「魔女の正体」「情報共有」のフェリシア視点
【魔女の正体】
「わんわん、くしゅぐったいよ~っ!」
いつものように、わんわんと遊んでいた時のこと。
わんわんがピタリと止まり、不思議そうに、こてんと首を傾げる。
「わぅん?」
「どしたの? わんわん」
どこかを見つめて、突然、ベッドから飛び降りて……着地失敗。
「きゃんっ!」
「わんわんっ! 大丈夫っ?」
「くぅ~んくぅ~ん……っ」
わんわんはおなかを打ったみたいで、痛そうにゴロゴロしている。
可哀想に思って、おなかを優しく撫で撫でしてあげる。
「よしよし、痛いの痛いの、飛んで行け~っ」
痛いことがあった時、ママがいつもこうやって撫でてくれた。
ママが、あったかいおててで優しく撫で撫でしてくれると、痛みが治まるの。
きっと、ママが「奇跡の力」で治してくれていたんだと思う。
わたしは「奇跡の力」を持ってないけど、撫でればちょっとはマシになるかな。
するとわんわんが急に起き上がって、どこかへ向かって元気に走って行く。
「わんっ!」
「え? なぁに? どこ行くの?」
わたしは、わんわんの後をついて行った。
わんわんは、お部屋の隅に置いてあった大きな箱に飛び付いて、箱の中に入っていたものをドンドン出していく。
お部屋に、物がいっぱい散らばっていく。
「もぉおおお~っ、わんわん! 散らかしちゃメでちょっ!」
わたしが怒っても、わんわんは言うことをちっとも聞いてくれない。
しばらくすると、わんわんは何かを見つけたらしい。
「わんっ!」と鳴いて、何かを咥えて、引っ張り出した。
わんわんは、嬉しそうにしっぽをブンブン振っている。
咥えていたものを見せるように、わたしの足元に落とした。
「わんっ!」
「なぁにそれ? それ探してたの? 何見つけたの?」
わたしは、わんわんがくれたものを拾った。
「これ……魔女の……?」
見覚えがあるそれは、魔女が着けていたおめんだった。
なんで、これがお姉さんの家にあるの?
突然、お姉さんがスゴい勢いで来て、わたしの手からおめんをバッて取り上げた。
お姉さんは、今まで見たことがない怖い顔で、わんわんを見る。
「ワンコ、てめぇ……せっかく隠しといたのに、よくも見つけやがったな……」
「きゃぅんっ! きゅ~んきゅ~ん……」
お姉さんの怖い声を聞いて、わんわんが怖がって、わたしの後ろに隠れた。
もしかして、もしかして……。
わたしは、恐る恐るお姉さんに聞く。
「お姉しゃんが、魔女なの……?」
「そうだ、私が魔女だ」
【良い子】
『森に住む魔女は、邪悪』
『その姿を見た者は、殺されてしまう』
『だから、森へ近付いてはならない』
街のみんなが、そう言っていた。
ママが読んでくれた絵本にも、怖い魔女の絵が描いてあった。
絵本の魔女は、真っ赤なローブを着ていて、怖いおめんを着けていた。
魔女と会った時、絵本と同じでスゴく怖かった。
「わたしも、殺されちゃうんだ」って、思った。
でも、魔女はわたしを殺さなかった。
街へ戻る道も、教えてくれた。
みんなの話や絵本とは、全然違った。
「無能力の子」のわたしを、拾ってくれた。
わたしなんかに優しくしてくれる、とっても良い人だった。
わんわんが、魔女のおめんを見つけた時は、スゴくビックリした。
大好きなお姉さんが、魔女だったなんて。
おめんを取り上げたお姉さんは、スゴく怒っていた。
わたしが「無能力の子」と知った後のパパとママと、同じ顔だった。
怖くて怖くて「ごめんなさい」って、謝ろうと思った。
でもすぐに、お姉さんの顔が泣きそうな、とっても悲しそうな顔に変わった。
わたしが怖がったから、わたしがお姉さんを嫌いになったと思ったんだ。
そうだよね、誰だって嫌わられたら悲しいもんね。
お姉さんは「邪悪な魔女」って言われて、みんなから嫌われている。
わたしも「無能力の子」って、みんなから嫌われている。
わたしとお姉さんは、同じ。
魔女を怖がったことが、スゴく悪いことに思えた。
だって、お姉さんは、とっても優しい良い人なんだもん。
おめんを着けたお姉さんは、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
やっぱり、お姉さんはとっても良い人だ。
「お姉さんが魔女でも、大好きだよ」
「……え」
おめんを着けたお姉さんは、驚いた声で聞いてくる。
「え? 怖く……ないの?」
「あのね……そのおめんは怖いの。でも、お姉しゃんは怖くにゃいよ。だって、お姉しゃんは、とっても良い人だかりゃ」
「私は、良い人なんかじゃ……」
そう言いながら、お姉さんはおめんを外してくれた。
