「邪悪な魔族」のフェリシア視点
【わたしのわんわん】
お姉さんが、わんわんを拾うことを許してくれた。
やった~! めっちゃ嬉しいっ!
わんわんは、ちっちゃくて、可愛くて、ぬいぐるみみたいなの。
毛がもふもふで、柔らかくって、あったかい。
耳もちっちゃくって、へにょって垂れてるの。
顔を近付けると、めっちゃ舐めてきて、くすぐったい。
でもね、地面に下ろすと、ぺっちゃんこになっちゃうの。
後ろ足が、しっぽと一緒にだら~んって伸びちゃってる。
だからね、ハイハイしようとすると後ろに下がっちゃうの。
お姉さんは、「後ろに下がっちまうのは、まだ仔子だから、後ろ足の踏ん張りが利かないのよ」って、言ってた。
後ろに下がりながら、「きゅ~んきゅ~ん」って、助けを求めてくるのがめっちゃ可愛いんだよ。
わたしが両手を差し出して助けてあげると、一生懸命登ってくる。
抱っこすると、胸にしがみついて、すりすりしてくる。
「くぁ」って大きなあくびをして、くぅくぅ寝ちゃうの。
口をもにょもにょ動かして、気持ち良さそうに眠るのが可愛い。
わんわんも、寝言を言うのかな。
夢の中で、ご飯を食べてるのかな。
すやすや眠る息に合わせて、ぽんぽん(お腹)が動くのも可愛い。
お姉さんも、にこにこと優しく笑いながら、わんわんを見ている。
「まだ赤んぼだかんな。寝るのが、コイツの仕事なのよ」
「そっかぁ、赤ちゃんだもんね。ふふふっ、きゃ~わゆ~ぃっ」
じゃあ、子守歌を唄ってあげようね。
いつだったか、ママが唄ってくれた歌。
優しかった、ママ。
いつも、にこにこ笑っていた。
大好きだった。
ううん、今だって大好きだよ。
だって、わたしのママだもん。
おねだりすれば「甘えんぼさんね」って、笑って抱っこしてくれた。
抱っこしてゆっくりと揺れながら、優しい歌を唄ってくれた。
「可愛い可愛い子、大好きよ」って、撫でてくれた。
ねぇ、ママ。
大好きなら、なんで捨てたの?
わたしは、ママが大好きなのに。
なんで、ママはわたしを嫌いになったの?
「無能力の子」だから、嫌いになったの?
「無能力の子」じゃなかったら、ずっと大好きでいてくれたの?
わたしもママのマネをして、わんわんに子守歌を唄う。
「可愛い可愛いわんわん、大好きよ」
わたしは絶対、わんわんを嫌いになったり、捨てたりなんかしないからね。
【邪悪なる(?)魔族】
どこかから、誰かの笑い声が聞こえてきた。
わたしが首を傾げると、お姉さんが困ったような顔で笑って教えてくれる。
「あの声はたぶん、Kentだわ」
「けんと? 誰? お姉しゃんのお友達?」
「友達っつぅか、腐れ縁っつぅか……お前、ケントと会ってみたい?」
「うん。お姉しゃんのお友達なら、会いたい」
「したっけ、会わささってあげるわ」
わたしが頷くと、お姉さんは声が聞こえる方へ歩き出した。
「あ、そうだ」と言って、お姉さんが抱っこしてくれた。
お姉さんに抱っこされるの、大好き。
歩きながら、お姉さんが話し出す。
「ケントは、ちょっと怖い姿をしてるけど、大丈夫?」
「怖いの?」
「顔が、黒山羊なのよ」
「ヤギしゃん?」
ヤギさんは、「おおかみと七ひきのこやぎ」っていう絵本で見たことがある。
悪いオオカミさんが、こやぎちゃん達を食べちゃう怖~いお話なんだよ。
でもね、お母さんヤギが、悪いオオカミさんをこらしめて、こやぎちゃん達を助けてくれるの。
絵本に出てくるヤギさんは、白いヤギさんだった。
クロヤギさんって、どんなヤギさんなのかな?
「オオカミしゃんは怖いけど、ヤギしゃんなら怖くにゃいよ」
「そっか。山羊さんは、怖くないか。したっけ、会うか」
「うん! ヤギしゃん、会えるの楽しみっ!」
「よし、すぐ、山羊さんに会わささってやるから」
お姉さんは安心したように笑うと、どんどん歩いて行った。
お姉さんがどんどん進むと、笑い声もどんどん大きくなっていく。
そして、ついにクロヤギさんを見つけた。
腰に手を当てて、ひとりで楽しそうに笑っている。
クロヤギさんから離れたところで、お姉さんが立ち止まった。
お姉さんは、わたしの耳に口を近付けて、ひそひそ言う。
「ほら、あれが黒山羊さんよ」
「わぁ、しゅごい。黒いヤギしゃんだ」
わたしもお姉さんのマネっこして、ひそひそ言った。
お姉さんは、わたしの頭を撫で撫でして、ひそひそ言う。
「黒山羊さんは、人間が好きじゃないの。だから、私が『良い』って言うまで、おしゃべりしちゃダメよ?」
「うん、分かった。『しー』ね?」
「そう、『しー』よ」
わたしが口の前で、お母さん指(人差し指)を立てると、お姉さんも口の前で指を立てた。
お姉さんがマネっこしてくれたのが嬉しくて、ふたりでくすくす笑った。
そうして、お姉さんはクロヤギさんに近付いていった。
「ずいぶん楽しそうじゃないの、Kent」
「そりゃ、楽しいに決まってんだろ……って、あれ? 何それ?」
そう言って、クロヤギさんはわたしとわんわんを、じっと見つめる。
クロヤギさんの目は黄色くて、真ん中だけ黒くて四角い不思議な目だった。
わたしがクロヤギさんを見つめ返すと、お姉さんが頭を撫で撫でしてくれる。
「ああ、これ? 落ちてたから、拾って飼ってんのよ」
「拾ったって、お前……それ、人間じゃん。なんで、殺さねぇの?」
「だったら、これ殺せんの? やれるもんならやってみろや、ほら」
お姉さんはそう言って、わたしをクロヤギさんの前に近付けた。
良く見ると、クロヤギさんって、角が長くてとってもカッコイイ。
クロヤギさんは、何も言わずにわたしを見つめている。
なんか言わなきゃいけない気がして、「こんにちは」って言ってみた。
そしたら、クロヤギさんはわたしを抱っこしてくれた。
お姉さんよりも、ずっと大きな手で頭を撫でてくれた。
クロヤギさんもお姉さんと同じで、優しい人だ。
お姉さんのお友達も、良い人で良かった。
わたしは、もっと撫でて欲しくて、頭を擦り寄せた。
撫でてくれるのが、とっても気持ち好くて嬉しい。
「これ、俺にちょうだいっ!」
「誰がやるかっ!」
クロヤギさんが叫んだ後、ビックリするぐらい早く、お姉さんにぎゅって抱っこされた。
あれ? さっきまで、クロヤギさんに抱っこされてたはずなのに、なんで?
キョトンとしていると、突然ふたりがケンカし始めた。
「なんでだよっ? 落ちてたの、拾ったんだろっ? だったら、俺にくれよ! 大事に飼うからさっ!」
「私が拾ったんだから、私のもんに決まってんべさっ!」
「早いもん勝ちかよっ? ズルいっ!」
「ズルくねぇわ! そんなに欲しけりゃ、自分で拾って来いやっ!」
「ヤダヤダ! それが良いんだもんっ!」
なんで、ふたりがケンカしてるのか分からなくて、ポカンとしたままふたりを見ていた。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。