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元冒険者のおっさんの悠々自適なハンドメイド生活と厄介な依頼

作者: ぐまうす

冒険者を辞めてハンドメイドを売って生活をしているおっさんに舞い込む厄介な依頼のお話



  

「今年の春の芸術祭の最優秀賞に輝いたのは、公爵令嬢ながらマジックレジン職人になったステラーレ様です!」

 アンバー王国最大の催事場のすてーじで司会の女性が発表した。

 名前を呼ばれた女性が前に出る。

「それでは、ステラーレ様に今のお気持ちを伺う前に最優秀賞に輝いた作品を見て頂きましょう」

 ステージの端から大人の頭程ある卵型の置物が運ばれてきた。

 見た目は卵型の透明な物に銀細工で装飾されている。

 銀細工の隙間から見える透明な卵型の中にはピンク色の花を咲かせる木が収まっていた。

「さて毎年説明してるので不要でしょうが、決まりなので軽くマジックレジンの説明をします。数百年前にかの賢者マルジンが発明した芸術で、魔力の結晶である魔晶石それの有属性の魔晶石には色が付いている事を利用して、魔法で溶かし液体にする事で自由な造形を可能にしております。そして、最大の特徴は魔力を通す事で周囲の魔力に反応を起こし魔晶石で造形した物を空中に投影する事が出来るのです。その投影物を光像もしくは立体絵画と呼ばれております。

 更に周りに装飾してある銀細工は魔法陣を立体的にした物であります。本来なら魔力を通した事で発生する属性魔力の力を無効化すると共に、投影物に簡単な変化を加えることも出来ます。まるで絵画を縁取る額の様な所から額装と呼ばれています。

