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運命なんて信じない~小説の世界へ転生したら、ヒロインのお相手(ヒーロー)の番でした~  作者: 星河雷雨
第一章 運命の恋は遥か彼方に

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010.運命の恋など信じない/初めての匂い

*これから完結まで、サブタイトルが「運命の恋など信じない/~」の時はレイド視点。「運命の恋をしてみたい/~」の時はライナス視点となります。


 ガルストラ警視庁内の廊下を、レイドは友人であり上司でもあるライナス・マクスウェルと共に歩いていた。


「番だあ?」


 ライナスから聞かされた信じがたい話に、レイドは無意識に顔を歪めた。口調もつい、いつにも増して荒くなってしまう。


 最近首都で連続している誘拐事件の会議をするためにライナスの執務室へ向かっている途中、ライナスが事件とは別の、けれど少々厄介な話を切り出して来たのだ。


 曰く、ライナスが目をかけていた後輩の一人が、番を得たと。


「番」とは、レイドたち新大陸の亜人にとってはすで眉唾ものの存在、及び概念であり、今時誰も「番」などという存在を信じる者はいない。相手を喜ばせるため、あるいは相手が自分にとって特別と知らしめるために、あえて「番」という言葉を使う場合はあるが、それだけだ。


「本人はそう言っている」


 一方のライナスは信じているのかいないのか、真剣な表情を崩さない。しかしすぐに、この友人は基本、真面目腐った表情を崩さないことを、レイドは思い出した。


「それは本気で言ってるのか?」

「本人はいたって本気だ」

「馬鹿だろ、そいつ。今時誰が番なんて信じるっていうんだよ」


 旧大陸に住む亜人たちなら、まだわかる。だが人間との交配が進んだこの新大陸にいる亜人たちでは、番を見出す能力など、すでに退化していると考えていいだろう。


「まあ俺も概ねその見解だが……。番というのは当人同士にしかわからないものだからな。一概に奴が嘘を言っているとも限らん」

「そりゃ、当人同士が番だって言ってるならほっとけばいいだけだろーが、相手は人間なんだろ? そもそも番を認識する能力がないだろうに」

「そこだな。いくらロイが彼女を番と認識していたとしても、当の彼女がロイを拒否している。彼女にとってロイの求愛は、単なる付きまといだ」


 ライナスの話では、ロイという亜人の男が、警視庁内の食堂で働く人間の娘を己の番だと言って追い回しているのだそうだ。か弱い人間の娘が亜人から追い回されるとなれば、俄然、同情票は娘に集まる。


 レイドとしては、そのような男など人間亜人関係なく、女の尻を追いかける情けない奴で決定だ。


「そのロイって奴何の亜人だよ?」

「俺と同じ、狼だ。あちらは砂漠狼だが……」


 ライナスは雪原を棲みかとする雪狼。砂漠狼とはその名の通り、砂漠に生息する狼のことだ。だが同じ狼の亜人でも、雪狼の方が鼻が利く。


 そして狼は愛情深いというのが定説だ。これはしつこそうだと、レイドはこれから後輩のために奔走するであろうライナスに同情した。


「単なる勘違いだろ。あるいは思い込み」

「……そう思うか?」

「何だよ? お前は本物だと思ってんのか?」

「……ロイに限っては、そのような嘘も思い込みもないはずだ……と思いたいのだが」


 ライナスはどうやら、そのロイという人物を高く評価しているらしい。


「使える奴か?」

「お前には及ばんが、優秀だ」


 レイドは亜人としての能力が高い。それは先祖返りとも言えるほどのものだった。だが能力の過大評価をしないライナスが言うからには、そのロイという奴は本当に優秀な人間なのだろう。


「なるほどなあ。だが今回ばかりはそいつの勘違いだと思うぜ。一目惚れした時の感情を、番に対するもんだと錯覚しただけだろ」

「お前は信じていないのか?」


 レイドを見つめるライナスの瞳に、揶揄いの色はない。本気で聞いている。けれどあえて主語を抜かしていることを考えれば、その問いが馬鹿げたものであることは本人もわかっているのだろう。


 だが言いたいことは十分伝わった。だからレイドは己の偽らざる本音を答える。この友人が、番というものに多少なりとも憧れを抱いていることを知っていてもなお。


「はっ。番なんて信じねーよ」


 運命の相手など、レイドは信じていなかった。




 ☩☩☩




 馬鹿馬鹿しい。


 そう思っていた。


「番」などという戯言をほざいている奴も、勝手な正義感を振り回して周囲に偽善を強いる奴も。


 苛立つ感情のまま目の前の机に両脚を放り出せば、部屋の主であるライナスから非難の視線が飛んで来た。それを無視して、レイドは今日の主題となっている話を続けた。


「片っ端から怪しい奴ら尋問すりゃいいだろ。ちょっと痛めつければすぐ自白するって」


 むしろ何故それをしないのかと、レイドは警察の生ぬるさを心の内で嘆いていた。


 ここ最近、首都で頻発している誘拐事件。


 被害者はすべて人間であり、男も女も大の大人がまるで赤子か子どもをかどわかすように簡単に姿を消していることから、犯人はおそらく亜人だろうと推測されていた。油断を誘うなら同じ人間の方が成功率は高いのかもしれないが、力尽くといった場合には、断然亜人に軍配があがる。


