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運命なんて信じない~小説の世界へ転生したら、ヒロインのお相手(ヒーロー)の番でした~  作者: 星河雷雨
第一章 運命の恋は遥か彼方に

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011.運命の恋をしてみたい/憧れ

 

「四階だぞ⁉」


 慌てて叫んではみたものの、友人であり部下でもあるレイド・ファルガスは、すでに窓から外に飛び出した後だった。ライナスの後方では、もう一人の部下であるリアーナが、短い悲鳴を上げている。


 ライナスはレイドの行き先を確認するために、窓枠から身を乗り出した。相当な高さだったが、真下を覗き込めば、すでにレイドは地面へと降り立ち走り出していた。


 猫科の亜人であるレイドは、上下運動が得意だ。下から上へ、上から下へと、実に見事に立ち回る。


 対して、犬科の亜人であるライナスはそれほどでもない。だがこのまま正規のルートで一階へと降りていては、すぐにレイドを見失ってしまうことは確実だった。


「くそっ! リアーナ。俺はあいつを追う。君は後からついて来い」

「え、ちょ⁉ 警部⁉ 待ってくださ……」


 リアーナの制止を無視したライナスは、そのまま窓から飛び出した。地面までの中間地点で一度壁を蹴り、落下速度を緩やかにしてから着地する。


 まっすぐと前方に続いているレイドの足跡を目視で追ってから、それを目掛けて走り出した。


 敷地内にいる警察の人間たちが、門へと向かって一直線に走り抜けるライナスを視線で追っている。常に冷静沈着と言われているライナスがわき目もふらず全力疾走する姿は、彼らにとってはさぞ物珍しいのだろう。後に庁内で、旬の噂になるだろうことは請け合いだ。


 走っている最中、ライナスは先ほどのレイドの様子を思い出していた。


 どこか呆けたような表情に、ぽつりと落とされた「嗅いだことのない匂い」という言葉。ライナスは己の執務室へと来る前に、レイドとした会話を思い出した。


 亜人にとって、「番」という存在は特別なものだ。


 だがこの新大陸に生きる亜人の中で、その特別な存在を認識できる者は、現在ではいないに等しい。


 「番」という存在は本来、限られた地域でのみ生息する種族にとって、近親婚を避けて子孫を残すための寄る辺だった。


 己にとって、一等健康で優秀な子孫を残せる相手。それが、亜人にとっての「番」だったのだ。


 だが狭い地域を抜け出し、番う相手が同族のみならず多種多様となった新大陸の亜人たちにとって、「番」という存在は必要性をなくしていた。


 聞いたところによると、旧大陸の亜人の中にさえも、「番」を重要視しない者たちが出てきているらしい。他種族間の交流が増えたのは、何も新大陸の亜人に限った話ではないということだろう。


 それでも、ライナスは「番」という存在に夢を見ていた。ライナスにとって、「番」とは運命の相手そのものだったからだ。


 子を残すのに最適な相手という理屈はわかる。だが、それだけではないだろうともライナスは思っていた。それは「番」を知ったというロイの話を聞き、彼の様子を見た今では、あながち間違った考えではないという結論に至っている。


 ロイは、その「番」を一目見た時から心惹かれていたと言う。そして仕事を懸命にこなす姿に、好感を持ってもいた。傍に寄り、その匂いを嗅いだ時に初めて、彼女を「番」だと認識したと言うのだ。


 元来同じ種族同士の間でのみ成立する「番」という現象に、他種族である人間が該当するのはおかしいのだが、そもそも人間とは、はるか昔に亜人から分かれた種族だ。


 その人間の女性の祖先が、ロイと同じ種族だった可能性は大いにあり得ると、ライナスは考えている。


 あるいは、番う相手が多様になったからこそ、「番」もその範囲を広げたのではないかと。




 しばらく走ったライナスの目に、大通りで地面にしゃがみ込むレイドの姿が映った。ライナスは走るのを止め、ゆっくりと、何か思い詰めたような表情をしている友人へと近づき、声をかける。


「レイド」


 レイドはライナスに返事をすることなく、じっと地面を見つめている。


「どうした? そこから匂いがするのか?」

「……血の匂いがする」


 苦しそうに絞り出されたその声に、その血を流したのがレイドの追っている「匂い」の元の人物であることがわかり、ライナスは息を呑んだ。そして同時に、やはり、という想いも湧いて来る。


 血相を変えて、窓から飛び出していったレイド。

 血の匂いをかぎ取り、苦しそうに表情を歪めているレイド。


 瞳を覗き込めば、耐え難い怒りを抑えている状態だということが、容易に見て取れた。けれど激情に身を任せることを良しとせず、冷静であろうと努めているのだ。


 冷静で在らなければ、「彼女」を助けることが出来なくなってしまうから。


 およそ、普段の彼からは想像も出来ない姿だった。


 普段のレイドならば、血の匂いに興奮することはあれど、このように苦しんだりはしない。たとえそれが、誰の流した血であっても。


 ここまでの状況を考えれば、その血が「何者」のものであるのかは、想像に難くない。


 お前の番なのか。


 しかしライナスは、その言葉を口にすることができないでいる。


「番」という存在を、信じられなかったからではない。レイドが、それを信じていないからでもない。


 流された血は、恐らく僅かなものだ。レイドと同じく、地面にしゃがみ込んだライナスの鼻には、それがわかった。けれどこの場に残る血の匂いは、亜人ではなく人間のもの。そしてそれを取り巻くように残っている、亜人の匂い。


 ライナスたちが、現在追っている連続誘拐事件。それは亜人による、人間を搾取せんがための犯罪だ。


「……匂いはここで途切れたのか?」

「……ここら一帯に点在している。だが、亜人の匂いが濃くて追いきれない」


 悔しそうに呟くレイドに、ライナスはまたもや驚かされた。


 常に自信にあふれ、己の能力を疑うことのないレイドが無力さに打ちひしがれる日がこようとは、ライナスは終ぞ考えたことがなかった。


 今のレイドは、ライナスの知る彼ではない。


 たった数分の間に、レイドは変わってしまった。否、その「匂い」を嗅いだ瞬間、レイドは変えられたのかもしれない。


 はたしてレイドは今の変わってしまった己に気付いているのだろうかと、ライナスは訝しむ。己さえ気付かぬうちにその正体を変えられるのは、いっそ恐怖ではなかろうかと。


 それでも、その変化を恐ろしく感じる一方、羨ましく思う己がいることも確かなのだ。


 たった一人の運命の相手。それを得た友人のことが、羨ましいと。


「……ここからは俺が追う。今の首都の状況を考えれば、その血を流した人物が事件に関わっていないとは言い切れない」


 ライナスの言葉に、レイドの肩が揺れた。

 奥歯を噛みしめ、おそらくは怒りと悲しみを堪えているのだろう。


 この場に残された血の匂い。相手が人間であるならば、最悪の事態も考えられる。


「……頼む」


 そう言った友人の声はこれまで聴いたこともないほどに弱弱しく、そして怒りに満ちたものだった。


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