 さて聞き飽きた話はこれまでです。ステラーレ様に光像を投影してもらいましょう!」

 司会がそう言うと会場は静まりかえる。

 令嬢がマジックレジンに手を翳して魔力を与えると、会場の天井に届く程の大樹が現れた。

 その大樹は花を咲かせていて照らされている様に淡く輝いていた。そして枝や葉、花の隙間からは星空が煌めいて見える。

 それから会場中を舞う様に花弁が飛び幻想的で美しかった。

「とても美しいですねー。しかし何故公爵令嬢であるステラーレ様がマジックレジン職人を目指したのですか?」

「それは昔、ある美しい星のマジックレジンを見て本当に感動して、私も作りたいと思ったのがきっかけです」




 十数年前——。


「ふぁー」

 マジックレジンの職人の朝は早い―― ということもなく八時頃に目が覚める。

 まだ目覚めきっておらずボーとしていると、聞こえてくる筈の調理音がしないことに気付く。

「えーと、今日は俺が朝メシ作るんだったけか?」

 仕方がなく寝室から出て居間に行くと誰もいない。

「あー……モアはベルヴィルと冒険者の仕事で昨日今日はいないんだったか」

 朝メシの当番で無くとも、朝が早い同居人がいない理由を思い出す。

 ついでに今日の予定も思い出して何も無い完全にフリーだった。

「……二度寝するか?」

 同居し始めて数ヶ月だが同居相手は気安い奴だが、それでも多少なりとも気を使っていたのは確かで、だからその分思っているより疲れている気がする。

 折角だ自堕落な行動も一日ぐらいならいいだろう、なんなら二度寝酒でも飲むかとかんがえていると、ドアをノックする音がした。

「ええぇー……」

 誰だよ、とテンションが下がる。

 いつもならこの時間に来る奴は一人しかいないが昨日来たので、今日来ることは無い。

 となると山の中腹にあるこの家に来る人間に全く心当たりが無くなる。

 いくつか可能性を思いついたが、面倒なので居留守することに決めた。

 ふっ、これでも元B級冒険者、何年も前に引退したとはいえ、気配を消して寝室に戻ることなぞ造作もないぜ。

 寝室に戻ろうとした時、もう一回ノックがして。

「スクルプだけど、いるんだろう?」

 まあ考えていなかった訳じゃないが、長年組んでいた元相棒だ居留守使っているのはバレているか。

「へいへいいますよ。エノー子爵様」

「爵位を持ってるのは妻であって、僕はただの伴侶だよ。休みのところに来て悪かたって、ちゃんとお土産持ってきたからさ」

「……まあ入れ」

 安いコーヒーを淹れて出す。

「で、用件は何だ? 遊びに来たわけじゃないんだろ」

「春に行われる芸術祭があるじゃないか」

「ああ」

「あれに作品を出展して欲しいんだ」

 何言ってんだコイツ。

「作品を出せって、あれに出展出来るのは工房の職人だけだろ」

「いや、昔から平民枠はあるんだよ一応。工房で修行してない人間が作ったマジックレジンは出来が良く無いから人気もないし、目立たない場所に展示されてるけだけで」

 なんか身につまされる理由に悲しくなった。

 しかしマジか、一応職人の端くれだから勉強として見に行ってたが全然覚えが無いんだが。

「レベルが低い作品を見せても君に良い影響を与えられないからね。僕が見せないように誘導していたんだ」

 俺と違ってちゃんとした修行を積んでいたから作品の解説なんかを頼んだりしていたのだが、まさかそんなことをしていたのか。

「あと単純に平民でマジックレジンを作る人が少ない」

 まあ確かに平民が趣味にやましてや金を稼ごうとするには敷居は高いからな。

「俺でも出せるのは分かったが、今更出展させようって言うのはどう言う了見だ?」

 俺が作るマジックレジンをある程度評価はしくれているが、芸術祭に出せる程の腕では無いと思っていたはずだ。それを出せということは、面倒臭い理由があるに違いなんだろうな。

「これから話すことは他言無用なんだけどと言っても平民間でって話で、工房関係者は知ってることなんだけどね」

 聞きたくねーなぁ。

「今年の芸術祭の共通のテーマは星なんだ」

「へぇ」

「芸術祭の実行委員長である公爵様の孫娘のステラーレ様が星が好きらしくてね」

「ええぇ……」

 つい引いてしまったが、多少の私情が入るのは悪いことではないと思う。

「普段ならそういう事をするお方では無いんだけど。ステラーレ様は病弱なんだそうだ」

「孫の為ってやつか。……治らない病気なのか?」

「いや、治る治らないという話なら、治りるよ。ただ死亡率はとても高い」

「一応治す方法はあるが、運任せっってやつか」

「いいや、確実に治せる。ただし治療費が膨大にかかる」

「ああ、そういうことか」

「流石に公爵家が払えないというほどではないけどね。ただお金には問題ないんだけど、完治するまでに時間がとても掛かるんだ、何年もね。さらに完治しても体はボロボロでいわゆる健康な状態に戻す為のリハビリも何年も掛けなきゃいけない。病気による苦痛と本当に治るとかという不安つまりは生きていく為の気力が保たないんだよ」

「生きる為の元気を与えてやりたいってことか」

「そういうこと」

「しかしその理由なら平民に隠し事しなくてもいいだろ?」

「まあそれだけならね。芸術祭はコンテストも兼ねてるからに出展された作品には賞が贈られるだろう? それで今回の芸術祭には特別賞っていうのが加えられてね。特別賞の選考基準はステラーレ様が気に入った作品でね。芸術祭が終わったらプレゼントされることになっているんだ」

 コンテストを隠れ蓑にしたプレゼント選びか。

「それは流石に私物化しすぎじゃないか」

「一応国王様の許可は貰ってるんだけどね」

「工房関係者は知ってるってことだが、工房の職人ってのは基本的にお抱えだろ? 貴族も職人も良く納得したな」

「人徳がある人だからね。理由も理由だしまあ一回ぐらいならってことさ。それに貴族にも職人にもメリットが無いって訳じゃないしね」

「んーだが、俺が出展しなきゃいけない理由が見えんな」

「それはね、僕達に結婚祝いでマジックレジンを作ってくれたじゃないか。結婚式にこちらの事情等で招待することが出来なかった用事があって来れなかった貴族が見たいと要望がよくあるんだけど、件の公爵は参加したけどステラーレ様は連れて出席出来なくてね、屋敷に見せに行ったことがあるんだよ。その時にファンになったらしくね、参加してもらいたいって手紙が来たのさ」

