初夜で「君を愛することはない」と宣言された箱入り令嬢の末路
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私――アリスの旦那様、シグルド魔術卿は初夜のベッドで宣言した。
「君を愛することはない」
お互いシーツだけを身に纏った姿。
それぞれ湯浴みを済ませ、暗がりのベッドで落ち合った途端、彼はそう言ったのだ。
私はショックを受けた。
私はごく普通の貴族息女として生まれ、ごく普通に顔も知らない男性と結婚が決まり、女としての幸せを説かれながら花嫁修行に専念してきた。
それだけの人生だった私には、彼の言葉はあまりにもショックだった。
今夜は何が起こるのだろうとわくわくしていた。
母も婆やも「旦那様に愛される妻でありなさい」と私を教育した。
与えられた物語も姉たちの話も、いかに旦那様に溺愛されるかが、女の一生を左右すると言っていた。
旦那様に愛されて、子供を育て、嫁ぎ先と良好な関係を築く。それが女の幸せだと。
17年間信じてきた物語を全否定され、私はただただ呆然としていた。
次に悲しみが湧いてきた。
愛することはない、と言葉を吐き捨ててもいい相手だと思われたことに。
この時の私はこの言葉を知らなかったけれど、後で私はこの感情が「尊厳が踏み躙られた辛さ」と言うのだと知った。
愛さなくてもいいのだ。
政略結婚なのだから、愛されるかどうかなんて、まだわからなくて当然だ。
でもせっかく嫁いできた私という妻に、人生を捧げる相手に、初夜から堂々と冷たい言葉をかけられるような人は、その時点で恐ろしく冷淡な心持ちの人だと思った。
私は政略結婚の道具として育てられてきた。けれど道具なら道具の矜持がある。
実家で大切に育てられてきた『実家からの贈り物』に冷たくするなんて。
じわ、と涙が溢れてくる。
両親が見送ってくれた笑顔や、大切に用意してくれた婚礼衣装が、台無しにされた気分がして。
――これから先、どんなに手のひらを返されても、私はこの人を愛せないわ。
――知ってるもの。こういう男の人って、妻がそっけなくすると縋ってくるのよ。
――でもね。一度立場の弱い相手に冷酷な言葉をはき捨てた相手の改心なんて、信用できますか。
私は無力な女で、結局許すしかない立場。
そんな女を振り回して、「尻に敷かれてる男です」なんてアピールに使われる未来が見えてきてしまった。
結婚前に色んな噂話や物語を読みすぎてしまったかしら。私は暗い気持ちでいっぱいになった。
たくさんのショックと怒りと、それに勝る悲しみとやるせなさに私は項垂れる。
「……わかりました」
頷くと、涙がポロッと溢れた。
しくしくと、次から次に涙が溢れる。情けないけど、止められなかった。
「え」
旦那様が変な声を出す。顔を上げると、彼は真っ青な顔をしていた。
「……あの……君……ええと、ごめん」
私は鼻をかんで首を横に振る。
「謝らないでください。あなた様の本心を聞かせてくださりありがとうございます。愛のない結婚、承りました」
「あの、違うんだ、その、ええと……ああ」
旦那様は唐突に立ち上がると、壁を埋め尽くしていた本棚の角にガンガンと頭をぶつけ始める。
「ぼ、僕ってやつは……僕ってやつは、いつもいつもいつもこうだ……!」
ガンガンガン。
突然の激しい行動に、私は悲鳴をあげた。
「だ、旦那様!?」
慌てて体にシーツを巻いて旦那様に駆け寄ると、旦那様ははっと我にかえった顔をする。
すでに額がきれて血が出ている。
「す、すまない……またやってしまった……これで、何度人生失敗してきたか……違うんだ、僕は、君を決して、泣かせたかったわけではないんだ」
「あ、あああの、血が」
「問題ない、頭を傷つけて血を出して冷静になるのは道理に適った方法なんだ」
「道理の問題なんですか?」
私はとりあえず、何も拭くものがなかったので背伸びしてシーツの端で額を拭う。
旦那様は、本当に弱りきった様子だった。
「申し訳ない。正式な謝罪が必要なら、これから始末書を書くよ」
「全裸でですか」
「全裸でだって書くさ。ああ、尊厳を踏み躙るつもりもなかった。だが僕の言葉があまりにも唐突すぎた、その……令嬢に対する言い方として不適切だった。ごめん、本当にごめん」
「まずは落ち着いてください」
私は旦那様に水を飲ませる。
なんだかとてもクールで冷たい人だと思っていたけれど、もしかして表情筋が強張っているだけで、そんなにクールで冷たい人ではないのかもしれない。
旦那様は一息に呑んでふうとため息をついた。
「で……なんだったっけ」
「君を愛さないとおっしゃって、私が泣いてしまって、そしてあなたが本棚の角で血を流し始めました」
「そうだった。思い出した。その。……あの、とりあえず座って説明していいかな」
「はい」
私たちは再びベッドに座って向かい合った。
先ほどの愛さない宣言の時と同じ体勢なのに、状況は大きく変わり過ぎていた。
私たちは体にシーツを巻きつけ、膝を突き合わせる。
「まず……僕が魔術師であるのを知ってるかな」
「はい。とても賢いお仕事なんですよね」
私は花嫁修行しかしていないので、それ以上のことを知らない。
「魔術師は言霊を大事にする。言霊はそのまま力を持つから、それを嘘にしないように努めることが必要なんだ。これは魔術師としての倫理観だ」
彼は私にかいつまんで話してくれた。
「仕事柄、不確定要素の強い言葉は言わないようにし過ぎていた。気持ちなんて、愛なんて、形のないもので一生愛すると言って、君の人生をゆるふわに担保するのは失礼だと思ったんだ」
「ゆるふわ……」
「先日――僕の先輩が、一生愛すると言っていた奥さんと別居した。理由は浮気だ」