おめんを外したお姉さんは、さっきと同じ泣きそうな顔をしていた。
わたしは、お姉さんの足にしがみついて、にっこりと笑う。
「怖がっちゃって、ごめんちゃい! でもね、お姉しゃんのことは、だいしゅきだかりゃっ!」
「あ~もぉ~っ! どんだけ可愛ければ気が済むのよ、お前は~っ! 私もフェリシアが、大好きよっ!」
「ホント? お姉しゃんもだいしゅきなの? やったぁっ!」
「もちろん、大好きに決まってんべやっ!」
お姉さんはいつもの笑顔に戻って、抱き上げてくれた。
わたしは、お姉さんに笑ってくれたのが嬉しくて、一生懸命「大好き」を伝える。
「あのね、お姉しゃんはね、抱っこしてくれるし、撫でてくれて、いっぱいたくさん優しくしてくれりゅから、だいしゅきなの」
「それは、お前がなまら良い子で、可愛いからよ」
頭をよしよしと撫でてくれるのが、とっても気持ち好い。
「もっと、良い子になりましゅ」
「お前はもう、充分すぎるぐらい、良い子ちゃんだべや」
「もっともっと、良い子になりたいにょ」
街のみんなは、昔話を信じてて、本当のことを知らない。
わたしだけが、魔女はとっても優しいって知っている。
だったら、わたしはお姉さんを嫌わない。
これからも、いっぱいいっぱい大好きだからね。
もっともっと良い子になるから、お姉さんもわたしを嫌わないで。
【ピアノ】
朝、起きたら、お兄さんが大きな袋をくれた。
「フェリシア、約束のお土産だぞ! 開けてみろっ!」
「わぁ、お兄しゃん、あぃがとぉ。これ、なぁに?」
「それは、開けてみてのお楽しみ」
何が入っているのか、袋は大きくって重たい。
開けて良いと言われたので、袋を開けてみる。
中には、大きな箱が入っていた。
箱には、見たことのない不思議なものが描いてある。
何これ?
中が気になって、箱を開けようとしたけど。
テープが剥がれなくて、なかなか開けられない。
一生懸命、爪でカリカリ引っかいていると、お姉さんが小さく笑う。
「開けらんねぇの?」
「……ごめんしゃい」
「謝んなくて良いから、私に貸してみ? 開けてあげるから」
「うん」
箱を差し出すと、お姉さんは箱をヒョイと持ち上げた。
見ていると、簡単そうにテープを剥がして箱を開けてくれた。
「ほら、開いたぞ」
「わぁっ、お姉しゃん、しゅごい! あぃがとぉっ!」
「どういたしまして」
わたしが手を叩くと、お姉さんはニコニコ笑いながら、中身を取り出してくれた。
透明のビニール袋に入った、不思議な形をした黒いもの。
袋から出して、わたしの前に置いてくれた。
「これ、なぁに?」
「これはな、『ピアノ』ってんだ。こうやって叩くと、音が出るんだぜ」
お兄さんが、四角い白いものと黒いものを押した。
それに合わせて、ポロンポロンと、色んな音が鳴った。
スゴくビックリして、でもワクワクして、胸がドキドキする。
「わっ? なになにっ? しゅごいっ!」
「お前もやってみ?」
「うんっ!」
わたしが、お母さん指(人差し指)でチョンチョンと白い四角をつつくと、また音がする。
右に行くほど音が高くなって、左に行くほど音が低くなる。
触る場所によって、音が違うのが楽しい。
「ピアノって、面白いねっ!」
「そうか、面白いか。それ、お前のだから、好きなだけ遊んで良いんだぞ」
「あぃがとぉ、お兄しゃんっ!」
「どういたしまして。フェリシアが喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
お兄さんは嬉しそうな笑顔で、わたしの頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。
こんなスゴいものが、わたしのものだなんて良いのかな?
嬉しくて楽しくて、何度もピアノを叩く。
なんて、幸せなんだろう。
お姉さんも、お兄さんも、とっても優しくて良い人。
どうして、わたしなんかに、こんなに優しくしてくれるんだろう?
お姉さんとお兄さんは、わたしが「無能力の子」だと知らない。
だから、わたしみたいのに、優しくしてくれるんだ。
だけどきっといつか、わたしが「無能力の子」だと気付く。
そしたら、ふたりともわたしを嫌いになる。
嫌われたら、捨てられる。
でも、仕方ないよね。
だってわたしは、「無能力の子」だから。
もう少しだけ、あとちょっとだけで良いから、気付かないでいて欲しい。
……ずっとず~っと、知らなければ良いのに。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。