収束
「讃美歌三一二番What a friend we have in jesus」と「讃美歌第二編第一六七番Amazing Grace」は、作曲者と作詞者がご逝去されてから七十年以上が経過しているので、著作権は既に失効しています。
【慈しみ深き】
雨の臭いがする。
なんだか、体がとても痛い。
体が重くて、ビショビショに濡れている。
目を開けると、真っ黒だった。
何度、目をこすっても、いっぱい瞬きしても、真っ黒なのは変わらない。
あれ? また色が見えなくなっちゃったっ?
なんで、また見えなくなっちゃったんだろう……。
ここは、どこ?
床は硬くて、水浸しで濡れている。
あちこち触ってみると、わたしのすぐ横に、何かがあった。
触ってみるとあったかくて、ぐっしょり濡れている。
なに、これ?
不思議に思いながら、両手で触ると、ゴワゴワしている。
どこ触ってもゴワゴワしてて、ふにふに柔らかくて……しっぽ?
あ、分かった。
これ、エドだ。
「エド! エドッ!」
何度呼び掛けても、体をゆさぶっても、全然起きてくれない。
「エド? どうしたの? おねんねしてるの?」
ぎゅって抱っこすると、トクントクンって音が聞こえた。
あと、すやすや寝てる音が聞こえる。
あ、そっか。
エドは、ねんねしているんだね。
お姉さんとお兄さんがいない。
ふたりとも、なんでいないの?
わたしを置いて、どこ行っちゃったの?
すぐ帰ってきてくれるって、言ってたのに。
エドも、起きてくれないし。
おなかもすいたし、喉も痛い。
喉が渇いていたから、近くにあった水たまりのお水を飲む。
ぬるくて、ザラザラしてて、苦くて、なんか変な臭いがした。
やっぱり、水たまりのお水は美味しくない。
耳を澄ますと、たくさんの人の声とか、雨の音とか、いろんな音が聞こえる。
ざわざわしてて、何を言っているか分からない。
なんにも見えなくて、なんにも分かんない。
ねぇ、どうなっているの?
わたしは、どうすればいいの?
何か、わたしに出来ることはないかな。
ひとりぼっちで、寂しいよ。
つまんないから、お歌を唄おう。
唄ってれば、寂しくないし、つまんなくないもんね。
何を唄おうかな。
ふと、教会のみんなが歌っていたお歌を思い出した。
教会には入れてもらえなかったけど、教会の外でもお歌は良く聞こえた。
難しくて、今まで上手に唄えなかったけど。
今なら、唄えそうな気がする。
大きく息を吸い込んで、大きく口を開いて唄う。
What a Friend we have in Jesus,
慈しみ深き 友なる主は、
all our sins and griefs to bear.
「罪」「咎」「憂い」を 取り去り給う(取り除いて下さる)。
What a privilege to carry,
心の嘆きを 包まず述べて、
(心の嘆きを、包み隠さずに、順を追って言い表して)
everything to God in prayer.
などかは降ろさぬ 負える重荷を。
(背負っている重荷を、何故降ろさないのか)
Can we find a friend so faithful
慈しみ深き 友なる主は、
who will all our sorrows share?
我らの弱きを 知りて憐れむ。
Jesus knows our every weakness;
「悩み」「悲しみ」に 沈める時も、
take it to the Lord in prayer
祈りに応えて 慰め給わん。
O what peace we often forfeit,
慈しみ深き 友なる主は、
O what needless pain we bear,
変わらぬ愛 以て 導きたもう
All because we do not carry
世の友 我らを 捨て去る時も
everything to God in prayer.