 血の気が引いた。

「ちょっ、待て!」

「いや言いたいことは分かる」

「ならちゃんと説明したんだろうな! アレは極上の素材が運よく手に入ったから出来たもんだぞ。アレを基準にして出展を要望されても、一般人枠の連中とそう変わらない物しかだせないぞ!」

「したし、公爵様も次期公爵夫妻様もちゃんと分かっておられた。もちろんステラーレ様にも説明してもらった」

「じゃあ」

「年齢に似合わず聡明な方でね、全てを理解した上でなそれでもと言われたそうだ」

 本当に理解しているか疑わしいが、そこまで言われたら子爵家の二人には断れないだろう。

「ちなみに失望させたら?」

「基本的に分別がある方達だから何かあるってことはない。少なくても君に何かマイナスになるようなことは起きないよ」

 言い方ー。

「……分かったよ。やるよコンチクショー」

「まあ僕達も出来るだけ協力するし万全を期する為に額装は僕が作ろう。公爵家も無理を言ってるのは分かってるから、使いたい素材の要望があれば出来るかぎり用意するそうだよ」

 公爵家だから大抵の物は手に入るだろうが、良い物を使えばいいっていうわけじゃねいからなぁ。

「今すぐには思いつかないだろうから、あとで連絡してくれればいいけど。準備制作調整諸々を考慮すると……そうだね二週間後までにはお願いするよ」

「分かった」

「じゃあ僕はこれ失礼するよ。君に快く引き受けてもらえたことを早く報告しないといけないからね」

「へっ!」

 俺の返しにスクルプは苦笑しながら帰って行った。

 スクルプが帰ってしばらく今家にある手持ちの素材を眺めて、構想を練る。

 テーマが星ということだが、漠然としていて無数の表現選択がある様に思えるが、実際のところ魅せ方はかなり少ない。

 俺の予想では出展される作品は似たり寄ったりになるんじゃないだろうか?

 構想と言える程ではないが、色々と考えてみるが同じ様な物しか思い浮かばない。

 まず最初に女の子が元気付けられる物すら湧いてこないのだ。

「モアとベルヴィルに何か良いアイディアがないか聞いてみるか」

 同居人とその相棒の女冒険者コンビが頭に浮かぶ。

 いくら荒くれ者の冒険者でも女なんだ。おっさの俺より良い考えが浮かぶだろう。

 ……多分恐らく。

「……小僧の方がマシな気がしてきたな」

 いつもお店に卸している作品を受け取りにくる少年のことを考える。

 よくよく考えるとお店で働いているからか流行に詳しい、俺よりもあの二人よりも頼りになるのは間違いない。

 最近納品したばかりで意見を聞きたくても来ないが、今回の依頼で調べたいこともあるし数ヶ月ぶりに街に行くか。

「何がマシだって?」

「うおっ!」

 今家に自分しかいないと気を抜いていた所に背後からのいきなり疑問を投げかけられてその場から跳び引いた。

「ビックリした、帰って来たら挨拶しろと言ってるだろう、モア」

 モア—— 仕事から帰ってきた俺の同居人に文句を言う。

「言って気付かなかったお前が悪いだろ」

「げっ……、そりゃすまんかったな」

「分かれば良いんだよ。で、珍しく何悩んでいるんだ?」

「スクルプから厄介な依頼を受けてな。まあ、まだ時間がある話だから後で説明する。それよりも、聞いてた予定より早く帰って来たから風呂の用意はしてない、ちょっと待ってろ」

