三つの条件
ネイジャンに滞在していて、私の店に道具を求めてきた。それはつまり、キアン様に渡した道具に、魔法付与していることがバレた、ということだ。魔法自体に気付いていなかったので、キアン様が教えた可能性は考えにくい。となると、聖女一行の誰かが魔法付与に気付いたか。
「魔法付与に気付いたのは私です。パーティー内でいわゆる、魔法職を担当しているので」
「その帽子は……」
「魔法使いっぽいでしょう?見た目で役割を把握してもらうって、意外と大事なんです」
一目で役割がわかるようにしておかないと、現地の人と協力して魔物と戦う時に大変らしい。魔法使いなのに前線に出されたり、逆に盾職が後衛にされたりしないように、と見た目には気を遣っているそうだ。
「ネイジャンのお屋敷に招かれてすぐ、一応、屋敷全体に魔力を帯びたものがないか、探知したんです。流石に詳しく見ないと効果まではわからなかったので、キアン様に購入元だけ聞いてお借りしたんです」
魔法付与の内容が、害を及ぼすものだった場合は、すぐに購入元を摘発できるように、ということだろう。普通、害がなければ放置すると思うのだが、今回は偶然、特殊な道具を求めていた。
「それで私の店に道具製作を依頼しようということになったのですね」
「はい。あのバレッタには全く悪意を感じる効果もありませんでしたし、目新しいものばかり置いてあった、と聞いたので同じ日本人だと思いまして」
「魔法効果は偶然のものではなく、意図的に付けられたものだ、と」
桐野さんが頷く。そして、お願いできますか、と問いかけられた。その問いに、私はすぐに頷くことはできなかった。
「難しいでしょうか……?」
できる限り、目立たずに生活したい。その為には聖女一行とは全く関わらない方が良い事は目に見えている。が、しかし、私と同じように突然連れて来られたにも関わらず、この国や、他の国の為に戦っている聖女一行を見捨てるようなことも、したくないと思うのだ。
「幾つか、条件があります」
「条件、ですか?」
私だけが目立つのは、まだいい。しかし、店を借りて、一緒に生活している以上、私が目立ちすぎればジュディさん達にも迷惑が掛かる。でも、放っても置けない。無視すれば、人として大切なものを失う気がする。ならば、どうするか。自分に不利益が生じないように、できる範囲内で、協力をする。
「はい。提示するすべての条件を飲んでいただけるのなら、製作に取り組みたいと思います」
「……協力して頂けるのなら、できる限り、条件は飲みます」
「ありがとうございます。条件自体は単純ですので、余程のことが無い限り守って頂けると思います」
条件は三つ。製作には取り組むが、成功しない可能性も考慮しておくこと。今迄、気持ちを少し前向きにしたり、認識を少し変えたりと、精神に作用する物しか成功したことが無い。通信、という事が可能かどうか、わからないのだ。
「……元々、通信道具無しでも儀式を行わないといけないのですから、覚悟はしています」
桐野さんはしっかりと頷いた。最大限の努力はするが、通信道具が完成することを前提として作戦を立てると危険だからだ。これは、どちらかというと相手の為の条件だ。
「次は、私と、この店の存在について他言しないことです」
「……わかりました」
これで、私が聖女一行と合流する気はない、と意思表示したことになる。少し残念そうな顔をされたが、私は戦いなんてできないし、今の生活を続けていきたいと思っている。
「最後の条件は、戦いが終わったら、道具を廃棄することです」
「廃棄……、ですか?」
今回作るものは、今迄に作ったものより、圧倒的に軍事利用しやすい物だ。戦いを有利に進めるための道具なのだから、当然ともいえる。だからこそ、魔物との戦い以外に使われることが無いようにしたい。
「はい。この三つの条件を守って頂けるのなら、依頼を受けさせていただきます」
提示した条件の中に、次回以降は協力しない、というものはない。次回以降も、道具が必要になった場合は協力する代わりに都度、道具を廃棄する。そうした方が、約束を守ってもらいやすいと判断したのだ。
「作品を廃棄することに抵抗はないのですか?」
「ありません。悪用される可能性を無くす方が、重要だと考えているので」
全く抵抗が無い、と言ったら嘘になるが、憂いの芽は摘んでおきたい。目を見て言い切ると、桐野さんは少しの間の後、小さく頷いた。
「…………その条件でお願いします。一週間後にはネイジャンに向けて出発しないといけないので、それまでにお願いできますか?」
「最大限、努力します」
私が言うと、桐野さんは滞在している宿屋を書いた紙を置いて帰って行った。ネイジャンにいる他のメンバーに、このことを伝えるために戻るらしい。
「一週間、か」
できる限り滞在を伸ばしても、一週間が限界という事だろう。可能な限り早く討伐に行きたいはずだ。時間はないが、できることはしよう。昼休みの残り時間は後十分。少しでも作業をしようと、工房に入るのだった。
次回更新は5月8日17時予定です。