初めての注文
街を歩きまわり、装飾品の流行や流通状況、相場について調べた。結論だけ言うと、一くくりに指輪と言っても使われている宝石の種類やデザインによって値段が全く違うという事が分かった。
「貴族向けの装飾品店はやっぱり純金や銀を扱っていて、庶民の結婚指輪を売っている店はもう少し宝石の質を落としたものを扱っている。結婚指輪も、気軽には買えないけれど手が届かないほどではない……」
富豪向けに小さな宝石をあしらった指輪なども売っている店もあり、基本的には扱っている宝石の質ごとに店が分かれているという印象を受けた。
「全く宝石を使わないなら、競合することも無さそう」
見た目から違うので大丈夫とは思うが、販売の際に宝石を使用していないことを明言すれば問題ないだろう。幸い、王都付近は人の出入りが多いこともあり、組合というようなきちんとした組織はないようだ。
「各店舗にお邪魔した時に装飾品店を開こうとしていることは伝えたけれど、客層が被っていないから、って好意的だったから大丈夫かな」
組合はないものの、同業者同士ある程度の情報交換の機会は設けているらしい。今回お邪魔した、この区域で最も高級な品を取り扱っている店が基本的に仕切っているそうだ。店長にご挨拶をしたときに、何かあったら言いな、と他の装飾品店の人がつけていたのと同じブローチを貰えたので、許可が下りたという事だろう。
手に取りやすい品が流通することで、装飾品を身に着ける習慣がつけば他の店も客が増える。私が失敗しても損失は出ないので、お互いに利益のある話だったのだろう。
「じゃあ後は、ジュディさんに相談かな」
相場はつかめたものの、最後に問題が一つある。そう、私は二人のお小遣い事情を全く知らないのである。既に、最初のお客様はあの二人と決めている。二人の手の届く金額に設定したい。
夕食作りを手伝う間、ジュディさんにそれとなく二人のお小遣いについて聞いてみた。
「二人のお小遣い?」
「はい。朝、二人が欲しいものがあると言っていたので……」
「基本的にお金は持たせてないよ。まだ小さいし、持ち歩くのも危ないからね」
代わりに、欲しいものがある時には手伝いをして貰い、その働きぶりに応じて買っているらしい。今迄、あまりにも金額の高いものを強請ってきたことはないので上手くいっているそうだ。
「それにしても、私の前にアユムに言うなんて。一体、何が欲しいって言ってたんだい?」
まさか、アユムに強請ったじゃないだろうね、と眉間に皺を寄せたジュディさんに、慌てて事情を説明する。
「私が作った指輪を見て、買いたいと言ったんです」
「アユムは指輪を作れるのかい?凄いねぇ!!でも、指輪って高級な物だろう?子供にもたせるのはね……」
感心の仕方が親子で一緒だ。ちょっと微笑ましく思いながら説明を続ける。
「指輪と言っても、宝石を全く使っていないんです。ビーズ……、細かい、色付きガラスのような物を使って作っているので、見た目は綺麗ですけど値段はそこまで高くなくて」
「へえ、どのくらいするんだい?」
「大体、パン一食分くらいですかね……」
ジュディさんは、目を丸くしたまま、固まってしまった。何か失言をしてしまっただろうか。昨日買った時には思わなかったが、パンって結構高価なものだったりするのだろうか。慌てて次の言葉を探していると、ジュディさんに両肩を掴まれた。
「アユム、そんな安売りしたら駄目だよ!!稼ぎが上がらないだろう!?」
「いえいえいえ、本当に、材料が安いので大丈夫なんです」
そもそも材料費が掛かっていないので売り上げはそのまま利益になるのだが、物凄く心配されている。ジュディさんはビーズリングを見ていないので勘違いしているのかもしれない。実物を見て貰えば宝石の指輪とは全くの別物であることを理解してもらえるだろう。
「今から持ってくるので、見てください」
そう言って、階段を駆け上がり、テーブルの上に出しておいたビーズリングを持って降りる。若干息切れしながら手渡しすると、ジュディさんは再び目を丸くしたまま固まってしまった。
「これは……、指輪かい?」
「はい。形こそ指輪ですけど、金属製のものとは全く違うでしょう?」
ビーズによる色鮮やかさはあるものの、金属特有の輝きはない。見る人によっては子供のおもちゃの様に見えるかもしれない。どう評価されるだろう、と少し不安になって、ジュディさんの顔を覗き込む。
「……斬新だけど、すごく綺麗だね。本当にこれをパンと同じ値段で売るつもりかい?」
「……はい!!」
柔らかい笑顔で言われ、一瞬、言葉に詰まってしまった。自分の作品が評価されるのは、やはり嬉しいものだ。しかし、値段を上げると自身の心が痛むので変えるつもりはない。しっかりと頷くと、そうかい、とジュディさんは笑った。
「アユムが困らないならそれでいいよ。その値段なら、子供には掃除を三日、頑張って貰おうかね」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方さ。子供には夕食の後にでも伝えておくれ」
「はい」
丁度料理も出来上がり、タイミングがいいね、と二人で笑う。さて、夕食が楽しみだ。
注文を受けることをターシャちゃんとトッド君に伝えると、二人はお手伝い頑張る、と飛び跳ねながら喜んだ。
「それで、細かい注文内容を聞きたいんだけど……」
「あのね、ターシャとね、トッドとね、ソニアおねえちゃんのぶん!!」
「おっきくなってもつかう!!」
大きさは私が作ったものと同じで、三つほど。わかりやすい注文である。後はそれぞれの好きな色を聞けばいいかな、と思ったその時だった。
「「あとは、げんきがでるいろ!!みんなおそろい!!」」
最後の最後で、難しい注文がついたのであった。
次回更新は2月16日17時予定です。