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004.恋愛音痴?

 

 ラスフィアは、自他共に認める美人だった。


 青い光を放つ黒髪は柔らかく艶やかで、青みを帯びた銀色の瞳は、朝日を浴びた湖のように煌めいている。


 透明感のある白肌に、見る者に清楚な印象を与える整った容貌を持つラスフィアは、店の看板娘として有名だった。成人前からお見合いの申し込みは後を絶たず、しかしそのどれも最終的には、ラスフィア自身が断ってしまった。


(だって……。釣り書きのみでのお見合いは、さすがに……)


 だがそう思うのも、前世の記憶があるが故の、弊害なのかもしれない。実際、ラスフィアの両親はお見合い結婚だが、やはり釣り書きのみで互いに会うことを決めたらしい。そして、今でもとても仲が良い。


 けれど実際に会う段階まで行ってしまえば、その後が断りづらくなってしまうではないかと、ラスフィアは考えていた。少なくとも、自分に断る勇気はない。なし崩しに、結婚まで進んでしまいそうだ。そう思ったからこそ、安易に受けることを良しとしなかったのだ。


 そしてお見合いとは別に何度かお付き合いを申し込まれたこともあったが、ラスフィアはそれもすべてお断りをしている。


 いくら自由恋愛が主流の平民とはいえ、付き合う人は精査しなければならないとラスフィアは考えていたのだ。仮にお付き合いをしたとして、気が合わなかったらすぐに別れるわけにもいかないとも思っていた。下手に別れをしくじると、妙な噂を立てられ、店の評判にも関わって来るかもしれないからだ。


 ようするに、ちょっとビビっていた。


 考えすぎかもとは思ったが、ラスフィアの家は国内では老舗の部類に入るし、貴族にも商品を降ろしている大店だ。となれば、平民ではあるが、同時に良いところのお嬢様であるとも言える。むしろ、お金なら貴族に張るくらい持っているだろう。幼少期家庭教師を雇うことが出来たのも、家が資産家だったからに他ならない。


 せっかくの異世界、ラスフィアとて一時期は小説や漫画のような運命の出会いに憧れていた。


 せっかく亜人の存在する世界に生まれ変わったのだからと、密かに亜人との恋にも憧れていた。かといって亜人に拘る気にもなれず、さっさと恋人を作っていく友人たちを横目に、一人妙な焦りとある種の開き直りを感じていたのだ。


(……小説のような運命の出会いなんて、そうそう訪れないわよ)


 前世よりも断然、今世の方が美人なのだが、素敵な恋愛をするのに容貌は関係ないということを、ラスフィアは今世で学んでいた。


(結局、性格なのよね……)


 小説のヒロインだって、美人や可愛らしい子ももちろんいるが、ヒーローたちが最終的に惚れる要素は、結局外面ではなく内面だ。


 美人で可愛くて性格も良ければ言うことはないが、きっとほとんどの人間にとって、外見は恋愛の最も重要な要素ではない。重要なのは性格の可愛らしさ、性根の美しさ、魅力的な個性だ。


 ラスフィアにはそれが足りない。どれだけ容貌が美しくとも、ヒロインにはなり得ない。


 今世だけでのことならば、まだまだこれからだと自分を慰めることもできた。だが、今世に加え前世も結構な年月を独り身で生きたラスフィアにとって、己の性格はすでに把握しきっていた。


 平凡で、面白みのない性格。常に冒険よりも、平穏を選んでしまう事なかれ主義。そんな自分の性格を嫌っているわけではないが、主役にはなり得ない凡庸な人間だとは思っていた。


 そして、ラスフィアの場合、その事なかれ主義は恋愛に関しても発揮されてしまう。


 相手と深い関係になろうかという段階になると、無意識にブレーキがかかってしまうのだ。きっと相手との今の関係が変わってしまうことを、恐れていたのだろう。あるいは恋の情熱に身を任せ、己を失くすことを恐れていたのかもしれない。


 ラスフィアは、恋に酔うことが出来ない性格だったのだ。そしてなんとなくだが、ラスフィアが恋愛っぽいものに関わると、物事があまり良くない方向へ進みがちだった。良かれと思って取った行動が、裏目に出るというかなんというか。


 そしてそれは残念なことに、今世にも引き継がれてしまったらしい。


 ラスフィアが十四歳の時に、三歳年上の店の若い従業員に恋文を貰ったことがあった。ラスフィアも結構いいなと思っていた人だったので、ドキドキしながらその恋文を読んだのだ。


