出会った女性がVチューバー!?彼女を事件が襲う!
浅倉颯斗、二十八歳。
都内の中小企業に勤めるごく普通のサラリーマンだ。仕事漬けの日々に少し疲れを感じる彼は、帰り道に立ち寄る近所のバーを唯一の憩いの場としていた。華やかすぎないその店は、静かに一人でグラスを傾けるのにちょうどいい雰囲気で、颯斗にとって心を休める大切な場所だった。
ある夜、いつものようにカウンター席でウイスキーを楽しんでいた彼は、ふと隣に座った女性に目を留める。控えめながらも知的で落ち着いた雰囲気を持つその女性が、バーテンダーと親しげに話している声が耳に入ったのだ。気づけば、颯斗は思わず声をかけていた。
「ここ、よく来るんですか?」
女性は驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて答える。
「たまに来ます。落ち着いていて素敵な場所ですよね」
それをきっかけに、軽い雑談を交わす。名前を尋ねると、彼女は藤井真奈、二十四歳だと名乗った。どこか神秘的で柔らかな空気を纏う彼女と話しているうちに、颯斗はもっと話をしてみたいという気持ちが自然と湧き上がってきた。
その夜、別れ際に真奈が「またここで会えたら」と微笑みながら店を後にする姿は、颯斗の胸に小さな余韻を残す。だが、その後何度かバーに足を運んでも、彼女の姿を見かけることはなかった。
「あの日の出会いは偶然だったのだろう」と思い始めた頃、再び彼女はふらりと姿を現した。
「お久しぶりですね」
今度は真奈のほうから声をかけてきた。少し驚きながらも、颯斗は嬉しそうに返事をする。自然と二人は隣同士に腰を下ろし、会話を始めた。少しずつお互いの趣味や興味について話していくうちに、真奈が映画や音楽、さらにはゲームにも詳しいことを知り、話題が尽きることはなかった。とくにゲームの話になると、彼女の表情が少し輝くように見え、颯斗はそれを見逃さなかった。
「仕事はどうですか?」
そう尋ねる颯斗に、真奈はどこか言いづらそうな様子で答える。
「ちょっと変わった仕事をしているんです。でも、あんまり人には話さないんですよね」
「そうなんですね。変わったって……?」
「自由な仕事っていうか……まあ、普通の会社勤めじゃないです」
曖昧な返事に、颯斗は少し引っかかるものを覚えたが、それ以上は深く聞かないことにした。彼女が話したくないなら、無理に聞くべきではない。むしろ、謎めいた雰囲気に惹かれ、興味はますます募っていく。
そんなある夜、酔いが回った真奈がぽつりとこぼすように言った。
「現実の自分でいるのって、ちょっと苦しいときがあるんです。だから、別の自分になれる場所があるのっていいですよね」
その言葉に、颯斗は彼女が特別な事情を抱えているのではと感じたが、何も言わず黙って聞いた。彼女が自分から秘密を打ち明けたいと思うときには、受け止めたい――ただ、それだけを胸に留める。
真奈がバーを後にする姿を見送りながら、颯斗は彼女への興味と、どこか落ち着くような心地よさを覚えつつも、大きな秘密が隠れているのではないかという予感も捨てきれなかった。
数日後の休日。
自宅でのんびりSNSを眺めていた颯斗は、ふと目に留まったVtuberの名前を見て画面を開くことにした。それは、国内外で圧倒的なファンを抱えるカリスマ的存在、「LUNA」。もともと名前だけは知っていたが、軽い気持ちで配信を視聴してみる。
画面に映し出されたのは、美しくデザインされたキャラクターが軽快にトークを繰り広げる様子だった。ところが、その声を聞いた瞬間、颯斗は強い違和感を覚える。
「この声……どこかで聞いたような……」
さらに耳を澄ますと、その口調や仕草がどこか藤井真奈を彷彿とさせる。だが、確証がないまま配信を閉じた。
そして次にバーで真奈と会ったとき、颯斗はその疑問を彼女に直接ぶつけることにした。
「真奈さん、変なことを聞くけど、LUNAって……君なの?」
その問いかけに、真奈の表情は一瞬にしてこわばる。驚き、戸惑い、観念したように、静かに口を開いた。
「……そう、私がLUNA。でも、このことは誰にも言わないでほしいの」
そう言って彼女は自分がLUNAである理由を話し始める。現実の自分に自信が持てず、LUNAとして活動しているときだけは自由になれる――その声は小さく震えていた。LUNAという仮面は、弱さを隠す盾でありながら、同時に唯一の自己表現の場でもあるのだという。
「でも、隠す必要なんてないんじゃないかな。君はそのままで十分素敵だよ」
颯斗がそう言葉をかけると、真奈は驚いたような表情を見せ、やがて安心したように微笑んだ。
「ありがとう……こんなふうに言ってくれる人、初めてかもしれない」
それから数日後。
真奈を突然の事件が襲う。LUNAのSNSアカウントが何者かに乗っ取られ、不審な投稿が次々と行われたのだ。誹謗中傷や不適切な発言が乱れ飛び、ファンからの非難や戸惑いの声が殺到する。さらに、ログインしようにもパスワードが変更されており、真奈はアクセスできなくなってしまった。