「ああ、いい。思ったより楽なクエストでそれほど疲れてないから、魔法を使って自分で沸かす。それよりもベルヴィが来るから、酒のつまみを用意してくれないか」

「打ち上げか? それなら街ですればいいだろうに」

「馬鹿野郎共がいなかったらそうしてるよ」

 そう言ってモアは風呂場に向かって行った。

 もう数カ月も経つのにまだモアにちょっかいかける奴がいるのか。

 モアはこんな田舎で—— いやこの国中を探しても同じくらいの美貌が片手ほどもいるか分からない程の美少女なのは間違いないが、強さもこの国の上位から数えた方が早いくらい強い。ベルヴィアと組んで冒険者を始めた一週間ばかりの間にここら辺の冒険者達の頂点に立ったくらいだ。

 ただ冒険者を始めたばかりでランクが低く、その騒動に関わっていなかった人や偶々遠征に出ていた奴らにしてみれば噂に尾ひれがついて広まったと思う者もいるようだ。

「チーズとナッツ、乾燥フルーツもあった方が良かったか。あと肉は……どうしようか? そういえば前にスクルプからチョコっていうのを貰ってたな。甘い菓子だが甘さ控え目にした物なら意外に蒸留酒に合うとか言って置いてったが、値段聞いてあっという間に食われちまったらたまらないと保存庫に隠してそのままだったが、より良いアイディアの為に出すか」

 普通の肉系は結局出さずにハムと香草ソーセージにした。クエストに出れば現地調達で焼いた程度の肉など食い飽きているだろうからだ、それに肉の調理法なんぞ焼くしか知らん。

 昔料理教わった時に肉は焼き一択とか言って教わらなかったからなぁ、その代わり焼きを徹底的に仕込まれたが聞いとけば良かったか?

 今更せんなきことだ。

 モアが一風呂入ってそのままベッドに雪崩れ込み夕方になるちょっと前ぐらいにベルヴィルがやって来た。

 まだ眠っているモアを起こしに行こうとするベルヴィルに香草ソーセージはそのままか焼きか煮るどれが良いか聞くと全部と返って来たのでそうする。

 香草ソーセージの焼く匂いで目が覚めモアを伴ってベルヴィルは席についた。

 皿に適当に盛ったつまみを出すと酒盛りを始めた。

 見た目以上に収納出来るマジックバッグから大量の酒を出して飲み出したのを見てつまみも買って来いよと思ったが、つまみを家で用意する分酒に力を入れたそうだ。

 そのおかげで御相伴にありつけたのだから良しとしよう。

 途中、隠し持っている生ハムを出せと言われたがチョコを出していることを言うと、価値の分かっているベルヴィルが説明してモアを説明して納得させていた。

 酒の肴に聞いていた今回のクエストの話も終わり、モアから今回受けた依頼について聞かれた。

「で、今回はどんな無茶振りされたんだ」

 朝あったことを二人に話す。

「うっわー……」

 ベルヴィルの最初の一言がこれだった。

「そんなに引くほどのことか?」

 モアは不思議そうに言う。

「そりゃ公爵家の無茶振りとか引くわ、下手な物出せないからプレッシャーとか相当な物よ」

「ん? 出来は問わないって話だろ」

「おっさんに対してってだけよ、子爵家は別。一応公爵家は何もしないでしょうけど、その周りはどうかしらね。公爵家の依頼に対してこの程度の物しか用意できないのかって、評価を受ける事になる。貴族こういう場合の評価っていつまでもねちっこく張り付いて、多少の成果程度なら『ですが』なんて単語つけて昔の評価持ち出して上がらないなんてよくあることよ」