 けれどその恋文の文字は、綴りが間違いだらけだった。文章を追っていく中、その誤字が気になって彼の想いを素直に喜ぶことが出来なくなっていた。そして読み終えた時には、彼に対する淡い気持ちはすっかり醒めていた。


 けれど想いは嬉しかった。だからお断りの手紙とともに、ラスフィアはその従業員に辞典をプレゼントした。ラスフィアにしてみれば大店の従業員である彼に、少しでも正しい綴りを覚えて欲しい一心だったのだが――。


(今思うと……あり得ない)


 ラスフィアはその時のことを思い出し、自戒の念を込めてきつく目を瞑った。


 恋文を送った相手から、しかも年下から断りの手紙と一緒に辞典など貰ったら、きっとラスフィアだったら羞恥に耐えられない。「これで勉強し直せよ」と、暗に言っているようなものだ。


(しかも、滅茶苦茶上から目線じゃない……?)


 その従業員は、ラスフィアが返事をした一か月後には、店から姿を消していた。父も目をかけていた従業員だったのに、ラスフィアのせいで、彼の未来は変わってしまった。


 これが前世の出来事ならわかるのだが、人生二回目とも言える今世での出来事なのだ。もう少し上手くやれなかったのかと、当時の自分を罵倒したくなる。


 十五歳の時には、学校の同級生の男の子に告白された。


 その子のことは友人としては好きだったが、異性としては見ていなかった。だからその旨を正直に告げた翌日から、その男の子はラスフィアと口をきいてくれなくなった。そしていつの間にか、ラスフィアが彼に振られたことになっていた。


 人の噂も七十五日。皆いずれ忘れてくれるだろうと思っていたら、その噂は三か月もする頃には町中に広がっていた。口をきいてくれない彼に対し、文句を言うのも馬鹿らしいと放置した結果だった。


 そして十六歳の時には、昔からの店のお得意様であり、幼馴染でもある、子爵家の次男から告白されたことがあった。


 普通に考えれば貴族と平民、身分違いではあるのだが、この世界の身分制度はすでにある程度形骸化しているため、身分自体はそこまで結婚の障害とはなり得ない。


 ただ、結婚後の苦労は推して知るべしではある。互いによほどの想い、あるいはどちらか一方でも野心がなければ、結婚生活を維持していくのはなかなかに難しいだろう。


(貴族のお義母様とか……無理だわ……)


 だからラスフィアは断った。とても優しく麗しく気持ちの正しい好人物ではあったが、結婚後の苦労を買ってまで、彼の傍にいたいとは思えなかったのだ。


 少しもったいなかったかなと思わないでもないのだが、そんなさもしいことを思っている時点で、自分は彼には相応しくないとも感じていた。


 その後すぐに、その人は子爵家を出て行ってしまった。風の噂では、どこぞの貴族の令嬢の元へ、婿入り修行に行ったらしいとのことだった。


(私は……多分恋愛に……向いていないんだわ)


 残念ながら、それがラスフィアの出した結論だった。


(いっそ強引に迫ってくれれば、ほだされたりするかもしれないのに……)


 皆意外とお行儀が良いのである。


 ラスフィアの周辺には、俺様男子はいなかった。


 あるいは亜人がいるこの世界、もしラスフィアが誰かの番だったらと、考えたこともある。けれど、その考えに浸っていた時間は、ほんの一瞬だった。すぐに、新大陸に住む亜人が番を得ることは、非常に稀であることを知ったからだ。


 新大陸に暮らす亜人が、旧大陸から出て来たばかり頃は、番の匂いを認識する能力は今とは桁違いに高かったと言われている。だが現在の人間との混血が進んだ彼らは、己の番を認識する能力が、著しく後退しているらしい。


 そもそもの話、元来亜人が番に拘っていたのは、番ならば次世代を授かる確率が高くなるためだと言われている。ようするに、運命の相手といえどもそれは精神に基づくものではなく、生物として子を残そうとする本能に基づくものであると言えるのだ。


 前世でも、遺伝子の相性の良い相手の匂いは良い匂いに感じるという実験結果もあったくらいだし、おそらくそれと同じものだろうとラスフィアは考えていた。


(たしか、前世では遺伝子のマッチングサービス、なんてものもあったんじゃないかしら……?)


 恋愛に向いていないのなら、相性の良い相手を遺伝子に決めて貰えばいいのだ。


(この世界にも、それがあればいいのに……)


 そう考えたところで、結局はそれが亜人における番なのだと思い至り、ラスフィアはふっと、諦めにも似た思いで嘆息した。


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