フィンリー鉱石
木々が生い茂り、陽の光は殆ど青々とした植物に遮られ、地面からはどう見ても固そうな鉱石が飛び出している。時たま、野生動物の鳴き声が聞こえてくる不気味な空間を、魔導士様は顔色一つ変えずに突き進んでいく。
「フィンリー鉱石はもう少し先の、鉱石が密集している区域にある。見分け方は到着したら説明するが……。大丈夫か?」
「…………大丈夫です」
魔導士様の後ろを必死に着いて歩いているのだが、どうしても、中々足が前に進んでくれない。足場が悪くて歩けない訳ではない。単純に、進む先の光景が不気味すぎて物怖じしているのだ。
「顔色が悪いような気が……」
「この辺りは日陰になっていますから」
だって、どう見てもお化けとか出そうな森なのである。正直、自分が木の枝を踏んだ音だけで心臓が口から飛び出しそうになる。でも、帰るわけにはいかないのだ。
「ここからは更に足場が悪くなる。良ければ、手を」
魔導士様は私が遅いのは足場のせいだと思っているようで、手を差し出してくれる。足手纏いだと置いて行かないなんて、とても優しい。が、補助をしてもらったら恐怖が薄れる訳でもない。
「…………ありがとうございます」
が、真っ直ぐな瞳を向けられ、心配する言葉を掛けられて断れるわけもなく。人が近くにいる方が怖くない、と自分に言い聞かせてその手を取った。
「構わない」
魔導士様の手を取ると、必然的に距離が近くなる。少し後ろを歩いていたので、私からは森の様子が殆ど見えなくなり、代わりに魔導士様の背中が見える。森が見えなくなった分、少しだけ、歩きやすくなったような気がする。
「あの、魔導士様が採取する予定の素材はどの辺りに……?」
「フィンリー鉱石の群生地と同じだ。見つけ次第、魔法で採取できるので問題ない」
「魔法で、ですか?」
「素材によっては素手で触ると危険なものもある」
ついでに、フィンリー鉱石も素手で触らない方がいい、と魔導士様は教えてくれた。魔力のコントロールが正確にできない場合、直接触るだけで魔力を流してしまうこともあるからだ。
「手袋は持ってきているので、大丈夫です」
「そうか。そろそろ見えてくるぞ」
軽く手を引かれたので、少しだけ足を早めて魔導士様の隣に移動する。段々と細まっている道の少し先を見ると、キラキラと反射する光が目に入った。
「あそこですか?」
「ああ。あの付近は鉱物が多く、植物があまり生えていない。少し開けているから、休憩するにもいいだろう」
「休憩しても大丈夫ですか?」
「問題ない。お互い、昼食を取る時間が必要だろう」
そうですね、と頷く。それにしても、植物と鉱物の分布に何か意味はあるのだろうか、と、足元の草と石を見ながら手を引かれるまま歩いていると、また何か面白そうなことを考えているのか、と聞かれた。
「いえ、植物が多い場所と、鉱物が多い場所の違いに理由はあるのでしょうか、と」
「先程の素材と魔力の関係性か。現時点では分からないが、何か判明したら連絡しよう」
「ありがとうございます……」
既に研究することは決定してしまったらしい。だか、結果は気になるので素直にお礼を言いながら頭を下げる。と、丁度、自分の足元に小さく丸い、石の柱のようなものがあることに気が付いた。
「…………これは」
地面から出ている石の柱の断面は、見事なまでに丸い。日本では、というか、地球だったらあり得ない形かもしれない。もしかして、と思い、魔導士様を見上げる。
「フィンリー鉱石の塊だ」
「これが……、フィンリー鉱石」
私の目的の物である。感動してじっと見つめていると、魔導士様が冷静に採取しないのか、と言い、私は慌ててリュックサックに手を伸ばす。
「手袋を付け、鉱石を根本から折ればそれで採取できる」
「わかり、ました」
横からの力には弱いのか、フィンリー鉱石は簡単に折ることができた。その断面も綺麗な円形になっている。
「折ることは簡単だが、円の形が崩れることはない。手頃な大きさにしたい場合は、ハンマーで適当に殴れば小さくなる」
「ハンマーで叩く、のですか……?」
「……こうなる」
言葉で説明するより見せた方が早いと判断したのか、魔導士様がフィンリー鉱石の地面に残っている方を杖のような物で叩く。すると、丸の中から更に小さな丸をくり抜くように、周囲の部分が剥がれ、崩れ落ちたたのである。
「取れた部分も叩けば丸い形になる。アクセサリーに加工する時にはこの作業が必要だろう」
「ありがとうございます」
近くには他にもフィンリー鉱石の結晶が地面から顔を出している。魔導士様は私に見える範囲で採取するように言い、自身は少し離れた場所に素材を取りに行った。
「…………もう少し取っておこう」
自分一人でもう一度取りに来ることは不可能なので、余裕を持って採取しておきたい。リュックサックの中から袋を取り出し、詰めていく。
時折、魔導士様がこちらを見ていたが、特に何も言われなかったので、気にしないことにした。
次回更新は5月14日17時予定です。