001.プロローグ的な何か
この世に生を受けてから、早十八年。
ラスフィア・エーレンこと、前世、春野弥生は、扉を蹴破り己の目の前に突如現れた青年を見て、軽くパニックに襲われた。
太陽の光を受けて輝く髪。健康的に焼けた肌。立派な体躯。力強い瞳。鋭い美貌。その美丈夫は黒色の隊服を纏い、腰にサーベルと拳銃を差している。
青年は警察隊だった。
ラスフィアは現在その青年に、正に穴が開くと言った表現が相応しい様子で見つめられている。
そして不思議なことに、ラスフィアはその青年に見覚えがあった。
さらには、その青年の後ろから入って来た銀髪の青年と、褐色の長い髪をポニーテールにしている美しい女性にも、見覚えがある。
ラスフィアがこの国、ガルストラに来たのは今日が初めてだ。よって、この国にはまだ知り合いはいない。なのに、自分は何故か、目の前の三人を知っている。
以前何処かで会ったのだろうかとラスフィアが心の中で首をひねっていると、銀髪の青年が、扉を蹴破った青年の名を呼んだ。
「レイド。彼女が怖がっているぞ」
その名には、聞き覚えがあった。
そして美しい青年のその正体も、何故かラスフィアは知っていた。
(レイド……、レイド。……そうだ、彼の名はレイド・ファルガス。オオヤマネコの亜人……。……待って、嘘でしょ? ということは――)
自分が俗にいう、異世界転生とやらを経験していることは知っていた。
幼い頃にはすでに、自分が前世の記憶を持っていて、しかもこの世界が以前いた世界とは異なることを理解していた。
だが彼らを目にしたことで得た更なる事実は、その時以上の衝撃をラスフィアにもたらした。
人間とは異なる、亜人なる存在が闊歩するこの世界。生活の至るところで、時々覚える既視感。
会ったことはないはずなのに、見覚えがあるどころか、何故かそのバックボーンまで思い浮かぶ人たち。
それらを統合した結果、ラスフィアの頭の中で一つの答えが導き出された。
(まさか、ここって……小説の中の世界⁉)
ただの異世界転生よりもさらに信じ難いことだったが、この三人を前にしては認めざるを得ない。
この――ヒロインと、ヒロインを廻って争う、二人の青年を目の前にしては。
ラスフィアが前世読んだことがあり結構気に入っていたその小説は、異世界を舞台としていた。
小説の舞台は、前世の世界でのおよそ1800年代後半から1900年代前半辺りのヨーロッパをごちゃ混ぜにしたような世界。
亜人と呼ばれる存在と人間が混在する世界で、種族の違うヒロインとヒーローが反発し合いながらもやがて惹かれ合っていくという小説だった。
その小説のヒロインが後ろの女性で、ヒーローが、今ラスフィアの目の前にいる青年だ。
そして銀髪の青年は、ヒーローの恋敵役。ヒロインの心は、何もかも正反なこの二人の青年の間で揺れ動くという内容だった筈だ。
前世のラスフィアはヒロインの心情に自らを重ね、小説を読みながら一緒に悩んだり涙したりしたものだ。だが、だからといって、その小説の中の世界への転生など、微塵も望んではいなかった。
――否、微塵もは言い過ぎた。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ、実際にケモミミケモシッポ見てみたいとか、二足歩行の狼とかライオンとか見てみたいと思ったことはある。
けれど、本当にその願いが叶えられることになるなど、一体誰が本気で思うというのか。
(嘘でしょ……。小説の中に転生とか……)
突如突き付けられた思いもしなかった現実に、ラスフィアは力なく項垂れた。