「歌の翼を持つ天使」のフェリシア視点
クロヤギさんは、お姉さんとケンカをやめて、わたしに向かって言った。
「この子の前で、このカッコじゃなんだし、俺、人間に変身するわ」
「へんしん?」
「そ。俺、人間に変身出来るんだぜ。まぁ、見てろよ」
そう言って、クロヤギさんはカッコイイポーズを取る。
「行くぜ! 変身っ!」
叫ぶと、クロヤギさんが黄色く光った。
強い光に目をつぶると、クロヤギさんが話し掛けてくる。
「あ、ごめんごめん、ちょっと眩しかったな。でも、ほら見てみ?」
「え?」
「じゃーん! どうよ? 人間に変身しちゃいました~っ!」
目を開けてみると、そこにはカッコイイお兄さんが立っていた。
クロヤギさんが、お兄さんになった。
とってもビックリしたし、スゴく面白かったから、わたしはお兄さんに拍手をした。
「うわぁ、しゅごいっ! クロヤギさんは、人間になれるんだねっ!」
「そうだぜっ! スッゴイだろぉ~っ!」
お兄さんは、得意げにニコニコ笑いながら、わたしの前にしゃがんだ。
「で? 君のお名前は、なんていうのかなぁ~?」
それを聞いてハッとして、わたしはぎゅっと口を閉じて、首を横に振る。
お兄さんはキョトンとして、わたしの顔を覗き込んでくる。
「あれ? どうしたの? お名前、言えないのかな?」
「あ~……ソイツ、名前ねぇのよ」
わたしがどうしようかと困っていたら、お姉さんが私の頭をよしよしと撫でて助けてくれた。
不思議そうに、お兄さんが目をパチクリする。
「なんで?」
「ソイツの親が、名前も付けずに育児放棄して、捨てたらしいんだわ」
「はぁっ? なんだよ、それっ? こんな可愛いもの、なんで捨てられんだよっ? 信じらんねぇっ!」
お姉さんの話を聞くと、お兄さんは怒り出した。
お姉さんも、怒っている。
「だべな。人間の親、マジカスゴミ」
「人間、許すまじ! ホント最低だぜ、人間ってやつはよっ!」
お兄さんとお姉さんが、パパとママに怒っている。
違うの、パパとママは悪くないの。
悪いのは、わたしなの。
「奇跡の力」を使えない、わたしが悪いの。
パパとママは、わたしをたくさん愛してくれた。
「大好き」って、いっぱい言ってくれた。
わたしも、パパとママが大好き。
「無能力の子」だって分かったら、ふたりともわたしを嫌いになった。
笑ってくれなくなった。
手を繋いでくれなくなった。
抱っこしてくれなくなった。
頭を撫でてくれなくなった。
名前を呼んでくれなくなった。
「大好き」って言ってくれなくなった。
話し掛けても、聞こえないふりをされた。
毎日、パパとママからいっぱい怒鳴られた。
「なんで『奇跡の能力』を持っていないんだっ!」
「『奇跡の力』を使えないのは、お前が悪い子だからだっ!」
「お前のせいで、とんだ大恥をかかされた! この恥さらしめっ!」
「いくら謝ったって、お前の罪が消えると思うなよっ!」
「許して欲しければ、『奇跡の力』を使ってみせろっ!」
「お前なんか、生まなきゃ良かったっ!」
「『奇跡の力』を使えるようになるまで、一生謝り続けろっ!」
何度も何度も、そう言われた。
「無能力の子」で、ごめんなさい。
「奇跡の力」を持っていなくて、ごめんなさい。
パパとママに恥をかかせて、ごめんなさい。
生まれてきて、ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。
わたしは頭を地面につけて、何度も何度も「ごめんなさい」って言ったけど、パパとママは許してくれなかった。
真っ暗な部屋に、閉じ込められた。
パパとママがわたしを嫌いになったのは、わたしが悪いんだ。
「無能力の子」だった、わたしが悪いんだ。
「奇跡の力」を使えたら、きっとパパとママはわたしを好きになってくれる。
それからわたしは、色んなことをやってみた。
もしかしたら、わたしにも何か出来ることがあるんじゃないかって。
前に読んだ絵本みたいに、能力を使うマネをしてみたり。
体に力を込めてみたり、何か出せないか一生懸命想像してみたり。
色んなことを、いっぱいやってみた。
でも、『奇跡の力』は出なかった。
これじゃ、パパとママは、わたしを好きになってくれない。
悲しかった。
なんで、わたしは「奇跡の能力」を持ってないんだろう。
みんな、持ってるのに。
なんで、わたしだけ。
きっと、わたしが悪い子だから、「奇跡の力」を使えないんだ。
パパとママに大好きになってもらえるように、良い子になりたい。
パパとママに、「『無能力の子』なんていらない」って言われた。
パパとママに嫌われて、教会ってところへ連れて来られて、わたしを置いて行った。
パパとママから「もう二度と、家へ帰ってくるな」と、言われた。
それを聞いて、わたしは捨てられたんだと分かった。
街のみんなは、わたしを「無能力の子」と呼んだ。
「フェリシア」って名前は、お前にふさわしくないって。
「無能力の子」には、もったいない名前だって。
それから「フェリシア」は「無能力の子」って、意味になったって言われた。
「フェリシア」は、言っちゃいけない言葉に、なったんだって。
だから、誰も名前を呼んでくれなくなった。
呼んでもらえないのが、当たり前になった。
ずっと呼んでもらえなかったら、自分の名前が分からなくなった。
でも、お姉さんとお兄さんが、わたしの名前を呼んでくれた。
「フェリシア」って。
嬉しい。
「名前」って、みんな、あるのが当たり前だと思ってたけど。
呼ばれなくなったら、寂しかった。
名前を呼ばれるだけで、こんなに嬉しいものだったんだね。
「フェリシア」が有名な作曲家の名前だなんて、全然知らなかった。
お兄さんが言うぐらいだから、きっとスゴイ人だよね。
そんな立派な人の名前を付けてもらっちゃって、良いのかなぁ。
でも、パパとママが付けてくれたのも「フェリシア」だし。
また「フェリシア」って呼んでくれるのが、嬉しい。
たぶん、お姉さんとお兄さんは、わたしが「無能力の子」だって知らないんだ。
わたしが「無能の子」だと知ったら、また呼んでくれなくなるのかな。
こんなに優しいお姉さんもお兄さんも、わたしを嫌いになるのかな。
パパとママも、優しかった。
街の人達も、みんな優しくしてくれた。
でも、「無能力の子」だって知ったら、捨てられた。
街のみんなも、教会のみんなからも、嫌われた。
また、嫌われる。
また、捨てられる。
ひとりぼっちは、寂しい。
もう、ひとりぼっちはイヤ。
お姉さんとお兄さんには、「無能力の子」だと知られてはいけない。
絶対、ワガママ言いません。
悪いところは、全部直します。
言われたことは、全部守ります。
好き嫌いしないで、なんでも食べます。
苦手なことも、出来るように頑張ります。
「奇跡の力」が使えるような、良い子になります。
もっともっと、良い子になります。
だから、お願い。
もう嫌わないで下さい、もう捨てないで下さい。
もう……許して下さい。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。