「ちっせえなぁ」

「で、だ。なんか良いアイディアないか?」

「アイディアねぇ」

「オレに人間の好み聞かれてもなぁ」

 それはそうなんだが。

「街に行っているんだ俺よりは詳しいだろ」

「仮にも観賞用の装飾品作ってる人が言う事じゃないわね」

 うっさいな分かってるよほっとけ。

「まあ、アタシが言えるのは、星って表現が結構被るのよ。正直言って五パターン以上あるかどうか、小手先じゃどうしようもないんじゃない?」

「んん? それならどうにでもなるんじゃないか?」

 モアの言う事にベルヴィルは首を横に振る。

「だから素材勝負になるの」

 やっぱり最終的にそこになるよなー。

「公爵家が金出してくれるんだろう?」

「他の出展者もバックには貴族がいるの、権力はともかく公爵家よりも金がある貴族はいるからねぇ、他者よりもレアな素材をって見始めたらキリがないのよ。それに大幅に甘く見積もっても工房の弟子程度の実力のおっさんに公爵家が大金をかけて高級な素材を与える訳はないわ。素材に対して技術が追いつかないし他の職人と同程度の素材だと腕の差が浮き彫りになるからね、幾らなんでも孫の為とはいえ結果が分かりきった物に大金は出せないわよ」

「ただでさえ、星光石は希少だからなぁ」

「星光石?」

「あれ知らないのか?」

「無晶石なんてどれも一緒じゃないのか」

「まあ、魔晶石を使うのはヒト属ぐらいらしいからな、知らないのもしょうがないか」

 今教える事でも無いがモアの母親に色々教えるように頼もれてるし、興味があるうちに説明するか。

「マジックレジンの材料のというか魔法触媒である魔晶石の中で火や土なんかの特色が無い無色の魔力の結晶が無晶石と呼ばれているのは知ってるよな」

「ああ」

「昔から無属性の魔力って何だって話はあって、最有力候補だったのが風の魔力だったんだが、二つ問題があってな。一つは風の魔晶石の存在、風魔力だった場合無晶石と風晶石に違いは何処から来るんだって話でな。二つ目は魔力は万物に宿っている、逆に言えば魔力が宿っていない物は存在しないって事だ。そしてある錬金術師が万物というのは幾ら消滅した様に見えても大きさが変わるか変質して別の物に変わっているだけで世界の魔力の総量は変わってないそうだ。それはつまり余分な魔力は無いって事になる」

「無晶石になる余分な魔力が無い? ならその錬金術師が間違ってるだろ、無晶石なんて小さいのならそこ等辺に転がってるんだぞ」

「まあそういう意見もあって、色々と議論されてきた訳だが、最近になって無属性の魔力は光だと分かったんだ」

「実は光属性だったってことか?」

「間違いじゃないが正確に言うと、太陽光だったんだよ」

「太陽だと」

「そう、空から降り注ぐ太陽光の魔力が集まって結晶化したのが無晶石だったんだと。まあこれはこれで色々と議論されてるらしいが」

「ああ、なるほど。見つけた……いや従来の思想じゃあり得ない考えだろうに結論を出した奴は凄いな、空の上のことなんて何も知らないだろうに」

 モアは一人で何かを納得している。

「それで、星光石ってのは?」

「ああ、実は無晶石にはクセがあるヤツがたまにあってな。これの理由も最近分かったんだが元々無晶石は三種類の光が混ぜって結晶化していて、その比率の違いだったんだ。一番比率が多いのが太陽光、その次に多いのが月光、一番少ないのが星光」

「星の光の結晶だから星光石か」

「この違いが分かった事で夜がテーマの作品の表現が広がったんだ」

「まさに今回のテーマにピッタリって訳だ」

「けど星光の比率が高い無晶石って本当に少ないんだよ」

「それなら他の奴らも用意できる奴は少ないだろう」

「そうなんだけど魔晶石って人工で作れるからねぇ、質は多少悪くはなるけど貴族のお抱えの魔法使いなら難易度は高いけど作れる人はいるでしょうね。まあ制作費用は天然の星光石を手に入れるよりは安いけど、今回の為に出せる金額ではないわね。まあそもそもな話、おっさんは令嬢の我儘で横入りしただけで公爵様してみればお抱えの職人は元々いるし他の出展者もおっさんより下はいない、本当に完全な無駄で実際は援助したくないんだろうけど申し出は外面と多少の憐れみだろうね」

