「愛されたかった子供」のフェリシア視点
【水浴び】
「ねぇ、水浴びする?」
「え? あ……うん……」
お姉さんが、川を指差して聞いて来た。
お日様の光を浴びてキラキラ流れる綺麗な川を見て、体が強張る。
声を掛けられて、ぎこちなく返事をした。
すると、お姉さんが不思議そうな顔で、わたしの顔を覗き込んでくる。
「もしかして、泳げないの?」
「うん」
「そっか。でも、大丈夫。浅いとこで、ばっぱい(赤ちゃん言葉で『汚い』)体を洗うだけだから」
お姉さんは、わたしの頭を撫でながら、優しく言った。
聞いたことない言葉に、首を傾げる。
「ばっぱいって?」
「『ばっちぃ(汚い)』ってこと」
「あ」
わたしは、自分の体をあちこち触った後、自分の両手を見た。
手、真っ黒だ。
わたし、汚い。
悲しくなって、両手をきつく握り締めた。
見れば、わたしを抱っこしているお姉さんも、汚れていた。
わたしが触ったところも、汚れている。
わたしのせいで、お姉さんまで汚れちゃった。
ごめんなさい、わたしが汚いから。
汚いわたしなんか、触っちゃったから。
「ばっちぃ……」
「そんな顔すんなや。汚れたら、洗えば良いだけよ。ほら、脱いだ脱いだ」
「……うん」
やっぱり、お姉さんはとっても優しい人。
わたしが泳げないって、ちゃんと気付いてくれた。
慌てて、着ていた服を脱いだ。
服もボロボロで、真っ黒だった。
そういえば、服を脱ぐのも久し振りかもしれない。
溺れるのが怖くて、お水に入れなかったから。
見上げると、お姉さんがわたしをじっと見ていた。
やっぱり、汚いよね。
汚い体を、じっと見られるのが恥ずかしい。
「えっと、あの……そんな見ないで……」
「ご、ごめん。ジロジロ見ちゃって。したっけ(じゃあ)、キレイキレイしようか」
「うん」
謝ることなんてないのに、お姉さんはわたしの頭を優しく撫でてくれた。
お姉さんは、怖がるわたしを抱っこして川に入ってくれた。
お水がわたしの膝くらい、溺れないところで下ろしてくれた。
お姉さんが、ひとつひとつ、親切に心配してくれているのが分かって嬉しい。
お姉さんが手で水をすくって、わたしの体にパチャパチャ掛けてくれる。
冷たくって、気持ちが好い。
水浴びって、久し振りかも。
今まで怖くて、お水に近付けなかったから。
わたしが溺れても、きっと誰も助けてくれない。
逆に「溺れ死ね」って、沈められると思う。
わたしが死んだら、みんな喜ぶのかな?
お姉さんも、わたしが死んだら喜ぶのかな?
後ろからドボンって、落とされるのかな?
でも、お姉さんは、みんなとは違うと思う。
「無能力の子」のわたしを、拾ってくれたんだもん。
お水を飲ませてくれたし、抱っこしてくれたし、撫でてくれるし。
なんで、この人はこんなにも、わたしに優しくしてくれるんだろう?
今だって、優しい手つきで、わたしの体の汚れを落としてくれている。
何もしないのは悪い気がして、わたしも自分の体をゴシゴシこすってみた。
お水がドンドン、黒く濁っていく。
わたし、スゴく汚い。
綺麗だったお水が、わたしのせいで汚れちゃった。
やっぱりわたし、悪い子なんだ。
わたしが、いけないんだ。
「ごめんなしゃい……」
「なんで、謝んのよ?」
「お水が、汚れちゃったから……」
わたしが謝ると、お姉さんはポカンとした後、くすりと小さく笑う。
「こんくらい、大したことないから、気にすんなや」
「でも……」
「ほら、見て。お前、こんなに白かったんだべな」
「あ」
お姉さんがお水で洗ってくれたところが、白くなっていた。
そっか、わたしも洗ったら綺麗になるんだ。
綺麗になったら、なんだかとっても嬉しかった。
【ヤマモモのジュース】
「ほい。これ、飲んでみ? ヤバそうだったら、無理して飲まなくていいから」
「あぃがとぉ」
お姉さんが、わたしなんかの為に何かを作ってくれた。
なんだろう? これ。
渡されたカップには、ドロドロの黒い液体が入っている。
お花みたいな、とっても美味しそうな甘い匂いがする。
さっき見せてくれた、黒い木の実(ヤマモモの実)で作ったみたい。
「飲んでみ?」って言われたから、たぶん飲み物なんだと思う。
お姉さんを見ると、スッゴく真剣な顔で、わたしをじぃっと見つめている。
お姉さんは、わたしが飲むのを待っている。
なんで、そんな顔してるの?
これ、飲んだらどうなるの?
『ヤバそうだったら』って、どういうこと?
ヤバかったら、死ぬの?
どうしよう……怖い。
でも、お姉さんがせっかく、わたしの為なんかに作ってくれたんだもん、飲まなきゃ。
「い、いただきましゅ……」
恐る恐る、黒い液体を飲んでみた。
「おぃちぃっ!」
「本当? 美味しい? 良かったぁ~……」
口に広がる、甘酸っぱい味。
こんなに美味しいもの、わたしなんかが飲んでも良いのかな?
美味しいのが嬉しくて、お姉さんに興奮しながら伝える。
「お姉しゃん! とってもおぃちぃでしゅっ!」
「そっか、美味いか。良かったじゃん」
お姉さんは、ホッとしたような顔で、笑ってくれた。
そっか、お姉さんは、美味しいか不安だったんだ。
お姉さんが喜んでくれたことが嬉しくて、カップを差し出す。
「おぃちぃから、お姉しゃんも、飲んでくだしぁ!」
「『くだしぁ』って何よ、『くだしぁ』って。したっけ(じゃあ)、ひとくち貰うね?」
「うん!」
お姉さんは、笑いながらカップに口を付けた。
「うん、美味しいね」
「うん、おぃちぃね」
お姉さんがにっこり笑って言ったので、わたしもまねっこして笑い返した。
これだけのことなのに、なんだかとっても嬉しくて楽しい。
「あとは、全部飲んでいいわよ」
お姉さんはニコニコしながら、コップを返してくれた。
カップには、まだいっぱい入っているのに。
もっと飲んで良かったのに。
「これ全部、飲んで良いの?」
「お前の為に作ったんだから、お前のに決まってんべや」
「おまぇにょ?」
「そう。これ、全部お前の」
お姉さんは優しく笑って、わたしの頭をよしよしと撫でてくれた。
わたしの。
そんなこと言われたの、いつ振りだろ?
こんなに優しく笑い掛けてもらえたのは、いつだっただろ?
美味しいものをくれて、頭を撫でてくれて、抱っこしてくれて、笑ってくれて。
こんなにも、たくさんいっぱいで。
あったかくて、胸がいっぱいで。
嬉しくて。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて……。
「……あぃがとぉごじゃぃましゅ……」
涙が止まらなかった。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。