人間と魔族
この世界には、「人間」と「魔族」と呼ばれるふたつの種族がいます。
ですが、人間と魔族は、ひっそりと対立し合う関係でした。
何故なら、人間は自分達と少しでも異なるものを、差別する傾向にあります。
魔族だって、魔族を差別する人間が大嫌いです。
お互いに分かり合えなかったので、森を境界にして、離れて暮らしていました。
この世界の人間は、生まれながらに必ずひとつ「奇跡の力」を持っています。
どんな能力を持っているかは、三歳になるまで分かりません。
なので、三歳の誕生日に「能力鑑定所」へ行くことが義務付けられていました。
鑑定所で、自身が持つ「奇跡の力」を、鑑定してもらうのです。
あるところに、もうすぐ三歳のお誕生日を迎える子供がいました。
子供は、素直で人懐っこい良い子だったので、みんなに愛されていました。
お父さんもお母さんも、愛情をいっぱい注いで育てていました。
みんなに愛されて、子供はとても幸せです。
毎日が、笑顔で溢れていました。
「この子には、どんな力が宿っているのだろう」と、みんな期待していました。
子供も「鑑定所」へ行く日を、心から楽しみにしていました。
お誕生日を迎えて、子供は三歳になりました。
お父さんとお母さんは、子供のお誕生日を盛大にお祝いしました。
お誕生日プレゼントには、守護石が贈られました。
この石は、持ち主の力を活性化させ、幸運へ導く特別なお守りです。
光にかざすと、透き通った青色がキラキラと美しく輝きます。
守護石は、すぐに子供のお気に入りになりました。
奇跡の力が、最も強く表われるとされる、正午。
子供は、お父さんとお母さんに連れられて「鑑定所」へ向かいました。
神聖な鑑定所で、司祭様が鑑定の水晶を子供に差し出します。
「ここに、手を置きなさい」
「はい!」
子供は元気に返事をして、小さな手で水晶に触れました。
ですが、水晶はうんともすんとも反応を示しません。
本来ならば、水晶は能力に応じた色で光輝くはずです。
赤なら火、青なら水、黄色なら風、緑なら土、白なら光……といった具合に。
その場にいる全員が、怪訝(「変だ」と不思議に思う)な顔をしました。
子供が何度も触っても、水晶は無反応。
「この子は、奇跡の力を持っていない」と、司祭様が険しい顔で言い放ちました。
その直後、「鑑定所」は大きな動揺 (どうよう)に包まれました。
前代未聞(今まで見たことも聞いたこともない)の事態です。
人間は、必ずひとつ「奇跡の力」を持っています。
「奇跡の力」を持っていることが当たり前で、持っていない人間は誰もいないのです。
我が子が無能力と鑑定され、お父さんもお母さんも信じられません。
ですが、司祭様が言うのですから、間違いありません。
鑑定の水晶が反応を示さなかったのが、何よりの証拠です。
両親は、落胆(期待した結果ではなく、ガッカリする)しました。
子供が「無能力の子」と鑑定された話は、あっという間に広まりました。
みんなが子供を見る目は、一瞬で変わってしまいました。
人間は、自分達とは異なるものを拒絶し、排除したがります。
めいっぱいの愛情を注いでいた両親すら、態度を一変させました。
子供を、暗くて狭くて汚い物置小屋に閉じ込めてしまいました。
食べ物も、生ゴミや残飯しか与えられなくなりました。
両親は毎日、子供に罵詈雑言(悪口を並べ立てて、罵ること)を浴びせました。
突然変わってしまった両親に、子供は酷く傷付き、嘆き悲しみました。
その後、両親は「存在そのものがなかった」ように、振る舞い始めました。
無能力の子の噂を聞きつけて訪ねて来た人にも、知らんぷりです。
それから、一年が経ちました。
子供が四歳になる頃、お母さんに赤ちゃんが生まれました。
子供にとっては、弟です。
新しい子供が出来た両親は、子供がさらに疎ましく(イヤでイヤで仕方ない)なりました。
両親は、「無能力の子なんて、本当になかったことにしたい」と、強く思いました。
そして、閉じ込めていた子供を小屋から引きずり出して、孤児を預かってくれる教会の前に、置き去りにしてしまいました。
捨てられてしまった子供は、教会で預かられることになりました。
ところが、それは表向きにすぎませんでした。
教会に住んでいる子供達も、子供が無能力の子だと知っていました。
子供達は、通せんぼして、子供を教会の中へ入れてくれません。
「お前の顔を見ると、飯がマズくなる」と、食堂にも入れてもらえません。
「お前がいると、勉強にならない」と、教室にも入れません。
ご飯を食べられないので、子供はガリガリに痩せ細りました。
子供は、いつもひとりぼっちでした。
街の人々も、子供が無能力の子だと知っているので、誰も助けてくれません。
それどころか、「目障り(見ると不愉快)だ」と、言いました。
教会の責任者は、無能力の子を早く追い出したいと、考えました。
そこで、「魔の森に棲む邪悪な魔女」の噂を思い出しました。
責任者は子供を呼び出して、冷たい口調で言い放ちます。
「無能力のお前は、人間ではないから、森の魔女の仲間だろう。お前の住む場所は人間のいる所ではない、本来いるべき場所へ帰りなさい」
と、子供を追い出してしまいました。
子供は、深く悲しみました。
ですが、他に行くあてもありません。
子供は、責任者の言葉に従って街を出るしかありませんでした。
子供は、魔女を求めて、森の奥深くへと歩いて行きました。
【消えた無能力の子】
ある日、ひとりの子供が姿を消しました。
「森の邪悪な魔女に、連れ去られた」と、教会の責任者は騒ぎ立てました。
人間達は、その子が「無能力の子」だと知っていました。
ですから誰も、その子を探そうとはしませんでした。
「『無能力の子』がいなくなって、清々した」と、人間達は喜びました。
「私達の子供が、『無能力の子』になったのも、魔女の仕業に違いない」と、両親は言いました。
それっきり、その子が戻って来ることはありませんでした。
「きっと、魔女に食べられたんだ」と、人間達は噂しました。
そして、「『無能力の子』なんて、元から存在しなかった」ことにしてしまいました。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。