「こんなこと……私じゃない……!」
止まらない誹謗中傷に、真奈の心は深く傷つく。絶望しかけた彼女は、意を決してバーへ向かい、颯斗に助けを求めた。彼女が信じていたマネージャーが、裏でアカウント乗っ取りに関わっているらしい――その衝撃的な事実を打ち明けると、颯斗は真奈の気持ちに寄り添うように言葉をかける。
「そんな……信じてた相手にそんなことされるなんて、辛いよな」
「もう、どうしていいのか分からない……これまで積み上げてきたものが全部、なくなっちゃうかもしれない……」
「そんなことない。君が本当のLUNAだって、ちゃんと証明しよう。ファンのみんなだって、真実を知れば分かってくれるさ」
「でも……私、一人じゃできない……」
震える真奈の言葉に、颯斗は即座に応じる。
「一人じゃない。俺がいる。一緒に乗り越えよう」
その瞬間、真奈は少しだけ目を見開く。そして彼の優しげな表情に触れ、心の奥に小さな希望の灯がともるのを感じた。
「……ありがとう。私、もう一度頑張ってみる」
翌日、真奈は颯斗の力を借りつつ、新たに作ったチャンネルで緊急のライブ配信を行うことを決める。ファンにきちんと事情を説明し、誤解を解くためだった。
「ファンはきっと、君の本当の言葉を待ってる。怖がらずに伝えよう」
震える手で配信の準備をしながら、真奈は何度も深呼吸する。颯斗は隣で落ち着いた声をかけ、彼女を支え続けた。
そして配信が始まる。
「こんばんは、LUNAです。今日は皆さんに大切なお話があります」
コメント欄には瞬く間に多くのファンが集まる。少し目を閉じて気持ちを落ち着けた真奈――LUNAは、静かに説明を始めた。
「まず最初に、皆さんを驚かせてしまったことを謝ります。今回の不適切な投稿は、私の意思ではありませんでした。アカウントが第三者に乗っ取られていました」
一瞬コメント欄が止まり、「どういうこと?」「大丈夫?」という声が寄せられる。真奈は続けた。
「私はこれまで、LUNAとして皆さんに楽しんでもらえるよう活動してきました。それが私にとって、とても大切な居場所でした。ですが、今回の件で、もっと現実の自分にも向き合う必要があると気付かされました」
「信じてる」「頑張って」――そんな応援コメントが溢れ始める。真奈は涙ぐみながらも微笑んだ。
「これからもLUNAとして活動を続けていきます。そして、少しずつですが、現実の私も皆さんに知ってもらえるように頑張りたいと思います」
真奈の誠実な思いは、画面の向こうのファンに確かに届いていた。コメント欄には「応援してるよ」「また配信楽しみにしてる!」といった暖かい言葉が次々と表示される。
配信を終えた真奈は、大きく息を吐き出した。目を閉じる彼女のそばには、見守り続けていた颯斗の姿がある。
「君はよく頑張ったよ。ちゃんと伝わったはずだ」
「本当に……大丈夫だったかな?」
「コメント欄、見てただろ? みんな、君を信じてる」
その言葉に真奈はようやくほっとした表情を浮かべ、小さな声でつぶやいた。
「……ありがとう。本当にありがとう」
数日後、いつものバー。
再びグラスを傾けながら、真奈は真摯な眼差しで颯斗に礼を言う。
「本当にありがとう、颯斗さん。あなたがいなかったら、私はきっと乗り越えられなかった」
「いや、俺は君が頑張るのをちょっと手伝っただけだよ。全部、自分の力で乗り越えたんだ」
照れくさそうに笑う彼を見つめ、真奈は微笑む。その瞳には、以前よりもずっと穏やかな安心感が宿っている。
「でも、本当に感謝してる。颯斗さんがいてくれたから、私はここまで来られたんだと思う」
その言葉に、颯斗は一瞬目を伏せ、やがて意を決したように口を開く。
「真奈さん、俺、君に伝えたいことがある」
「え……なに?」
少し息を吸い込むと、彼は真剣な表情で続けた。
「俺はこれからも、君のそばにいたい。LUNAとしての君も、真奈としての君も、どっちも大切だから……もっと近くで支えさせてほしい」
その告白に、真奈は驚きながらも頬を染め、照れたように笑みを浮かべる。
「……私も、颯斗さんといると安心できるし、心強い。だから……お願いします」
安堵のような笑みを浮かべた颯斗は、そっと彼女の手を握った。
「ありがとう。これからは俺が君を守るよ」
その瞬間、二人の間に確かな恋が芽生えた。互いを支え合い、信じ合うからこそ生まれた、優しくも力強い絆だ。
配信画面の向こう側では、
LUNA――真奈の元には、ファンからの応援メッセージが連日寄せられている。
「皆さん、本当にありがとうございます。これからも、もっと頑張ります!」
画面越しに語りかける彼女を、颯斗はそばで見守っていた。そのまなざしには、深い愛情と信頼が込められている。
そして、二人の新しい関係はまだ始まったばかりだ。互いを理解し、支え合うことで芽生えた絆は、これから先も強く、深く育まれていくに違いない。