「なるほどねー。難易度高いって話だけどあんた達は作れないのか? 魔晶石は作れるだろ」

「作れる。ただし時間をかければだが一年は欲しいし、それに出来ても質がなぁ」

「アタシは無理。陽光石は作れるけど、月光石は運が良ければ出来なくもない、どっちも質は最悪になるけど」

「そんなに難しいのかよ」

「星の光を集めるのがとても難しくてねー。天然でも人工でもそうだけど星の光が強い場所なら比例して作り易いし質も良くなるかな、例えばA級探索地とか」

「確かにA級探索地の星空はここよりかは良いだろうけど——」

「あそこなら質のいい星光石が作れるでしょうけど」

「あの程度の星空じゃ質がいいのは出来ないだろうな」

「えっ?」

「え?」

「ん?」

 三者三様の疑問符が浮かんだ。

「いやいやモア、あそこよりいい場所はどこ探しても無いよ」

「そうか? オレが前住んでたとこの近所は、あれより比べ物にならない程綺麗だったぞ」

「お前が住んでたとこって言うと……、いやそこまで変わるか?」

「あー……山の上だったしなぁ」

 空気が薄く気温が低いと良く見えるとは聞くな。

 と、ちょっと脇道にそれ過ぎたな。

 話を戻そうとすると、モアが何か考える素振りをしてニヤリと笑う。

「今回もオレが大いに手伝ってやるから、生ハム寄越せ」

「……あの鱗は使えんぞ?」

「違う違う、特別に連れて行ってやるって言ってんだ、最高の星空が見える場所に。ついでに世界で一番美しい星の光も見せてやる」

 ベルヴィルの目が限界まで大きく開く。おそらく俺も同じ顔になっているだろう。

「つまりS級探索地……!」

 あまりの提案に思考が停止していたが、すぐに我に帰る。

「しかしだな、そこに連れて行ってもらったとしても俺達じゃ星光石は作れない」

「分かってるって、だからこれは借しだ、それもオレが作ってやるよ」

 喉から手が出るほどありがたい申し出なんだが、こいつに借りを作るのかぁ。

 だがまあ背に腹はかえられぬ。

「お願いします」

「じゃあ、準備もあるし出発は明日のおやつ食った後ぐらいでいいな」

「ああ」

 とりあえず話が纏まったので御所望の生ハムを取りに行く。

 流石に生ハムだけじゃ釣り合わんな、何か良い物はあっただろうか。

「ベルヴィは一緒に行くか?」

「絶対行く。安全にS級探索地に行ける機会なんてこの先ないもの」

「分かった。まあS級探索地といっても比較的安全な所だ、安心して良いぜ」

「人外魔境の比較的安全な場所、ね……」

「本当だぞ、なんせ母様から単独で行って良いと許された数少ない場所だからな。それに人間界側から行くから道中も心配する様な脅威も無い」

「それでもA級探索地でしょうに、でも近い? と言えば近いのね」

「ああ、人間の足で行こうとすれば数ヶ月以上かかるが、オレがドラゴンの姿に戻ればひとっ飛びだ」


 翌日、モナに連れられて行った場所で見た眼下の光景に感動で打震えた。




 芸術祭の開催前日。

 身分が関係無く見に来ることが出来る芸術祭ではあるが、その開催の前に貴族だけが観賞出来る日が設定されている。

 その日を利用してステラーレ様が欲しい作品を探すことになっている。

 その案内役に私、アルテミシア=エノーが務めることになった。

 私が務めることが出来る大役では無いのだけど、マジックレジンの縁で任せられた。とはいえ説明などは学芸員がしてくれるのでただの付き添いだ。

 だから本当はそれほどプレッシャーを感じる役目では無いのだが、展示されている作品の中の一つに私に縁がある人物の作品がある。

 その人物は私の結婚祝いにマジックレジンを作ってくれた者で夫と知り合うきっかけを作った恩人でもあるが、正直職人としてはきちんとした場所で修行した職人と比べると技術に雲泥の差がある。

