぱりそうだ。
一通り見て、満足したところで、残っていた疑問に思考を向けてみた。
確認の為に動かした視線は、自分の体で固定された。
ここで目が覚めてからずっと、違和感があった。服が変わっている。
最初、謎の草原で目覚めた時はパーカーだったのに、今は丈の長い白の服一枚だけ。色褪せていて、少し草臥れている様に見える。というか、これ、ワンピースっぽいけど気のせいか。いや丈が膝下だし気のせいじゃない。サイズが大きい可能性もあったけど、肩幅は少し緩い程度だしサイズが合わない訳じゃない。うん。これワンピースだわ。
・・・いや何でだよ。僕男なんだが。女装が好きという訳でも無いし。本当にどういうこと。
何でズボン履いてないの僕。このスースー具合はズボン無いやつ。さっきここを見た時に自分の服は無かった。念のため周りを確認したけど、自分のどころか衣服らしき物は無し。ズボン無かった。何で。
等と脳内でふざけつつ、ずっと真面目にしていましたよ、と言わんばかりの顔で状況把握に努めていた時だった。尚、本当は考えもしなかった。
微かにだが足音が聞こえた。本当に小さくて、気のせいかもしれまい。が、多分気のせいじゃない。根拠なんてない、ただの勘だけど。
擬音としてはざく、だろうか。それともざっ、だろうか。否待てよ、これはどしっだ。あーすっきりした。・・・じゃなくて。この癖どうにかならないかな。一人でボケとツッコミすんの虚しいんだけど。
にしても、この足音の主は一体誰だろうか。音からしてなかなかの重量と見た!・・・ツッコミが欲しい。
おにぎり・・・あいつ、優秀なツッコミだったなぁ・・・似非関西弁だったけど。本場出身のクラスメイトからもお墨付きを貰う程のクオリティだったけど。あれ、だったら似非関西弁じゃないのか。普通の関西弁なのか。
脳裏には頭ぐらいの大きさのおにぎりを持って、おむすびころりんを歌いつつ此方にサムズアップしてるあいつが浮かんだ。
ああ・・・教室で熱唱しておにぎり没収されて怒られてたな。自己紹介の時におにぎり愛を語るもんだから、渾名が満場一致で‘‘おにぎり‘‘になって・・・。
あのサイズのおにぎりを懲りずにまた持ってきて、毎日先生と漫才やるからみんな飽きちゃって。確か半年くらいで先生、バカデカおにぎり専用の箱用意してたもんな。箱か・・・『おにぎりのおにぎり』って書かれたビニール袋から進化したな。ていうかあのおにぎり、結局何グラムあったんだろ。
結局最後まで『ツッコミと言えば関西弁だろ!ってことで関西のツッコミご教授願いまぁぁああす!!』は、理解できなかった。普段訛りとか一切出ないのに、あの謎の拘りは何だったんだ。
ああでも、あれは見事なスライディング土下座だった。でも授業中にやる事じゃないと思う。連帯責任食らったし。ま、関西出身のクラスメイトは爆笑してOK出してたし良かったのかもしれない。・・・土下座の後の先生との漫才に笑ってた気もするけど。
・・・・・・っと、音が大きくなった。我が相棒ことおにぎりを思い出して和んでいる場合じゃないな。近付いてきてるのかこれ。ん、ぽいな。どんどん足音が大きくなってる。
どうする、寝たふりでもしとくか。否、バレたら不味いだろうな。一応これ、誘拐だろうし。下手に刺激して危険な目に遭いたくはない。痛いの嫌いだし。痛いのが好きな人、中々居ないと思う。居たとしても、僕は嫌い。
あーでもないこーでもないと考え込んでいると、一際大きい物音が聞こえた。足音とは違う、硬い物が落ちたような音だった。どちらにしても、大きさ的にもうすぐ側まで来ている様だ。
取り敢えず、周囲で一番評判の良かった性格を真似て・・・駄目だ。おにぎりは駄目だ。確かに彼奴、保護者とか、大人の間では見事に猫を被っていたけど、素の性格が濃すぎて全然覚えてない。そして素の方はお調子者だし。真似たら行動が誘拐された子供がやったら可笑しい事のオンパレードになる。確実にやばい奴認定される。誘拐犯にそういう常識があるのか分からないけど。そもそも誘拐が非常識なんだけど。
足音がした。そこまで大きくはないけど、はっきりと。身体が強張った。
近い。もうすぐそこまで来てるんだ。そこまで理解した途端、さっきまで正常だった心拍数が跳ね上がった気がした。呼吸が安定しなくなり、は、は、と短く浅い、意味があるのかも分からない呼吸を繰り返す。口元を覆うように手を当て、とにかく呼吸をと吸っては吐いて、を浅過ぎる呼吸を繰り返す。どう考えても手が邪魔で、呼吸の妨害をしている。けれどそんなことに意識を回す余裕など在る筈もなく、下手な呼吸を繰り返すだけで精一杯だった。
鉄格子側の壁に背を預け、ずるずると座り込む。
落ち着け。落ち着け。
落ち着け、と頭の中で何度も唱えるが効果は無く、それどころか悪化した様にも感じる。
緊張してる。不安。怯え。恐怖。あらゆる負の感情が身体を駆け巡って支配していく。今体を自由に動かせるか分からない。立ち上がるどころか、指一本動かせるかも怪しい。手足の自由は勿論、呼吸に至るまで、何もかもが制限されている様に感じる。
一歩、近付いてくる足音がした。
バクバクと心臓が早鐘を打つ。一秒が永遠にも感じられる。
また一歩。更に大きく、はっきりと。
つう、と冷や汗が伝うのが分かった。
さっきまで自分が、何時も通りに振る舞えたのは、何処か他人事に感じていたから。夢なのかもしれない。質の悪い夢なら早く覚めて。そう、願ってた。とはいえ、自覚は無かった。だから、自分が把握していない無意識下で、思っていたんだろう。それをついさっき、漸く自覚した。命の危機に晒されたから。それなら、納得がいく。
自分は肝が据わっている方だ。そう、自覚しているから。だからこそ、それに気付くのが遅れた。傲慢だった。幾ら図太くても、肝が据わっていても、所詮は子供。何の力も無い。大人に守ってもらわなければ生きてはいけない無力な子供。自分もそうだ・・・ただちょっと真面目で美人で賢くて性格も良い優秀な子供。
頭にちょっとした冗談が浮かんできた。冗談、というか殆ど事実だが。まあ、冗談を考えて頭が理解出来るなら、それならもう、大丈夫だろう。大して、というか全く面白く無かったけど。今はこれでいい。ふ、と強張っていた身体から力が抜けていくのを感じた。
もう大丈夫。
ざ、とすぐ近く。後ろから足音がした。
ああ、
時間切れだ。
次話は23日18時に投稿。
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