羽根と助言
お爺さんとお店が消えてしまった原因は気になるものの、調べる方法もなければ時間もない。開店準備を早々に終わらせた私は、早速買ったばかりの本を開いた。
「……思ったより新しいのかな」
本を開くと、僅かにインクの匂いがする。魔法研究所が何個もあるのだから、魔法や素材は年々新しい物が開発されて、本も定期的に新しくなっているのかもしれない。お爺さんは研究所の人が書いた本を貰うこともある、と言っていたので、きっとそうなのだろう。最新版に近い程情報も正確なのでラッキーだ。
「伝播する性質を持つ素材……」
目次を見て、音や光、熱を伝える素材を探していく。素材は五十音順に並んでいるらしく、名前とその隣に記された性質を見て確認していかないといけない。素材の持つ性質ごとに分けてくれたらいいのに、と思うが、贅沢は言っていられない。
「アユム」
「トッド君、どうしたの?」
暫く目当ての文字を探してはページを捲る、という作業を繰り返していると、店の扉が小さく開き、その隙間からトッド君が顔を出してきた。何時もと違って声をひそめて入ってきたので、私も小さめの声で返事をしながら、栞を本に挟んで閉じる。
「きのうの、できた?」
トッド君は廊下に誰もいないことを確認してから扉を閉めると、足音を殺したまま私に近付き、そう尋ねた。昨日の、というのは、ターシャちゃんの為に作って欲しいと頼まれたワイヤーアクセサリーのことだろう。
「完成したよ。ごめんね、昨日のお昼には完成はしてたんだけど、忙しくて、言えてなかったんだ」
「……いいよ。みせて」
「わかった。椅子、座れる?」
「うん」
トッド君に直接手渡してもいいのだが、先程からカウンターの方に向かって微妙に押されている。ターシャちゃんが入って来ても見られないように、万全を期しておきたいのだろう。慎重なのは良い事だ。カウンターの中の椅子を少し引いてあげると、トッド君は椅子に飛び乗り、ゆっくりとテーブルの方へと視線を向けた。
「…………はね、だ」
「羽根の指輪にしてみました。完全な輪になってないから、大きくなっても使えます」
「アユム、すごい」
「気に入ってもらえて良かった」
トッド君は頭を動かしていろんな角度から指輪を確認し、頷いた。そして、勢いよく私の方を振り返ったかと思うと、はい、と握った手を差し出された。
「これください」
「……お買い上げいただきありがとうございます」
渡されたのは、硬貨だった。お手伝いをしてジュディさんから貰ったお小遣いだろう。昨日教えた代金を丁度渡されたので、私も笑顔で指輪を差し出す。確認したが、ラッピングはいらないらしい。
「アユム、トッドいる?」
渡したところで、丁度ターシャちゃんが店に来た。トッド君がいないので探し回っていたようだ。中に入れてもいい?と目線でトッド君に確認すると、トッド君は小さく頷いて椅子から下り、扉を開けに行った。
「いる」
「あ、トッド!!アユムのおしごと、じゃましたらだめだよ」
「ちがう。ようじがあるからきてた」
「ようじ?」
ターシャちゃんが首を傾げると、トッド君は少し視線を彷徨わせた後、はっきりと言った。
「ターシャ、て、だして」
「?うん」
トッド君はターシャちゃんの手を取ると、指輪を右手の中指に嵌めた。突然、指に冷たいものが当たったターシャちゃんは驚いて手を引っ込めたが、自身の指につけられたものを見ると、目を丸くした後、笑顔になった。
「かわいい……。これ、どうしたの?」
「きになるっていってたから、アユムにたのんだ。おまもりをつけるゆび、だって。アユムのみせのおきゃくさんがいってた」
確かに、右手の中指に指輪を付けるのはお守りの意味合いが強かったはずだ。そこまで調べているとは、トッド君、抜かりない。
「ありがとう、トッド」
「どういたしまして」
ニコニコと笑顔でお礼を言うターシャちゃんを見て、トッド君も笑顔になっている。仲良きことは良きことかな、と見守っていると、ターシャちゃんがハッとした表情になった。
「…………おかえし」
「べつにいい。おれが、かってにやっただけだし」
「やだ!!おそろいじゃなくてもいいけど、もらったおかえしはするの」
私もお手伝いしてるから何か買う、とターシャちゃんが私の服の袖を引っ張った。そう言うと思って、準備しておいたものを見せる。
「此方、同じ羽根のモチーフのストラップになります」
二人の前に差し出すと、トッド君は、どうして自分の分も準備してあるんだ、と驚いたように目を丸くしていた。ターシャちゃんは、アユムすごい、とストラップを手に取ってみている。
「ふたりでひとつのはね、どう?」
「いいとおもう」
「アユム、これください」
「はい。ありがとうございます」
結局、ターシャちゃんの説得に負け、トッド君は対のデザインになっているストラップを受け取ったのだった。満足そうに店から出ていこうとする二人を見送りつつ、少しでも読み進めようと思って本を開く。
「「あ!!」」
「どうしたの?」
開いたのだが、何故か突然二人が声を上げた。そして、二人は顔を見合わせた後、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「「ほうせきはめ、だよ」」
それだけ言い残して、二人は店から出ていったのだった。
次回更新は5月10日17時予定です。