慌ただしい別れ
走り去って行ったキアン様を追い、護衛の人も1人を残して次々と姿を消した。その残っていた護衛も、今回のバレッタの代金には少し多いくらいのお金を手渡してきたかと思うと、慌てて後を追っていった。
「……仕方がないとは思いますけど、慌ただしいですね」
ランバート様と部屋に2人だけ残され、ぽつりと呟く。キアン様の口振りからして、後日、作品に関する話はあるだろう。本人が来るかはわからないが。
「ルイーエ嬢の作品が素晴らしかったとはいえ、騎士を振り切る勢いでの行動は問題になると判断してもらいたかったのですが……」
まあ、最後の護衛が出るまでの間に、怪しい行動をしないよう騎士も追いかけて行ったので大丈夫だろう。キアン様の様子から考えるに、慌てて帰る先は滞在中の屋敷だろうし。
「お母様のことを真剣に考えてメッセージカードを書かれていたようですから、バレッタのことも気付かないでしょう」
「そういえば、魔法付与の発動条件はどうしたんですか?」
周囲に人がいないので、重要な話を片付けることにしたらしい。ランバート様に聞かれたので、少し待ってもらうことにする。
「言葉にするのが難しくて……。糸を片付けてくるついでに、紙に書いてくるので待ってもらえますか?」
「情報の整理がしやすそうですね。お待ちしています」
自分の意思で魔法付与をしたので、なんとなく条件のようなものはわかる。が、詳細な部分までは工房で確認しないとわからないので、言い訳をして一度自室に戻る。
「【工房】」
机に糸を置き、壁に付与の詳細を表示。持ってきた紙にそのまま言葉を写して、急いで部屋から出る。そして、何事もなかったかのようにランバート様に紙を渡す。
「これは……」
「本人の装着時かつ、体調不良を感じている時。また、付近に魔力を感知していない時。そして、陽があたっていない時。以上の四つが条件です」
「最後の条件は……」
理由がわからないらしい。これは、効果があるか分からないけど付けた条件なので仕方がない。
「日差しが当たるということは、窓際や屋外にいる場合として考えました」
「遠くから見張られている可能性を考慮したのですね」
暗い場所でも誰かに見られている可能性がないとはいえない。が、暗ければ表情や細かな動きなどは確認し難くなるだろう。
「……成る程」
「花、というモチーフだったからかは分かりませんが、本当に日光を感知するような機能がつけられるとは思っていませんでした」
「狙って条件付けたわけではないのですか?」
最後の条件に関しては、付いたらいいな、くらいだったと説明する。それがなくとも十分効果は発揮されていただろう、と納得はしてくれたようだ。
「ルイーエ嬢、片付けを手伝いましょう」
「椅子を戻すだけなので大丈夫ですよ」
店のものは殆ど動かしていないので、営業日とやることは変わらない。ランバート様も忙しいと思うで帰ってもらうことにする。
「……わかりました。また、何かあれば」
「すぐにお知らせします。今日はありがとうございました」
去っていくランバート様を見送り、店の扉を完全に閉める。
「……疲れた」
溜息を一つ吐いて、片付けを始めるのだった。
次の日も、また次の日も、ランバート様やキアン様から手紙や言付けが来ることはなかった。これはおかしい、と思い始めた、引き渡しから3日後の朝。店に入った途端、カタン、とカウンターの箱から音がした。
「…………見計らったかのようなタイミングだけど」
店の準備を始める時間は伝えてあるので、その時間帯に合わせてくれたのかもしれない。そう思うことにして、取り敢えず手紙を確認する。
「窓の外?」
いつもの黒い封筒の中に入っていたのは便箋ではなく小さなカード。そして、シンプルな文章が書かれていた。
「見ればいいのかな?」
疑問に思いつつも顔を出してみると、下には騎士が1人立っていた。此方に気がついたのか、軽く会釈をされたので会釈を返す。
「?」
すると、その騎士は動き出し、路地裏の方向へと走っていく。どうかしたのだろうか、と目で追うと、その騎士が入って行った路地に、複数の人影があることがわかった。
「……上からじゃないと見えないような位置に影?」
危ないから近付くなということだろうか、と路地の方をじっと見ていると、一瞬、角から白い人影が現れ、すぐに戻った。ローブをまとっているのか、体は影に戻っても服の裾がひらひらと微妙に見えている。
「まさか……」
その、ローブの人物には、とても見覚えがあって。私は慌てて路地裏へと走り出す。先程の騎士は路地裏に視線を誘導させる役だったのか、と納得しながら。
「……あ、の!!」
ぜぇ、はぁ、と息を切らせながらも路地裏に到着し、手前にいた顔見知りの騎士に声を掛けると、もう少し奥に入るように指示される。
「……店主」
すると、そこにいたのは、キアン様本人だった。
「直接の礼が言いたくてきた。僕達はこの後、急遽国に帰ることになった」
理由は恐らく、お母様のことだろう。キアン様は言葉を続ける。
「手続きをしながらこの国の土産を探したが、店主の商品に勝るものはなかった。この国で何かあれば、ネイジャンに来るといい。我が家のお抱えにしよう」
どこかで聞いたことのあるセリフだ。評価されたのは純粋に嬉しいので、素直に礼を言う。
「……ありがとうございます。ですが、今の店を気に入っているので」
「そうか」
そう言うと思った。そうキアン様は笑うと、護衛の人たちを連れて歩き出した。
こうして、隠し事だらけの国賓対応は、お互いにとって良い形で終わったのである。
次回更新は4月29日17時予定です。