「あらまあ」
彼は苦虫を噛むような表情で、ものすごく嫌そうに続けた。
「僕は本能的に不愉快になった。愛というのがよくわからなくなった。魔術師という職業でありながら、嘘をつくのはだめだろう」
「嘘……」
「一度愛すると言霊にしたのなら、愛するべきだ」
彼は強く言い切り、そして続けた。
「僕は先輩の気持ちが分からなかったので、調べた。男女の性愛についての全てを」
「ど、どちらで?」
「論文と取材を主に。人間も動物の一種なので、動物学の教授にも話を聞いた」
「……とにかく、お勉強なさったのですね?」
彼は頷いた。
彼にとってどうやら、愛は学ぶことらしい。
女性で学んだ訳ではないということに、私はちょっとほっとしながら話を聞いた。
「驚くべき事に、性愛に紐付いた『愛』なるものは、三年で冷めてしまうのが普通らしい。三年なんて、子供が産まれてすぐに愛が冷めるのと同じじゃないか。そんな恐ろしいもので、君の一生を縛り付けるなんて僕は恐ろしいと思ったんだ」
熱を帯びた口調で、彼はぐっと拳を握って続ける。
「君は僕に嫁いでくれた。初婚という取り返しのつかない人生のカードを切って、僕と結婚し、将来的には子どもを成すために、僕相手に肉体を変容させて、妊娠し、お腹の中で子供を錬成し、命をかけて子供を産んでくれることになっているんだ。もちろん今後の君の生活の保証も何もかも、僕に頼る形となる。そんな状態の君を、愛なんて賞味期限がある言葉で縛るのは魔術師として僕は耐えがたい。ゆえに、僕は君を愛することはないと先に宣言したのだ」
彼はワナワナと震える。
「だが、僕の言葉がつまり、愛というロマンを求めて僕に嫁いでくれた君の思いを著しく傷つけ、君の価値観においては君の尊厳を踏みにじる行為であったならば、深く謝りたい」
私は涙が引っ込んでいた。
彼は気付いているのだろうか。
率直な甘いロマンティックな言葉よりも強く、私が欲しかったものをくれていることに。
旦那様は更に熱弁を振るった。
「いいかい。よって、僕は君を愛することはない。最初から、互いに対する本質的な敬意と責任を取り結び、恒久的な信頼関係を構築していきたい。そ、そう話したかったんだ……でも、結論だけを話してしまった。ごめん。早速僕は失敗してしまった」
彼を見ているとなんだか愛おしくなった。
「女性と話すのは……実は、家族以外とはほとんどなくて。女性の家族はみな魔術師なので、僕の言葉足らずな言い方でも理解をしてくれる人ばかりなんだ。でも、……その。それでは違う家庭で生まれ育ってきた君に対しては適切な言葉選びになっていないというのは、その、僕も気付いた。本当にすまない」
「いえ、その……はい。わかりましたので……」
「そうか」
「質問よろしいですか?」
「なんでも聞いてくれ」
「どうして、その……そこまでたくさん考えてくださっていたのに、さっきはいきなり愛することはない、という怖い言葉で話を切り出されたのですか?」
「それは……だって……その」
「その?」
「き、緊張したんだ。……しょ、初夜だというのは分かっていたけれど……昼間あんなに綺麗なお嫁さんだった君と、い、いきなり……ふたりっきりになるなんて」
「……ふふ」
「情けないだろう」
「いえ。私も緊張していましたから。過度にびっくりしすぎちゃいました。ごめんなさい、泣いちゃって」
「いいんだ。泣かせた僕の方こそごめん」
急に、夜風の寒さを感じた。
「寒くありませんか?」
「……そうだね、寒いね」
彼はたっぷりの逡巡の後、小さく付け足した。
「……一緒に、布団にもぐるかい」
「そ、そうですね。……ふたりなら、あったかいですね」
「うん、あったかい」
私たちは布団に一緒に潜り込んだ。
旦那様の顔が目の前にある。綺麗で優しい顔。体もこころも、あたたかくなる。
なんだかどきどきしてきた。彼はためらいがちに、私に言った。
「……僕のこと、許してくれてありがとう」
「いえいえ。一緒に、ええと……互いに対する本質的な敬意と責任を取り結び、恒久的な信頼関係を……ええと……」
「構築?」
「はい」
私は頷いた。
「構築していきましょう、旦那様」
「うん、そうだね。ゆっくり、お互いを知り合っていこう」
「末永くよろしくお願いします。愛さなくてもいいですので、仲良くしましょうね」
「……そのことだけど」
「はい?」
「……なんだか、その……もしかして、このどきどきするのは愛かもしれない。どうしよう、僕は早速前言撤回してしまうかもしれない。魔術師としてこれ、どうなんだろう」
「よろしいのではないですか? いまは魔術師ではなくて、私の旦那様なんですから」
「……そうだね。君という真理が許してくれるのなら、いいのかも」
私たちは布団に入り、お互いを知ることから始めることにした。
このまま穏やかに眠ってしまうのかもしれないな、と思いながら目を閉じたのだけど。
結局その後、初夜から最短速度で第一子を授かることになった。
その第一子を抱きかかえながら、彼は呆然と私に言った。
「どうしよう。もしかしたら、愛は実体を持って僕たちの間をつなぐのかもしれない。これは新発見だ。三年で愛はきえるのではなく、生命になるんだ」
どうやら愛は魔術師もおかしくしてしまうらしい。
そうして、愛することはない彼との恒久的な信頼関係は、新たなる家族を四人挟んで、墓の中まで永遠に達成されることになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
私は不器用で純情なヒーローと、優しいヒロインが好き……
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