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008.小説と現実の違い

 

「ああ……ちょっといいかな、君」


 レイドも良い声をしていたが、こちらはそれに輪をかけた美声だ。


 ラスフィアは、己に声をかけた人物を仰ぎ見た。自分が椅子に座っていることを鑑みても、声の主――ライナスはかなり背丈がある。


 そもそも亜人は、男女問わず全般的に体格が良い者が多いのだ。


 こうして間近で見れば、やはり圧倒されてしまう。


「はい……」

「この男性は君の親族かな?」


 ライナスがトルロイの肩に手を置きながら、ラスフィアに尋ねた。


「父、です。リューンさんは眠っているだけだと……」


 あの場で嘘を言う必要はないため、おそらくその言葉は真実だろう。


「リューン? ああ、この亜人か」


 ライナスの視線は、床で伸びているリューンへと向けられ、リューンから視線を外したあとは再びトルロイへと向けられた。


「……そうだな。そいつの言った通り、君の御父上はただ眠らされているだけだろう。安心していい」


 ライナスにそう請け負われ、ラスフィアはほっと胸を撫でおろした。


「ただ……すまないが君たち二人とも、これからガルストラ警視庁本部へ行き話を聞かせてもらいたい」


(やっぱり、そうなるわよね……)


 ラスフィアとトルロイは、未遂ではあるが誘拐の被害者だ。


 さすがにこのまま帰されるとは思っていなかったが、まさかこんな形でもう一度警視庁へ、しかも今度は内部まで行くことになるとは思ってもみなかった。


 ラスフィアが承諾の返事をすると、ライナスが扉のあった場所から外に向かって声をかけた。すると隊服を着た男たちが数人入って来て、眠ったままのトルロイを担架に、そしていまだ意識を失ったままのリューンには手錠をかけ、まるで荷物のように四肢を持ちながら運び出していった。


 そして不思議なことに、そんな彼らが何故か全員、店内から出ていく際にチラチラとラスフィアに視線を向けてきたのだ。まるで、気になって仕方ないとでもいった様子で。


 けれどラスフィアはすぐに、彼らの視線が自分にだけではなく、ラスフィアの傍に居るもう一人にも注がれていることに気が付いた。


 彼らはラスフィアのことも見ているが、レイドのことも見ている。むしろ彼らの視線が重点的に注がれているのは、レイドだ。


 何故奇異なものを見るかのような視線をレイドに向けるのかが気になったが、それよりも気になるのは、先ほどからずっと、レイドがラスフィアから視線を外さないことだった。


 ラスフィアは今、レイドから所謂ガン見をされている状態なのだ。


「あ、あの……?」


 ずっとレイドからの肌がぞわぞわと泡立つような強烈な視線を浴び続けていたラスフィアは、たまらず声を掛けた。


 ラスフィアに声を掛けられたレイドが、一つ、驚いたように大きく瞬きをした。それから口元に微かな笑みを浮かべ、目を細める。


「何?」


 そのレイドの表情に、ラスフィアは衝撃を受けた。


(笑……った?)


 いくら小説の中のレイドが俺様な性格だったからといって、まったく笑わないというわけではなかったはずだ。けれどどうにも、今の微笑みには違和感が拭えない。


(……そうよ。だって、私とこの人ははじめて会ったんだもの。さすがに、初対面の人に微笑みかけるような性格ではなかったはず)


「どうかしたか?」

「え? ……ええと」


 けれど、小説の中の性格と違うからと言って、それをおかしいと騒ぎ立てるわけにはいかない。というより、そんなことをしたら、おかしいと思われるのはラスフィアの方だ。


「私、今酷い顔をしていると思うので……あまり見ないでいただけると、助かります」


 強い視線が気になっていたこともあるが、そう思う気持ちも本当だ。


 飲まされた薬の影響からか、まだ若干胃の辺りに気持ち悪さが残っている。


 きっと今の自分の顔は血色が悪いだろうし、涙を堪えていたせいか、目の辺りもわずかに熱を持ったままだ。

 

 目の前のレイドと小説の中のレイドとの性格の違いは気になったが、それよりも気になるのは今、自分の顔が人の目にどう映っているかということだった。


(そんなこと気にしている場合じゃないかもしれないけど……。一応乙女だし……)


 前世では人生うん十年生き抜いたが、今世ではまだ十八だ。


 レイドがラスフィアのその言葉に対し何かを言おうとしたのか口を開いたが、それを遮るように、凛とした声が室内に響いた。


「レイド。女性の顔を、あまり不躾に見つめるものじゃないわ」


 見れば褐色の長い髪を頭の後ろで一本にまとめた――所謂ポニーテールの髪型をした凛々しくも可愛らしい美女が、レイドを見下ろしていた。


(はあ……。美人……!)


