1)抜き足差し足忍び足
サンドラは息を潜め、一歩ずつゆっくりと後ろへ下がった。心の中で幼い頃のように小さく唱えた。抜き足差し足忍び足。
サンドラは、ゆっくりと出来るだけ静かに後ろ手で探り当てた扉を開いた。目は寝台の上の二人に吸い寄せられたままだ。静かに、静かに、音を立てないようにと自分に言い聞かせながら、サンドラは扉を閉めた。耳を澄ませて閉まった扉の向こうの気配を探る。部屋の向こうは静まり返ったままだ。
穏やかな顔で眠っていた二人を起こさずに済んだようだ。
サンドラは大きく溜息を吐き、その場にへたり込んだ。今までこれほど緊張したことがあっただろうか。
「さてと」
小さく気合を入れてサンドラは立ち上がった。
「お邪魔虫が来ないようにしないと」
サンドラの目には、先程見た光景が焼き付いている。
安心したかのように寝台の上で眠るローズ。そのローズをシーツごと抱きしめて、穏やかな顔でロバートが眠っていた。目を閉じていたせいだろうか。白髪交じりを通り越し、白髪のほうが多くなった髪に、痩けた頬と鋭くなった顎が目立ち、別人にしか見えない。
「本当に私ったら、色々わかってなかったわね」
サンドラは、王太子宮での日々を思い出していた。