 私としては彼の作品は好きではあるのだが。

 とにかく、本来なら身分的にも平民作品群のスペースに展示されるのだが、ステラーレ様のお気に入りということで、分不相応に工房の職人側に飾られてしまっている。

 まあ先程聞かされた話ではこの後平民スペースに移されるという、ステラーレ様の手前今日だけこちら側に展示するということだ。

 だからってすぐ撤去出来るようにする為に仮スペースを作ったがその場所を一番最後にすることはなかっただろう。どう考えても平民スペースに工夫するだけでどうにでもなった筈だが。

「少し悪目立ちし過ぎてしまったか……」

「どうなさりました?」

 ステラーレ様に聞こえてしまったか心配そうに聞かれた。

「いえ、なんでもございません」

「そうですか? それよりもかの職人のマジックレジンの額装はアルテミシア様の旦那様が作っていらっしょるのですわよね」

「はい」

「どういう作品かお聞きに?」

「それが、何も知らないで見た方が絶対に良いと教えてもらえませんでした」

 ただ一つだけ注意点はあったけれども、今言うことではないだろう。

「まあ、それはとても楽しみね」

 なんか胃がキリキリし始めた。

 それから作品を見て回る。

 見て回った作品の数々は素晴らしいという一言に尽きた。

 星々の河、星の雲、流れる星の雨、神話伝説を題材にした物もあれば、一年の星座の移り変わりを表現した物もあった。

 ステラーレ様は淑女教育が行き届いているようで年相応の反応は見せなかったが、観賞する目は星の様に輝いていた。

 だからドンドン気が重たくなっていく。

 病弱なステラーレ様に合わせて多めに休憩を取りながら回っていたが、とうとう最後の作品に来てしまった。

 この時になって各々のペースで見て回っていた他の貴族達が集まってきた。

 それを見てつい溜め息が出てしまう。

「ごめんなさいね」

 ステラーレ様に小声で謝られる。

 咄嗟に否定しようとしたがステラーレ様は先に中に入られた。

 私も仮スペースに入ってマジックレジンに魔力を通す。

 展開された光像は仮スペースを満たす様な星々で時たま金色の線が縦横無尽に走っていた。

 良い素材が手に入った様で思いのほか悪くはないのだが、正直これは幾ら贔屓目に見ても今まで見てきた作品とは数段見劣りする。

 ステラーレ様を見ると笑みを崩してはいなかったが、眉尻が下がっていた。

 見ている価値は無いと出て行こうとする貴族の気配を感じて、ステラーレ様も続かれ無い様に少し待ったをかける。

「ステラーレ様少しお待ちください」

「何かあるのですか?」

「一つ注意されたことがあるのです」

 私は夫、スクルプが言っていた事を思い出しながらそれを探す。

 それは星座を探して欲しいだった。

 せめてもうちょっとヒントが欲しかったが少し動きながら見渡していると、縦横無尽に走っていると思っていた金色の線が規則に従って走っていることに気がつく。

 まさかと思い金色の軌跡を覚えて頭の中で繋いでいくと一つの星座になった。

 何故か星座を形成する星々の位置に奥行きを作っていて、それが縦横無尽に走っている様に見せていた。

 全ての金色の軌道を記憶すると、これは黄道十二星座だとわかる。

 星座を探す意味に気が付いて、スクルプが導きたい場所を割り出す。

「ステラーレ様こちらを少しの間見ていて下さいませんか?」

「わかりました」

 私がステラーレ様の側まで戻ると、いつの間にか金色の軌跡の数が増えてどんどん速くなっていた。

 そして一瞬、星々を繋げ星座を形どる線となったと思うと、一斉に霧散する。

 それから眼前に現れたのは、光だった。

 光は徐々に眩い程に光を増していき、同時に細い光が両端から走り出して輪を作った。

 まるでダイヤモンドの指輪の様だ。

 光が段々と落ち着いてくると少し赤み掛かりそれすら薄まって消えていくと蒼い球体が現れる。

 基本的に蒼い球体は青く光っていていて、時たま表面に緑や茶、白などが現れては消える。

 誰もがそれに釘付けになって微動だにしない。