 さすがヒロイン。


 同性であるラスフィアから見ても、リアーナはうっとりするくらいの美女だった。ラスフィアは小さく溜息を吐きながら、目の前の美女を見上げた。


「……リアーナ」


 眉を顰めながらリアーナを振り返ったレイドの横顔に、ラスフィアは違和感を覚えた。レイドのリアーナに向けるそれが、恋人に対するような甘やかなものではなかったからだ。


(あれ? この二人って恋人同士よね……? 喧嘩でもしているの?)


 小説では、ヒーローであるレイドは、ヒロインであるリアーナのことを溺愛していた筈だ。けれど、今のレイドは溺愛どころか、ラスフィアの目にはリアーナを睨んでいるようにさえ見えた。


 そして何故かリアーナも、レイドを睨み返している。


 このある種の緊迫感さえ漂うような雰囲気は、とても恋人同士のものとは思えない。


(でも……うん。だんだんと思い出して来た……)


 確か二人の関係は、最初から甘々のものではなかったことを、ラスフィアは思い出した。


 地方の警察署で手柄を立てたために、本部に来た正義感溢れる真面目なリアーナと、リアーナの同僚で、能力は高いが不真面目で問題児のレイド。出会った当初は互いを忌み嫌い合う犬猿の仲だった二人は、事件を追っていくうちに惹かれ合っていくようになるのだ。


(そしてリューンさん……。あの人、小説の中に出て来る連続誘拐事件の犯人じゃない……! ただの誘拐犯じゃなかった……!)


 どうりで見覚えがあるはずである。


 けれどそうなるとますます、レイドとリアーナの、お互いに対する態度が腑に落ちない。


 リューンが起こす、連続誘拐事件。それは小説の序盤から起こる事件だったが、解決するのは小説の終盤だった筈だ。小説の中では、その事件が中心として描かれていた。


 となると、小説の中の時系列では今は終盤のはず。なのに、レイドのリアーナに対する視線はどうみても、「気に喰わない奴」に向けたものだ。


(でも、二人の私生活のすべてが小説で語られているわけじゃないだろうから、今はたまたま喧嘩しているだけとか……? 私だって、小説に書かれていたことすべてを思い出したわけじゃないし……。ていうか、それは無理だし……)


 元々が犬猿の仲である二人だっため、それくらいはあり得そうな気がした。


 ラスフィアはリアーナに対しレイドがどう答えるのか、静かに見守っていた。だが、レイドはリアーナに対し鼻を鳴らしただけで再びラスフィアに向き直り、そのままラスフィアを横抱きに持ち上げた。


「ひゃ……!」


 突然の出来事に、ラスフィアは思わず声を上げた。急に不安定になった身体を支えるため無意識にレイドの肩に手を置いたラスフィアに対し、レイドが嬉しそうに目を細めている。


「じゃあ、本部に行こう」


「待って下さい! あ、歩け、歩けます!」


 そのまま歩き出そうとしたレイドに、ラスフィアは慌てて制止の声をかけた。だがレイドは僅かに首を傾げるばかりで、降ろす気はまったくないらしい。むしろ抱える手に力が込められたような気さえした。


「薬を飲まされたんだろ?」

「一口しか飲んでませんから!」

「脚も怪我している」

「かすり傷です!」

「危険だからだめだ」


(……危険は去ったんじゃないの⁉)


 レイドの言葉に驚愕していたラスフィアの耳に、大きく息を吐きだす音が聞こえて来た。見事な溜息だ。思わず溜息の聞こえて来た方向を見たラスフィアの目に、どこか疲れたような表情のライナスの姿が映った。


「ああ……ごめん、お嬢さん。悪いがそのまま運ばれてくれないか」


 何故かライナスが申し訳なさそうに懇願してきたため、ラスフィアはそれ以上拒否することを諦めた。咄嗟に歩けると口にしてしまったが、実際にはまともに警視庁まで歩けるか、自信がなかったからだ。


 ラスフィアが大人しくなったことを確認したレイドは、嬉々として歩き始めた。そんなレイドを、ラスフィアは茫然として見つめるしかない。


(……ちょっと。いくら被害者だとしても、恋人の前で私なんかをお姫様だっこしていて良いの⁉)


 混乱と戸惑いの中、ラスフィアは先に運ばれていった父のトルロイともども、ガルストラ警視庁本部へと赴くことになった。


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