 それに、最近起こった誘拐事件の現場に人間とは異なる体毛が残されていたことから、やはり犯人は亜人であるという見解が更に強まったばかりだった。


 だが、わかっているのは亜人だということだけ。


 体毛とくれば獣型の亜人を想像するが、昆虫型の亜人にも体毛を持つ者はいる。有力な犯人の目星は、いまだ付いていなかった。


 このガルストラ国内だけでも、それに該当する亜人は一体どれ程いることか。だからこそ、レイドは尋問という方法を提案したのだ。


 亜人は己より強い者に従順な傾向があるため、強者を前にすれば動揺を隠せない。自白には至らずとも、事件に関わっているか否かくらいならば判別が出来るはずだった。そもそも亜人は身体が頑丈なので、少しばかり痛めつけても人間ほどの害はない。


「どうして、あなたはそう野蛮なのよ!」


 バンッと己の両足のすぐ脇で机を叩く同僚を見て、レイドはわざと鼻を鳴らした。


 年が明けて早々、地方の田舎から本部に移って来たこのリアーナ・トレスタという女性警察隊は、とにかくレイドと相性が悪かった。


 だがライナスはこのリアーナを高く評価しているらしく、自分直属の部下としたらしい。よって、度々レイドと組んで仕事をすることになるのだが、如何せん生真面目なリアーナとは相性が悪かったのだ。


「ちょっと聞いてるの……!」


 リアーナがレイドになおも言い募ろうとした矢先、開け放っていた窓から一陣の風が入り込んできた。この時期に吹く風にしては珍しく強い。風が窓から入り込む刹那、レイドの耳がバサバサという紙の擦れ合う音を捕らえた。


「まずい……書類が!」


 リアーナとレイドのいつもの諍いを横目に書類仕事に精を出していたライナスが、悲鳴じみた声を上げた。その声を聞きつけたリアーナが、睨みつけていたレイドから視線を外し、今や惨状とも言える状態になった執務室内を見渡した。


 そう狭くもない部屋全体に、白い書類が舞い踊っている。


「うわ……」


 その惨状を目にしたリアーナが声を上げ、すぐさま書類を追うライナスの助けに入った。


 蒼褪めた顔で風に乗って舞う書類を追うことに必死なリアーナとライナスを冷めた目で見つめていたレイドは、ふいに風に乗って薫ってきた花の蜜に似た甘やかな香りに、瞬時に意識を囚われた。


「……すごい風でしたね。……書類が滅茶苦茶」

「参ったな……。空気の入れ替えにと窓を開けていたのが仇になった……」


 拾った書類の端を机に当てて揃えながら、ライナスが自らの失態を嘆いている。普段から居座っている眉間の皺が、一層深くなっていた。


「レイド、あなたも手伝いなさいよ……って、どうしたの?」


 リアーナが小首を傾げながらレイドに問いかけたが、レイドにはすでにリアーナに応えるだけの余裕がなかった。そのレイドの常とは異なる様子を不審に感じたのか、ライナスもレイドに声をかけてきた。


「レイド? どうした」

「……何だか、嗅いだことのない匂いが」


 それでも数少ない友人であり上司でもあるライナスの声には、レイドもなんとか反応することが出来た。


「匂い? 今の風か?」


 ライナスが形の良い鼻を窓辺に向けて、くんくんと鼻先を動かしている。


 犬科の亜人であるライナスは、猫科の亜人であるレイドよりも鼻が利く。しかしライナスの様子を見るに、今の風から何かを感じ取ることは出来なかったようだ。


 ライナスにも捉えられない匂い。ならば何故、己は吹きすさぶ強風の中からその匂いを嗅ぎ取ることができたのかと、レイドはその疑問に首を傾げた。


「花の蜜みたいな……」


 けれど蜜ほどには甘くなく、流れる水のような爽やかさも孕んでいる。


 レイドの鼻腔内には、まだ先ほどの匂いが残っている。


 風が連れてきたのは、ほんの微かな匂いだった。


 目を閉じ集中しても、引き出せるのは先ほど感じた匂いの半分以下にも満たない。けれどその僅かな匂いを感じるだけで、レイドは全身の血が湧きたつような感覚を味わった。


 心臓が鼓動を早め、居ても立っても居られない。すぐに動き出せと、身体の奥底から何かが指令を出してくる。


 その感覚に従い、レイドは己の肉体を動かした。


 どうしようもなく、慕わしく懐かしい。


 その不可思議な匂いを乗せた風は、窓から入って来た。その痕跡を追うように、レイドは窓から身を躍らせる。


 背後でライナスとリアーナの叫ぶような声が聞こえたが、一瞬後にはその声も遥か遠くへと去って行った。


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