 やがて最初に出て来た光とは反対の場所に紅い光が生まれて表面は染まり紅い光が小さくなっていく程に球体は黒く塗られて最後は完全に見えなくなった。

 また金色の線が走り始める。

 これが夫と彼が施した仕掛けなのだろう。

 おそらくは空の一日の様子を球体として星に見立てた物だと思うが……。

「何故、私は涙を流している?」

 周りを見渡すと見ていた者全員が泣いていた。

 理由は誰にもわからない、ただ安堵という感情が溢れて涙となって流れていた。

 それから殆どの者はここを離れようとはせず、観賞する者が増えていくばかりで、それは終了時間まで続いた。


 結果で言うと、俺が作ったマジックレジンは選ばれなかった。

 芸術祭が終わって手元に戻っても来なかったが。

 どうなったかというと王家に接収された。

 その時に素材の事を聞かれたが、人工(竜工)の魔晶石で何を基に作った物かは門外不出だから教えられないと言ったら諦めていた。

 諦めたといえば公爵家令嬢様が何故選ばなかったというと、先程も言った様に王家が関わって来たからだ。

 流石に諦めるしかなかったが一つ条件を出した、それは制作者と話がしたいというものだった。

 最初は王家も渋っていたそうだが、約束を反故にした様なものだった為、口外しない様に約束して教えてもらったそうだ。

 俺との王家の約束はと言いたいが、平民と公爵家じゃそりゃ公爵家を優先しますよねー。

 当然拒否権など無く令嬢と会ったが、まあ話す事が無い。

 他愛無い質問に答えて、互いに無言になった所で、終わりという流れになった時に一つ約束をさせられた。

 病気が治って立派になったらあのマジックレジンの素材が何か教えて欲しいと。




 ——十数年後。

「いやぁ貴族ってやっぱり生まれ持ってる才能が違うな」

 芸術祭で最優秀賞を貰った公爵令嬢の事を思い出していう。

「そーだな」

 隣にいるモアは興味無さそうに返事をする。

「それより今日で最終日なんだ、美味いもん食おうぜ」

「花より食い気なのはいいが、もうちょい花見ろよ」

「期間中に十分見たからな、もういい」

「はぁ、まあ皆んなと合流したらな」

 一緒に見てはいないが、表彰式は見ていたはずだから入り口辺りにいたら合流出来るだろう。

 とりあえず人の邪魔にならない所に立っていると視線を感じる。

「やあやっぱりここら辺にいたんだね」

 スクルプとアルテミシア様がいた。

「おお、お二人は最後だと思ってた」

「まあちょっとね」

 感じた視線はこの二人と思っていたが、もう一人いることに気付いてそいつが視線の元だと分かる。

 よく見ると先程表彰されていた令嬢だった。

 芸術祭開催中の開催場では貴族がいても礼の姿勢をとらなくてもいいとはなっているが、対面だとやっぱりやらないとまずいか。

 ちょっと迷っていると令嬢がずいっと目の前に来た。

「あ、あの私立派になりました。あの時の約束を守ってもらえるでしょうか?!」

「えっ? なんのことだ?」

 大きい声と言ってる意味が分からなさ過ぎて、つい素の口調で聞いてしまった。

 令嬢はポカンとしたと思うと、いきなりギャン泣きし始めた。

 いきなり泣き出されて焦っているとアルテミシア様に肩を掴まれて、その場で正座させられて説教と共に説明を受けた。

 まさか公爵令嬢があの魔晶石を使ったマジックレジンを作ることを目標にして生きて来たとは……。

 ちなみに後で聞いたのだがステラーレ様がマジックレジン職人の道に進んだ原因として元公爵に軽く恨まれてるらしい。

「それにしても、十数年前に一回会った人とか普通覚えてないって……」

 そう溢すと、アルテミシア様に睨まれる。

「あの、それで約束は……」

 そう聞かれてモアを見ると、ニヤッと笑って頷いた。

「新しい借しが出来たかぁ……」


 後日、王族親族にすら他言無用と約束させて連れて行った場所で、美しさのあまり涙を流していた。




 




 

 



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