祈りに応えて 労り給わん。
amen……
アーメン(どうか、そうでありますように)……
【奇跡の歌】
その時、不思議なことが起こりました。
「無能力の子」と呼ばれていた子が、「奇跡の力」を発動しました。
子供から放たれた眩い光が、世界中を照らし出します。
天使のように澄んだ美しい歌声は、みんなの耳に届きました。
人間も、魔の者も争いを止め、黙って立ち尽くし、清らかな歌に耳を傾けました。
憎悪で荒れ狂っていたみんなの心が、穏やかになっていきます。
枯れ果てた大地に、恵みの雨が浸み込むように、心が癒されていきます。
穢れ(汚れ)が洗い流されるような素晴らしい歌に、誰もが涙しました。
歌が終わる頃には、心が綺麗に浄化されていました。
そこでようやく、人間は自分達の過ちに気付きました。
人間の世界を崩壊させたのは、人間だった。
都合の悪いことは、全部魔女に責任転嫁していた。
森に侵入しない限り、魔女が人間に手を出してきたことは、一度もなかった。
魔女を倒したところで、事態は何も解決しない。
過ちを悟った人間達は、黙って魔女に頭を下げると、魔の森から立ち去りました。
たったひとつの歌で、争いは終息(終わる)しました。
それはまさに「奇跡」としか、言いようがありませんでした。
【鎮魂歌】
それから数日後に、森林火災は無事に鎮火しました。
鎮火を知った人間達は、「犠牲になった勇者達の亡骸を、取り戻しに行こう」と、言い出しました。
勇者の亡骸を取り戻す者を募ると、五十名以上が集まりました。
それぞれ、納体袋(遺体を収納する専用の袋)や担架などを持って、森へ向かいました。
驚くべきことに、森の地面には、たくさんの死体が並べられていました。
恐らく、勇者達の死体でしょう。
死体は人間のカタチをしていましたが、性別も分からないほど丸焦げでした。
魔女に殺された後、森林火災で焼けてしまったのでしょう。
地面には、死体が入るくらいの大きな穴が、いくつも掘られていました。
大量の死体の近くに、漆黒の魔物と邪悪な魔女が佇んでいました(その場に立ったまま動かなかった)。
戦う術を持たない人間達は、魔女と魔物を見て、悲鳴を上げました。
恐れおののく人間達に向かって、魔女が静かな声で話し掛けてきます。
「また殺されに来たか、愚かなる人間どもよ」
人間達の代表者が、魔女の前へ進み出て、交渉します。
「いえ、我々は、あなたと戦う気はありません」
「ならば、何用か?」
「勇者様達のご遺体を、引き取りに参りました。勇者達のご遺体をご供養し、慰霊碑を建造したいのです」
代表者が答えると、魔女はひとつ頷きました。
「では、死者を連れ帰るが良い。手厚く供養すれば、死者も喜ぶであろう」
意外なことに、魔女は人間達の願いを聞き入れてくれました。
「死者に、弔いの花を用意した」と言って魔女が差し出した袋には、色とりどりの花が入っていました。
代表者は弔花を受け取り、魔女にお礼を言いました。
人間達が、勇者達の遺体をひとりずつ袋に入れ始めると、魔物が歌を唄い始めました。
Amazing Grace,
アメイジング・グレイス(素晴らしき 神の恵み)、
how sweet the sound,
それは なんという 甘美な響きだろうか、
That saved a wretch like me.
私のような 惨めな者さえも 救って下さった。
I once was lost but now am found,
道を踏み外して 彷徨っていた私さえも 見つけて下さった、
Was blind, but now I see.
今までは見えなかった神の恵みを 今なら見出すことが出来る。
Yes,when this heart and flesh shall fail,
そう、この心と体が 朽ち果て、
And mortal life shall cease,
そして 限りある命が 止まる時、
I shall possess within the vail,
私は ベールに包まれ、
A life of joy and peace.
喜びと安らぎの時を 手に入れる。
それは、鎮魂歌(死者の魂を鎮める為に捧げる歌)でした。
人間達も、ひとりふたりと、唄う者が増えていき、ついには斉唱(みんなで唄う)となりました。
人間も魔族も、共に同じ歌を唄いました。
人間達は、勇者達の遺体を運び終えると、鎮魂歌を唄ってくれた魔族達にお辞儀をして、森を立ち去りました。
勇者の遺族達は、深く深く嘆き悲しみました。
ですが、不思議なことに、誰ひとり、魔女に憎しみの感情を抱くことはありませんでした。
勇者達の遺体は荼毘に付され(火葬され)、遺族達によって手厚く弔われました(葬儀・供養・法要を営まれた)。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。




